エルフさんは信じ込む

「――つまりだね江藤さんクリスマスという概念についてはここ日本においては玩具やお菓子界隈ありとあらゆるメーカーの思惑が多分に加味されておりメリーの意味が『陽気な』という事からもわかる通り陽キャのためのイベントであって必ずしも日本国民全体が踊らされる必要性は全くないと思うんだよねどう思うかな江藤さん」


「え、え、えーと、15分前からの、そのクリスマスというものの説明があまりよく分からなかったけど、弓塚君がものすごく熱意を持っているなあというのは分かったよ?」


 今年最後の月も半ばに差し掛かる頃。僕と江藤さんは、すっかりお馴染みとなった白い息を吐きながら登校していた。小さなカイロを両手に持って耳に当てている江藤さんは、時々シャカシャカと頭の横でカイロを振っている。そうすると、少し暖かさが強くなるらしい。シャカシャカ可愛い。もちろん、グループ会議には動画を送っている。真木さんからのお褒めの言葉が心地よい。


「うーん、でもそっかー弓塚君はそんな感じなのかー」


 んーと唇に指をあてて、意味もなく上を見上げる江藤さん。


「そういえば、どうしてクリスマスなんて忌み語を江藤さんが聞いてきたの?」


「朗らかな顔で『忌み語』という言葉の選択……」


 なぜか首を傾けて苦笑した江藤さんは、あのねーと言葉をつづけた。


「加奈ちゃんの思い付きなんだけど、24日のくりすますいぶの放課後に皆で集まって『ぱーてぃ』というのをしませ」


「いやあ僕って爺ちゃんの遺言で24日と25日は毎年クリスマスイベントに参加しないと子々孫々末代まで足の小指を箪笥の角にぶつけ続ける呪いにかかっちゃうんだよねだから僕も絶対に参加するから安心してね江藤さんちなみに江藤さんはサンタルックな服とか着たりするのかな具体的には赤い膝上スカートなんか履いちゃったりするのかなって期待と心配で一か月前から心臓がキリキリ痛み出して死にそうなんだけど別にこれぐらい何ともないし江藤さんも気にすることないから一緒にパーティに行こうね絶対行こうね約束はい約束」


 江藤さんが告げた内容に極めて冷静かつ論理的に受け答えしたはずなのに、「あ、はい」と半歩下がって小さく返事を返してきた。心の距離も遠のいた気がしますよ、江藤さん。


 まあ、そういうわけで冬の定番イベント開催が決定となったわけであった。


 宮原大明神に大感謝である。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


「ねえ、弓塚クン? 今日、一日ずっと私を拝み続けていたけど、何かしたかな私?」


 放課後の教室で、怪訝そうな表情のアオハル系女子高生の宮原加奈みやはらかなさんに声をかけられた。


「別になんでもないよ、気にしないで有難う宮原さん。じゃあ、また明日有難う宮原さん」


「名前に感謝がついている……」


 首を傾げながら教室を出ていく宮原さんを見送っていると、次は真木真理愛まきまりあさんが声をかけてきた。


「ちょっとのそこの弓塚ってる男子生徒、こっち来なさい」


「僕の名字をマイナス形容詞っぽく使うの止めてくれませんか」


 最近、地味に女子の間で流行っているのは、絶対真木さんが震源地だと思っている。「もーまったく弓塚君てば弓塚なんだから!」って江藤さんから叱られでもしたらどうしてくれるんだ? ……ふむ。感謝しかないかもしれない。


「……弓塚。何でいきなり賽銭箱に硬貨を入れてるのかしら?」


「感謝の気持ちを表そうと思って」


 教室の後ろにある真木神社の賽銭箱に硬貨を入れる。いつもながら、真木さんが使っても使っても溢れるくらいに硬貨がみっちりと詰まっている。賽銭箱の中身を減らそうと頑張ってデザートを作る真木さんと、あまりの美味しさに「お布施したい」「上限突破で課金したい」とチャリンチャリン投げ入れるクラスメイトの戦いは終わる気配がない。ついには千円札を入れることを「赤スパ」と呼ぶ輩まで出てきたらしい。僕はあまり知らないけれど。二回ぐらいしか投げてない。ついでに柏手も打っておこう。


「……ふう、で用事は何かな、真木さん」


「まあ、いいわ。弓塚る弓塚にいちいち突っ込み入れるのも疲れるからスルーします。いいから、こっちに来なさい」


「弓塚る」


 動詞になったぞ、とうとう。形容詞のほうがまだ救われていた気がするようなしないような。

 ちょいちょいと人差し指で招いているポーズになんとなく背筋が伸びてしまう。真木さんの机の隣の椅子に座ると、真木さんがその緩やかにカーブを描く髪を揺らしながら、僕に近づきそっと小声で話しかけてきた。


「いい加減、あんた達四バカがやってた事白状しなさい。全員、睡眠不足からは解放されたようだし、山は越えたんでしょう? そろそろ、みんなと情報共有をするべきころじゃない?」


「……」


 思わず息をつく。やはり、真木さんはすごい。なんというか僕らの思惑なんて、彼女にしてみれば小学生の悪戯に過ぎないのかもしれない。たとえ、倉田委員長の策略が相手だとしても、真木さんだったら「……はっ」の一声で粉砕してしまいそうだ。勝てるイメージが沸かない。


「そうだね、真木さん。ちょうどいいタイミングかもしれないね。実は……」


 と、教室の片隅でこそこそと説明をしていく。倉田委員長、八草、池上フランソワーズ(今日は登校時からフランフランしてた)には、軽いアイコンタクトで了承を得たので問題はない。


 ちなみに話を聞かれるとちょっとまずいなーという立場の江藤さんは、「エルちゃん聞いて。弓塚が『いろはにほへと』を言えないかもしれないという新事実が発覚した」「ええ!? あの九九の八の段が怪しかった弓塚君が『いろはにほへと』が言えないんですか!?」「しっ、エルちゃんが知ったなんて当人が気づいたら、ひどく悲しむと思う。ここは、知らないふりをしつつ弓塚に『いろはにほへと』を自然と教え込むにはどうすればいいかを考えるべき」「そそそそ、そう、ですね!」「問題は、弓塚がどこまで暗記しているか」「……『ち』でしょうか」「エルちゃんは弓塚に甘すぎる。私は、『ほ』あたりだと睨んでいる」「なるほど……でも、弓塚君の場合、予想を超えてくることもしばしばだよね……」「……『に』」「……『は』」「まさかの『い』という可能性も……」「ま、まさかー……えーと……うーん……『い』にしときます?」という僕にとって重大な何かを犠牲にした世間話で気を引いてもらっている。さすが遠藤塔子えんどうとうこさん、無茶苦茶な大嘘を信じ込ませる手腕は見事だなあ! ちくしょう!


「真木さん、江藤さんの天使な心にかかってしまうとどんな大嘘も信用されてしまうんだね……」


「いや、どっちかっていうと、あり得るかもしれないと思えてしまう弓塚の普段の行動が問題だと思うんだけど」


「却下します」


「拒否します」


 軽く凹む僕をまるっと無視して、ふむと真木さんは口元に手を当てた。


「つまり、何者かがエルちゃんを探していている。エルフを探しているのか、エルちゃん自身を探しているのかは分からない……でも、可能性としてエルちゃんを探していると考えるべき、か」


 頷く。


「そして、エルちゃんのお姉さんに協力して学校の結界を強化した、と。大丈夫なの?」


「実は、ララさんから聞いたんだけど最近動きが怪しい小動物が結構学園に入ってきていたらしくって」


「……カラスだけじゃなかったって事?」


「うん。猫とかネズミとか犬とか。その都度、ララさんが対処してたらしい。でも、結界を張りなおしたら、そういうのも無くなったらしいよ」


「……それってまずくない? って情報を与えることにならないかしら?」


「そこまで含んでの事らしいね。相手の次の出方を、絞り込みたいんだって」


「……お姉さんの思惑って事」


 真木さんは、ふうと息をついた。


「了解。みんなには私から今の状況を説明しておくわ。じゃあ、そろそろスーパーのタイムセールだから」


「うん、有難う真木さん」


 バッグ片手に真木さんが教室から出ていく。途中で、江藤さんに挨拶していくのも忘れない。というか、後ろから急に抱き着いて嫌がる江藤さんの髪の毛くんくんしてる様は猫と勘違いしてないだろうか。


「じゃあね、エルちゃんまた明日!」


「ううううううううう今日も吸われましたぁ……」


 ほっぺたツヤツヤなのが怖いです真木さん。


 涙目の江藤さんの表情が、ちょっとキュンと来た。




 そのあと、「弓塚君、あのえっと『いろはにほへと』って知ってる?」とすごく用心深く聞かれたので「ふ、この世のすべてを知る僕に愚問だね!」と答えたら、なんやかんやあって数日間『いろはにほへと』を覚えることになった。


 あれー?

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