第80話 三上さんの相談

「付き合ってもらえませんか?」


 ふぅ。俺は自分を落ち着かせるため、一息吐いた。

 どうしてこうなった?


 数時間前のことを思い出してみよう。

 数学の授業が終わった後の休憩時間に三上さんに話しかけられた。


「放課後、お時間いいですか?」


 そう言われた。どれくらいかかるかわからなかったので、今日は楓に一緒に帰れない、と伝えておいた。楓は不満げな顔をしていたけれど、理由を言うのは躊躇われた。女の子に呼び出されたといえば、変な勘違いを起こされかねない。それに、三上さんの名前は楓の口からよく出てくる。もし誰と会うかを言えば、「ふーん。やっぱ、仲いいんだねー」と冷たい視線と共に言われる未来が見えた。

 そうならないためにも、黙っておくべきだと判断した。


 それでだ、どうして俺は今、告白されているのかだ。もしかして、三上さんは俺に興味があったのか? 知らないところで意外とモテていた可能性が……。ないな。

 じゃあ、さっきのはなんだったのだろう。


「……ど、どういうこと?」


 俺がそう言うと、三上さんは少し不思議そうな顔をした。数秒の沈黙の後、何かに気づいたかのように、あたふたし始めた。


「すみません! 言葉足らずで……お買い物に付き合ってもらいたいという意味でして」

「そういうことか……」


 告白されるなんてありえないと判断できる俺でなければ、勘違いしてもおかしくないよ? よっぽど緊張していたんだなぁ。


 告白ではないことはわかったけれど、買い物の誘いというのもおかしな話だ。三上さんとは偶然席が近いということで、話すくらいの関係だ。校外で話したり、ましてや遊んだりすることは今まで一度もなかった。

 どうして俺なのだろう? 失礼だけど、俺と同じく三上さんもそこまで友達が多い方ではないように思える。あくまで学校内の俺が知る範囲の話だけど。たとえ少なかったとしても、俺より適任者はいるのではないだろうか。俺と行くメリットが見当たらない。


「どうして俺と?」

「それは......」


 何か言いづらそうにしている。


「言いにくいなら別に言わなくてもいいよ。俺は基本的に暇だし付き合うよ」


 気にはなるけれど、複雑そうな顔をさせてまで訊くようなことではない。本当に俺は暇なので、問題ない。


「お願いしている立場で、言わないのは不躾だと思います。この話は内密でお願いします」

「......うん」


 内密だと? 三上さん誕生秘話とか聞かされるのか? 出回って欲しくない情報らしいので、一応、辺りを確認した。俺たちが話している中庭には、誰もいなかった。耳をすまし、聞き漏らさないようにしよう。


「私、実は好きな人がいるんですけど、その人の誕生日にプレゼントを買いたくて......それで助言などをいただけたらと思いまして......」


 確かにこれは内密にしなければならない。普段恋しているそぶりを見せなかった三上さんに好きな人がいたなんて......! 俺の中でビッグニュースだ。今まで人の色恋沙汰にあまり興味がなかったけれど、実際に相談のようなものを受けると応援したい気持ちが芽生えた。


 どんな人なんだろう? どこのクラス? 俺の知り合い? 


 訊きたいことはたくさんあった。プライベートな話をそこまで密にしてこなかったが、こうして相談してくれるということは、信頼されていると思って良いのかな。


「結構びっくりした。さっきの質問だけど、どうして俺と?」

「南さんの彼氏さんだから、ですかね。男の子の目線で知りたいんです。どういう物が貰って嬉しいのか。彼女がいる天野くんにお願いするのは、悪いと思うんですけど、他に頼れる人がいなくて......」


 そんな寂しそうな顔をされたら、誰だってOKしてしまうだろう。そんな顔されなくとも、手伝うつもりではいたけど。

 

「俺で良ければ、手伝うよ」

「......ありがとうございます!」

「いつ行く?」

「そうですね。私もほとんど毎日空いてるんですよね。明日とかはどうですか? 水曜日で学校終わるの早いですし」

「了解。じゃあまた明日の放課後」


 三上さんは最後に綺麗なお辞儀をして、帰って行った。人に物を頼む時のお手本みたいな人だ。同級生なのだからもう少し砕けてくれても良いのにな、とも思うけれど、それが彼女の良さでもあるんだろうな。


 俺も一人、中庭でぼーっとしていても仕方ないので、帰るとしよう。

 数歩歩くと、少し汚れた校舎の壁に誰かが隠れていることに気がついた。人影が見える。もしかして、ずっと見られていたのか? 気味が悪くなったが、人影は動こうとしないので、あと数秒後にはご対面できるだろう。


「何してるの?」

「ひっ。あ、怪しい者ではありませんよ〜」


 サングラスをかけて、髪型が今日の昼間に見た時と違う。そのサングラスどこから持ってきたんだ。一応、変装のつもりなのだろうか。


「楓は変装してるけど、もう一人の方は完全に見えてるよね」

「いやー、偶然ここを通りかかったら、怪しい人がいてね。何かしでかす前に止めないと! と思って、見に来たら、私のよく知る人物だったの。天野くんの浮気現場が見れるってことで、一緒になって見ちゃった。ごめんねぇ」


 相変わらず謝る気のない、山下さんの謝罪だ。浮気現場だけは訂正しておきたい。


「浮気じゃない。ちょっと相談受けてただけ」

「相談って何!」


 声色を変えず、隠すことやめた楓は、サングラスを外し食い気味に言った。


「こ、今度買い物に付き合ってくれないかって言われた」

「う、浮気だ......」

「ただ買い物行くだけだから! それに......」


 三上さんには別に好きな人がいることを言いそうになった。危ない危ない。これは内密だった。


「それに?」

「えーっと、俺は人助けをするんだよ。三上さんの人生を左右する出来事に俺は立ち会うんだ。だから、軽く遊びに行くとか、そういうのじゃない。これは一種の任務だと思っていいと思う」

「本当?」

「楓に嘘は吐かない」

「......わかった。ちゃんと成功させてきてね。失敗したら、焼肉奢り」

「任せろ」

 

 何とかわかってもらえた。


 小声で山下さんが「楓って嫉妬深かったんだねぇ。知らなかった」と言った。


「楓はヤキモチをやく天才だからね」

「そんなことないから! 相手が三上さんだからちょっと心配なだけ......」


 前々から俺と三上さんとの仲を数回疑っていた。不安にさせたようなら、俺が悪い。


「安心して欲しい。三上さんは確実に俺に好意を寄せているわけではない。言質を取ってある」

「どうやって取ったのかわからないけど、そうなんだ」

「うん。それに俺が楓以外好きになることありえないし」

「ちょっ。急にやめてよ」


 思い上がりではなく、まんざらでもない様子だ。


「彼氏がいない私の前で惚気ないでよねー」

「ご、ごめん」

「そんなちゃんと謝らないでよー。天野くんは楓を心配させないようにね」


 俺は大きく頷いておいた。

 

 山下さんの言う通り、確かに楓を心配させるわけにいかない。解決策となり得るかはわからないけれど、明日学校である提案をすることにした。

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