第70話 本当の気持ち
わらび餅やぜんざい、それにさつまあげなんかも食べた。どれも美味しかった。
ある程度お腹を満たしたところで、龍安寺の石庭を見に行ったり、渡月橋を渡ったりもした。一日ではどうも足りない。明日は大阪方面へ繰り出すらしいので、京都に滞在するのは今日が初日であり、最終日でもある。
もっと良い回り方があったのかもしれないけれど、地元民ではないため、最適解がわからなかった。どのスポットへ行っても、うちの高校の制服を着た学生がいたので、みんな考えることはほぼ同じなんだな、と思った。
日も暮れかかってきた。
今は最初に解散した京都駅に向かうバスの中だ。一旦集合し、ホテルに向かうことになる。
「......素敵」
隣に座る楓がボソッと言った。神崎たちは俺たちの前の席だ。
「綺麗だよね」
「普段は夕日見ても、何にも感じないのになぁ」
こんな最高の雰囲気に包まれてると、誤って告白しちゃう奴とかいそうだ。
「ねえ、今、何考えてると思う?」
「いきなりクイズかよ」
「今までで一番難しいクイズかもね」
彼女が考えてる内容まで正確に読むのは不可能に近い。解答にできる限り近づけるように考えよう。
窓の外を見る彼女は、一体何を考えているんだろう。全くわからない。けれど、わからないという回答を望んでいるはずがない。何なんだ......。
全く思いつかないまま、数分が経過した。もう少しで京都駅に着きそうだ。ああ、そんなに深く考える必要はないか。いつもみたいに軽く答えれば良いんだ。
「最高だー、とか」
「何分も考えて、出した答えがそれ?」
笑われてしまった。思いつかなかったのだから、仕方ないじゃん。
「で、正解は?」
「まあ、半分くらいは正解かも」
おお、言ってみるもんだな。わからない、と答えていれば、ゼロ点だった。
彼女は、窓から目を外し、こちらを向いた。いつもとは少し違う優しい笑顔。
「好きな人とこうして同じ景色を見れるって最高だと思わない?」
タイミングを計ったかのように、バスが到着した。通路側に座っていた俺は、何も言えないまま、すぐに立って、運賃を支払って降りた。
すでに同じ制服を着た人たちが集合場所で待っていた。先生も何人かいる。
俺は楓の発言を頭の中で反芻し、忘れないように努めた。そんな努力をせずとも、忘れられるわけないけれど、一言たりとも忘れたくなかった。
みんなが集まってワイワイ騒いでいる中で、一人浮いている自覚はあった。集合時間になるまで、神崎が何度か声をかけてくれたが、上の空だった。時間になり、大型バスに乗り込み、事前に決まっていた席に座る。隣は神崎だ。
バスが出発しても、俺は戸惑ったままだった。困惑していた。
「なあ、お前どうしたんだよ。急に」
「いや......なんでも......」
こいつに相談できれば、どれだけ楽だったか。俺たちは付き合っていることになっているし、本当のことは言えない。
「なんでもって様子じゃねえぞ。南となんかあったのか?」
「なんでもないって」
しつこい神崎に少し語気を強めてしまった。こいつなりに心配してくれているのだとわかっているのに。
いきなり俺は両肩を持たれた。何をされるのかと思い、ビビっていると、頭突きを食らわされた。
「痛いんだけど」
「俺もいてえよ」
「じゃあ、そんなことしないで欲しいんだけど」
「こうしないと、ちゃんと話してくれなかったろ」
笑ってしまう。どうして頭突きをすれば、まともに話ができると思ったんだ? そういう考えに至った思考回路が全く理解できない。
でも、神崎らしい、と思える行動で、俺のことを考えてくれたことはわかる。
相談することにしよう。
「なあ、俺の親戚の息子さんの恋愛について、アドバイスもらえるか?」
「ああ」
パッと終わるような話ではないので、ホテルに到着した後、二人で話していた。
男子と女子で泊まっている階が違うので、楓たちに出会うことは今日はなさそうだ。
俺は、フロントのソファで缶コーヒーを片手に、相談に乗ってもらっていた。俺と楓の名は出さず、あくまで知り合いの話ということにして。
「なるほどな。複雑な恋してんな」
全くだ。いつから意識し始めたのかもわからない。今日のバスの中だったかもしれないし、二人でボウリングに行った時かもしれないし、クリスマスだったかもしれない。それはわからないけれど、今彼女をただの幼馴染で友達だとは思えなかった。
楓がバスの中で言った、『好きな人』っていうのは友達として、という意味ではないことは俺にもわかっていた。俺は完全に言うタイミングを失い、何も言えなかった。訊くまでもない真意を訊ねることもできなかった。
修学旅行中のどこかで、俺から言おうと思っていた。楓がまだ今の距離感でいたいかもしれない。そんなことを考えたりもしたけれど、自分の気持ちに気づいたからには、言っておくべきだと思っていた。
「ああ!」
「......!? いきなり大声出すなよ。怖いな」
「タイミングが悪い! 俺から言おうと思ってたのにさ......」
「タイミングっていうか、お前の行動が全て遅すぎるんじゃね」
「ぐっ」
おっしゃる通り。修学旅行に限らず、機会はいつでもあった。もっと早くに自分の気持ちと向き合うべきだった。俺は自分から機会を手放していたんだ。俺なんかが、っていう気持ちがいつもつきまとっていたから。それを言い訳に、逃げていたんだ。
「あ、俺の話じゃなくて、親戚の息子さん......の話だから!」
「はいはい。で、南のそれは告白も同然だよな。お前は答える義務があるだろ」
俺と楓の話ということで、進められる。
「それはわかってるよ。でも、あんな別れ方したら、接し方もわかんないし、なんて言えばいいのかなって......それにあれは冗談だったりしないかな?」
「あの状況でそんな冗談言わないだろ。それに、南が軽くそんなこと言う人間じゃないのは、お前もよく知ってるだろ」
確かに楓はよく冗談を言うけれど、大抵の場合は数分以内に冗談であることを告げる。それが嘘とならないうちに、言うのだ。
やっぱり、そうだよな......。
「俺はちゃんと答えるべきだよね。うやむやにせずに」
「当たり前だろ。修学旅行を何の収穫もなく帰りやがったら、今度は数倍の威力の頭突きを食らわしてやる。千草と一緒にな」
「ありがとう。絶対に食らいたくないから、頑張るよ」
「おう」
俺たちは立ち上がって、飲み終えた缶コーヒーを自販機横のゴミ箱に捨てに行った。
時計を見ると、もう少しで夕食の時間だった。食べ歩きのせいもあって、あんまりお腹空いてないな。
エレベーターが来るのを待っている時に、気になってたことを訊いてみた。
「あんまり驚かなかったよね。俺と楓の関係について」
まあ、隠しても無駄だよな。俺が色々喋っちゃったんだから。楓に何言われるかわからないな。
「ん? まあ、何となくそんな感じはしてたからな」
「そんな感じ?」
「ああ。去年とか変な距離感だったしな。特にお前が」
また、俺か。身近な人にはバレてるもんなんだな。それを今まで何も言わず付き合ってくれてたと思うと、涙が出そうだ。絶対、出さないけど。
この様子だと、須藤にも勘付かれてそうだな。
「そっか」
「ん」
俺たちの部屋がある階に降り、綺麗な廊下を歩いて行く。
部屋の前まで来たところで、「お前、南のこと好きなのか?」と神崎が最終確認のように訊いてきた。
「好きだよ。楓のこと」
神崎は俺の答えにニコッと笑って、部屋に入っていった。部屋には他のクラスメイトたちもいるので、騒がしい。
俺も神崎に続き、入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます