第62話 仲違いの原因

「……というわけなんだ」


 宇都宮に楓と山下さんとのことを話していた。

 席替えが行われてしまい席が遠くなったため、昼休みに誰もいない中庭に来てもらった。嫌な顔一つせず来てくれた宇都宮は良いやつだと改めて感じた。


「数少ない同じ中学出身の二人だし、仲が回復して欲しいな」

「こうなってしまった原因、何か知らない?」


 頼れる人物は宇都宮しかいなかった。他にこの二人の関係を知る人はいないのだから。


 中庭のベンチで俺の隣に座るイケメンは、言うか迷っているように見えた。少し俯き加減にある悩む姿もかっこよかった。

 頭を上げ、真剣な眼差しで見つめられ、背筋が伸びた。


「俺にも少しは原因があるのかも、な」

「どういうこと?」


 どうして、宇都宮が関係してくるんだ? 


「山下に告白されたことがあったから」


 初耳だ。楓はそのことを知っていたのだろうか? そもそも山下さんが宇都宮に好意を寄せていたことを知っていたのか?


「宇都宮はなんて答えたんだ……?」

「断ったよ。好きな人がいるからって。誰が好きとは言わなかったけどね」


 宇都宮が責任を感じる必要はないのに、申しわけなさそうに言った。


 おそらく、宇都宮がその当時好きだったのは、楓ではないだろうか。確か、楓は中二の終わり頃から関係が悪化したと言っていた気がする。


「それっていつぐらいの話? 中二?」

「うん」

「宇都宮が告白したのは、その後?」

「そうだね」


 大体、掴めてきた。

 でも、少しわからないのは、結局楓と宇都宮は付き合わなかったのに、何に対して敵対心を向けているのか。嫉妬が原因ではないような気がする。


 楓の話では、二人で水族館に行くくらいには仲が良かったのに、ちょっとしたことで関係が崩れるとは思えなかった。今まで浅く狭い交友関係で過ごしてきた俺の想像なんて外れているのかもしれないけれど、そう思いたかった。


「宇都宮はどうして二人の間にわだかまりができたと思う?」

「不確実なことは言いたくないけど、俺が山下からの告白を断り、南が俺をフったことが関係しているとは思うけどね。時期が被ってるわけだし」


 やっぱり、そうだよなあ。よくも私の好きな人をフってくれたな、そんな感じだろうか? 漫画の世界か、と思うくらい関係がややこしいな。

 まずは楓に山下さんが宇都宮のことが好きだったことを知っていたのか、訊かないといけないと思った。


 俺は宇都宮に礼を言い、教室に戻った。

 教室で友人たちと話す楓を発見したが、今日も帰りは二人なわけだし、その時話すことにした。



「そうだったの!?」


 宇都宮から聞いた話を話すと、大層驚いた様子だった。どうやら、知らなかったようだ。


「らしいけど。そんな話されてなかったの?」


 そこそこに仲が良かったはずなので、相談の一つくらいあっても良い気がした。


「え、ちょっと時間ちょうだい」


 眉間にしわを寄せ、俯いたり、青空を見上げたり、小首を傾げたり、そんな風に忙しなく頭を動かしながら、過去の記憶を辿っているようだった。

 

 数十秒後、こちらを向き、彼女は口を開いた。


「宇都宮のこと何か言ってなかったか、思い返してみたけど、一つだけ思い当たる節があった」

「さすが学年一位の記憶力」

「やめてよ。勉強とは全然関係ないしっ」


 誰かとの会話なんて一々覚えているものでもない。俺だって今日の休憩時間に話した内容なら覚えているが、数ヶ月も前となればそれに関する記憶を引きずり出すことは非常に困難な作業になる。

 ましてや中学生の頃の一部の会話を思い出すなんて、そう簡単なことではない。さっきは楓の記憶力が優れているから思い出すことができた、というように冗談めかして言ったが、実際は相手が山下さんだったから、思い出すことができたのではないかと考えている。


 仲の良い友達との会話だったから、しっかり記憶していたのだと思う。俺の中学時代は神崎たちほど親交が深かった友達はいないので、思い出せないのだろう。神崎たちとの会話なら一年前のことでもある程度思い出すことができた。


「それで、山下さんから何を言われたの?」

「えっとね、『宇都宮くんのことどう思う?』って聞かれたことがあった気がする。セリフはあってるかわかんないけど、そんな感じのこと」


 おそらく、山下さんの真似をして言ったのだろうけどあまり似ておらず、本題はそこではないのでスルーしておく。


「で、楓は何て言ったの?」

「その時からあいつはかっこよかったから、高身長爽やかイケメンって言ったと思うよ。イメージのまんま」

「かなり高評価だね......」


 俺を形容するのに相応しくない単語のオンパレードだ!


「いや、あれだよ? 世の女子全員がイケメン好きってわけではないからね? 客観的に見て、イケメンだと思うけど、私はフったわけだし、タイプではないからね?」


 楓がフォローしてくれているのだとすれば、俺がイケメンでないことは確定する。いや、まあ、自覚してるから、何も思わないけど......。


「へ、へー」

「顔引きつってるよ......」


 俺は頰をピシャリと叩き、深呼吸をした後、話を戻そうとした。


「えっと、山下さんが訊きたかったのは、多分、楓が宇都宮のことを好きかどうかってことだよね。きっと」

「うん。山下がまさか宇都宮のことが好きだとは思ってなかったから、容姿について答えちゃったけど、多分そういうことだと思う」


 もしかしたら、宇都宮のことが好きだった山下さんは、彼が楓のことが気になっていることに気づいていたのかもしれない。好きな人のことは、目で追ってしまうものだろう。普通なら気づかないことにも気づいてしまう。俺の推測なので、当たっているかはわからないけど。


「その後は特に変わったことはなかったの?」


 また黙って、楓は考え始めた。

 

 俺も邪魔はしないように、サイレントモードで彼女の隣を歩く。いつの間にか、いつもの公園が見えてきた。こんな話の途中で別れるわけにもいかないので、そのまま誰も座っていないブランコに向かった。


 何かを思い出したのか、勢いよくこちらを向く彼女の表情は、愉快なものではなかった。辛そうな、泣き出しそうな目をしていた。


 俺から話しかけるべきだと思った。


「何か思い出したの?」

「私、山下の前で宇都宮のことフった話しちゃった......」


 ああ、きっとこれだ。嫉妬とかそんなものではなかった。山下さんも宇都宮に好意を寄せていることを直接楓に言わなかったから、楓は気づけなかったんだ。


 そりゃあ、自分が好きだった相手が告白してきて、そいつの告白を断った話をされれば、誰でも良い気分はしない。けれど、楓に悪意があったわけではない。楓は告白されたことを誰彼構わず言うような人間ではないので、仲の良かった山下さんだからこそ、そういう話をしたのだと思う。


「......どうすれば、いいと思う?」


 少し声を震わせ、彼女は言った。

 

 やるべきことは一つしかないことは、楓もわかっていると思う。


「事情を説明して、謝れば、きっと山下さんもわかってくれるはずだと思う」


 第三者の俺は介入しない方が良い。これは二人の問題だから。


「わかった。明日、言ってみる」


 声はもう震えておらず、言い切った。覚悟を決めたような顔つきをしているので、楓は山下さんにきちんと伝えられるような気がした。


「頑張れよ」


 楓は力強く頷き、笑顔を見せた。

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