第57話 昼ごはんの後
案の定迷って、スマホで調べ始める。楓は「こっちかなあ」と言いながら、俺の前を歩く。
「来月、中間テストあるね」
楓はふと思い出したかのように、振り返って言った。
「嫌なことを思い出させないでくれ......」
常にトップの成績を残し続けている楓と違い、俺は毎度赤点を取らないかヒヤヒヤしている。今までは彼女のおかげで何とか回避できているけれど、二年になり内容も難しくなってきているため、そろそろ本腰入れて勉強しないと赤点を取ってしまいそうだ。毎日時間が有り余ってるとはいえ、補習を受けてる時間ほど無駄な過ごし方はないので、何とか赤点だけは回避しなければならない。
「その様子だと一年の頃と何も変わってなさそうだね」
痛いところを突かれた。頻繁に意識改革を誓っているのに、勉強に対する意識が何も変わっていないことを指摘されてしまった。
「夏休み終わったぐらいから、本気を出そうかな......って」
彼女は「はぁ」とため息を吐き、言う。
「多分、似たようなこと夏休み終わっても言ってると思うよ」
「でも......」
「でも、じゃなくて。後回しにしてたら大変なことになるよ? 高校受験とは違うんだからさ。高校受験でも苦戦してた青葉のこと知ってるでしょ?」
俺は「はい」と頷くしかなかった。
「私も協力するし、勉強しようよ。志望校は決めた?」
「まだ......です」
また迷惑をかけてしまうのか、と思うと自分に嫌気がさしてくる。ちゃんと進路については考えないといけないよな......。
「学部は?」
「決めてないけど、経済学部にいきたい、かな」
「へー、意外。なんでなんで?」
「稼げそうだから」
そもそもどんな学部があるのか詳しく知らない。文学部と法学部の存在は知っている。文学部は難しい本とか読んでそうなイメージがあるから、読書家ではない俺には厳しそう。法律のスペシャリストになりたいわけでもないので、法学部も却下。本当はもっと幅広くあらゆることを学ぶのかもしれないが、大学生でない以上、詳細はわからないのでイメージで決めるしかなかった。
経済学部は何となく、お金持ちになれそうな気がする。
「悟が収入の心配をするなんてちょっと意外だった。どちらかと言えば、そんなに高収入じゃなくてもいいから、楽な仕事に就きたいのかなって思ってた」
俺だって、収入は当然気にする。ほら、今だって所持金が少なくて不安で仕方がないよ。毎日口座の中身の心配をしながら生活していくのはしんどいので、安定した収入はマストだ。
「楽で稼げる仕事なんてないだろうからね。やっぱりお金は必要だし。そのためにはそこそこの大学に入らなければいけなくて、このままではダメなんだよね」
「そうだよ。今のままじゃ、しんどくて低収入になるかもしれないよ」
「そう思うと、ちょっとやる気出てきた」
「その調子! 大金持ちになって、将来、私を養ってよ」
「え」
養う......? それってどういう意味だ? いや、『養う』という意味は知っているけど、そのままの意味で受け取って良いのか? 何か裏に深い意味が隠されているのか?
現代文の点数がそれほど高いわけではない俺には読み取ることができなかった。
楓の様子を窺うと、ぽーっと頰が赤く染まり、口を半開きにして、あたふたしている。あたふたしたいのはこっちの方だ。
「今のは言葉の綾というか、なんというか......そう、貢いで欲しいってこと!」
「......貢ぐ?」
「うん。私が買ってーって言った物を買って欲しいの! そういうことだから! 他意はない!」
一息で話す彼女は冷静さのかけらもなかった。俺も戸惑うだけだし、この話は封印。
さっきよりも少し楓との距離が遠くなった気がする。少し早足になっているようだった。
きまずい雰囲気を何とかしよう、と思い、慎重に話を振った。
「楓は何学部にするの?」
「え、私?」
「楓は目の前にしかいないけど」
「そうだよね。えっと、私は......」
文系学部だろうけど、何だろう。英語が好きと言っていたので、文学部だろうか?
前を歩いていた楓は立ち止まって振り返り、満面の笑みを向けた。
「ひ、み、つ!」
人差し指を口元に当てて、彼女は言った。とっさに顔を逸らしたので助かったけれど、直視していれば確実に口角が上がっていた。
「いや、俺も言ったんだし、教えてくれても......」
「そんなに私の進路が気になるの?」
「そういうわけじゃ......」
正直、気になる。けれど、素直になれなかった。少し負けた気持ちになるから。あと、素直になっても彼女はきっと教えてくれない。
「ふふふ。いつか教えるよ、必ず。今はまだ秘密。ちょっと恥ずかしいし」
恥ずかしい? 俺が知らないだけで、恥ずかしがるような学部が存在するのか? 今訊いても教えてくれるとは思えないので、その時が来るまで待とう。
「着いたよっ」
いつの間にか、普段通りの会話に戻っていた。
どうやら目的地に到着したらしい。やっぱり、ここか。数十メートル手前から看板は見えていたので、そんな予感はしていた。高校生らしい遊び場だな。
「今日は腕が死ぬまでボウリングしよ!」
一体、何ゲームやるつもりなんだ......。腕に向かって、生きて帰ろうな、と心の中でつぶやきながら、入店した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます