第28話 南楓の作戦
「悟く〜ん」
「何?」
「なんか冷めてない?」
「逆に、この寒さでどうしてそんなにハイテンションでいられるのか知りたいんだけど」
今日は朝から楓のテンションが高かった。校内で出会う度にニコニコしてたし、ちょっと怖いくらいだった。
しかも、やたらと今日は絡まれた。そして、謎に饒舌だった。
「だって明日から冬休みだよ! さらに明日はクリスマス! クリスマスだよ! テンションが上がらない理由を見つける方が難しくない?」
今日は終業式とホームルームで学校は終わった。俺としては休みは嬉しいけど、一週間もすればすることがなくなって、時間を持て余してしまうので、そこまでありがたいものでもなかった。休暇はゴールデンウィークくらいの長さがちょうど良いのかもしれない。
彼女は友達と遊ぶ予定などがすでに組まれており、それが楽しみで冬休みを待ち望んでいるのだろう、と思った。
「この歳にもなれば、クリスマスではしゃぐことはないんだけど」
「サンタさん来ないしね」
「その話はいい」
「ふふふ。クリスマス予定ないの?」
右手を口元に当て、あざ笑ってくる。
「あるけど」
ちょっと嘘を吐いてみた。俺にクリスマスを共に過ごす相手なんかいるはずもなく、明日はフリーだ。これはからかわれた仕返し的な。
彼女は顔面蒼白とまではいかないにしても、感情が無になっているようなそんな感じだった。口を半開きにし、信じられない出来事が目の前で起こったかのように、固まっている。
俺がクリスマスに予定が入っていることに、そんなに驚かなくても良いじゃないか......。
「嘘だけど」
嘘だと告げた瞬間、彼女の表情がパッと明るくなった。何故?
「びっくりしたー。予定入ってると思ってなかったらさ」
ナチュラルに失礼なこと言っていることに気づいてなさそうだ。傷つくなあ。
「ていうか、嘘吐かないでよ!」
目を細くし、今度は睨みつけられた。コロコロ表情が変わる。「えいっ」と肩にチョップされた。威力は肩をトントンとされる程度だったので、ないに等しい。
「予定があったとしても、楓には関係ないだろ」
「あるしっ」
「なんで?」
「おほん。あー、明日はクリスマス。それなのに、予定がないのはちょっと寂しいなあ。あー、誰か空いてる人いないかなあ。おっ、こんなところに水族館のチケットが二枚。私と水族館に行ってくれる人いないかなあ。チラッ」
前々から思っていたけど、たまにやるこのわざとらしい演技は何だろう。敏感ではない俺でも何を言いたいのかわかる。
誘えってことだよな。
「じゃあ、明日水族館行く?」
「行く行く!」
「で、これは誰の考え?」
楓が自発的に俺と水族館へ行こう、と考えることが、まずおかしい。すでにチケットまで購入し、準備万端な状態であるなんて彼女の思いつきではないことが明らかだった。誰かからの助言的なものがあったに違いない。
「ち......私だよ!」
「ち?」
嘘を隠すのがどちらかと言えば下手な楓がどうしてここまでバレずにやってこれたのか、不思議になる。
「ち、ち......ちーちゃん」
何も思いつかなかったのか、諦めも早い。
「と青葉」
もう一人いたようだ。その二人がどう関係してくるのか、見えてこない。
「何があったの」
「ちーちゃんに『天野くんとクリスマスどこか行くの?』って訊かれて、行くつもりなかったから何も決めてないって答えたんだけど、『まだ決めてないの!? もしかして、バラバラで過ごすの?』って驚かれてさ......。クリスマスに二人で過ごさないカップルって存在するのかなって思って、二人でどこかに行くつもりはしてるって言ったんだよね。で、その後、ちーちゃんに二人の写真をまた今度見せてって言われちゃって、困ったわけ」
写真の提示を求められたら、話を作るだけでは誤魔化せない。実際にその場に行き、二人でそういう写真を撮る必要がある。
「これはもう悟とどこか行くしかないと思って。でも、私から誘うことってあんまりしたことなかったから、青葉に相談してみたら、あ、私たちの関係は内緒にしてだけどね。そしたら二人で水族館行ってきたらって言われて、どうやって誘うのかもアドバイスしてもらった。男に誘わせるんだーって言ってたけど、上手くいった?」
「あれで上手くいったと思えるのは逆にすごいね」
頭をかきながら、「えへへ」と照れてるけど、褒めてないからね。
「俺なんかでいいの? 他に誘われたりしなかったの?」
「彼氏がいることになってるから、友達からの誘いはなかったよ。友達外から二人くらい男の子が誘ってきたけど、蹴散らした!」
まだ誘いがあるってことは、彼氏役として俺では力不足なのではないだろうか。俺がハイスペックであれば、天野には敵わないと思い、誘ってくる男子も減る気がした。
「一つ不満があるんだけど、言ってもいい?」
「許可したくないけど、許可しなくても楓は言うんでしょ」
「正解。悟、さっき『俺なんか』とか言ってたけど自分のこと過小評価しすぎじゃない? 私の中の悟の評価はそこらの男子より上だよ?」
いきなりそんなことを言われても何て返せば良いのか困る。
俺は決して謙遜などせず、適切な評価を自らに下している自信があったのだけれど、他人から見ればそれは正当なものではなかったのかもしれない。自分のことは自分が一番わかっている自信があるけれど、ここで言い争っても仕方がない。
それに、口論できる自信はなかった。楓の中の評価がそこそこ高いことに感情が高ぶり、顔が熱くなってきている。
「そ、そっか。わかった。気をつける」
「それで良し。じゃあ、明日よろしくっ。時間はまた送っとくから見といて」
「了解」
別れた後、彼女の後ろ姿を見ると、先ほどより小さく見えた。肩の力が抜け、胸をなで下ろしているようだった。
今日一日ハイテンションだったのは、俺に誘わせる作戦を成功させることができるか不安だったから、悟られないように無理やりテンションをあげていたのではないだろうか。
さすがに自惚れすぎか。俺が断ったとしても、そんなに気にしなかったのではないだろうか、と一瞬浮かんだ考えを訂正し、やっぱり俺が断っていたら落ち込んだよな、と今日くらい思っておく。
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