第19話 南楓はリレー選抜

 夏休みが終わり、数日が経った。夏休み中に楓と会ったのは誕生日の一度だけだったが、連絡は何度かとっていた。数週間ぶりに二人での登校は思いの外緊張せず、夏休み前と変わらず話ができていた、と思う。


 金曜日のこの時間はいつも古典の授業をしているはずだが、今日は体育祭関連のことを決める時間に当てられた。うちの高校は九月末に体育祭がある。担任曰く、例年たいそう盛り上がっているようで、俺たちも全力で楽しめとのことだ。一年なら何とも思わないが、三年にもなれば受験でそれどころじゃない気がする。勉強のできない俺でもそういう心配をしているのだから、受験を控えた三年たちは疎ましく思ったりしないのだろうか? どうして秋にするんだーって。


 教室を見渡すと、ハイテンションになっている生徒が多い。これは体育祭が待ち遠しいから、ではなく、授業が一限潰れたから、だろう。それは俺も同じ気持ちだ。眠たくなる授業を受けるくらいならこうやってぼーっとみんなの意見に賛同している方が楽だ。


「お前、リレー出ろよ」

「バカなの? 俺が出るわけないでしょ」


 体育祭はクラス単位でチーム分けされている。今は選抜リレーに出るメンバーを決めているところらしい。席が近くない神崎はわざわざイスを持って俺の隣にまで来ていた。


「前に南と廊下を全力で走ってたから走るの好きなのかと思ってたわ」


 今考えると、控えめに言ってもアホだ。あの後、生徒指導の犬塚に怒られることになるし、走るべきではなかった。


「あれは不可抗力でだなあ......」

「不可抗力の意味知ってるか?」


 なんかこいつに言われると腹が立つ。


「もちろん知ってる。あれは俺の力では回避できないことだったんだ」

「ふーん」


 神崎はどうでも良さそうに黒板の方に向き直った。順調にメンバーは決まっているようで、四人のうちすでに三人の名前が挙がっていた。あと一人もすぐに決まるだろう。


「宇都宮くん頼めないかな?」


 クラス委員の奥野さんが両手を合わせて、お願いしていた。

 

「俺なんかで良ければ」


 ほら決まった。四人の部活は陸上部二人とテニス部、そしてサッカー部か。まあ文化系の部活はないよな。体育の時間に全員の走りを見たことあるが、陸上部二人は言わずもがな、サッカー部の宇都宮がめちゃくちゃ速い。もしかしたら陸上部の二人よりも速いのではないかと思っている。俺にも運動の才能があれば、体育祭で輝くことができたんだけどなあ。残念ながら、俺はどの競技も平凡で可もなく不可もなくって感じだ。だから、体育祭自体はそこまで嫌いじゃない。一日授業が潰れるし。


「リレー優勝できんじゃね?」

「かもね」


 神崎の言う通り、不可能ではなさそうだ。


「そういや千草と南ってクラス違ったよな?」

「多分」

「じゃあ同じチームなのは俺たちだけか」

「そうなるね」


 楓は足が速かったし、おそらく選抜に選ばれているのではないだろうか。


「神崎の彼女さんは運動得意なの?」

「全くだなあ。スポーツテストクラス最下位だったって言ってたし」

「同じチームだったらフォローしてあげられるのにね」

「ちょっと心配だけど、何とかなるだろ。あいつお前と違って、友達多いし周りが助けてくれるさ」

「最後の余計」


 チャイムが鳴り、みんな自分の席に戻っていく。


「それじゃあ、連絡事項だけ伝えておくぞー」


 ホームルームが始まった。今日も一日疲れた。



「じゃあな」

「おう」


 神崎の後ろ姿を眺めながら、俺も帰る支度をする。置き勉しているので、カバンは軽い。

 教室を出ると、楓が友達と楽しそうに喋っていた。


「おっ。彼氏来たっぽいよ」

「私たちはお邪魔なようだし、咲良帰ろー。じゃあね、楓」

「うん。また明日ー」


 彼女のご友人たちを無理やり帰らせたみたいになってしまった。


 いつもと変わらず、二人で歩いて学校を出る。


「別に友達と帰ってもいいのに。無理しなくてもいいよ。もう俺たちが付き合っていることは知れ渡っているようだし」


 さっき楓と話していた二人の顔に見覚えがあった。同じ高校に通うのだから、当然なんだけど。確か靴箱で付き合っていることを告げて、とても驚かれた記憶がある。そんな二人からも彼氏認定されているのだから、登下校しない日があっても問題ないように思える。

 夏休み前、二人で登下校しなかったのは、片手で数えられるくらいしかない。片手は言い過ぎたかも、両手で。記憶上ではほとんど毎日、二人で学校へ行き、帰っていた。


 彼女が何も言わないので、振り向くと、目を合わせてくれなかった。どうやら、お怒りモードに入ってしまったようだ。なんで?


「......無理なんかしてないし」


 耳を澄ましていないと聞こえないくらいのつぶやき声だった。

 俺がキョトンとしていると、彼女は続けて言った。


「無理なんかしてないから!」


 今度ははっきりと聞こえた。俺はどうやら言葉を誤ったようだ。彼女の怒りセンサーに反応してしまった。


「悟は私が無理して一緒に帰ってると思ってたの? 全然違うから。私が好きでこうしてるの。咲良たちとはいつでも話せるけど、悟と話すにはこの時間しかないじゃん。二人でこうやって帰りながら中身のない話をするのが私は好き......悟は私と帰るのどう思ってる?」

「俺もこの時間好きだよ」

「......良かった」

 

 彼女は時々怒る。普段は温厚な幼馴染。けれど、俺の発言で怒らせてしまうことがある。自分で言った直後には何が要因だったのか気づけない。会話を進める中でだんだんどの発言がまずかったのかに気づく。今回で言うと、勝手に俺が決めつけたことだ。楓はそういうつもりはなかったはずなのに、俺が「無理している」と決めつけたから、怒った。


 彼女の方を向くと、険しい顔から一転、いつもの人を安心させるようなスマイルに戻っていた。喜怒哀楽が激しいところに少し羨ましいと感じることがある。俺は感情が表に出ないタイプなので、勘違いされることも多い。彼女のように素直に自分の感情を出せる人間になれたらな、と思う。彼女はこれからも憧れの対象であり続けるのかもしれない。



「そういえばさ、体育祭でリレー出るの?」

「出るよー」


 別れ際に訊いてみた。楓のように誰とも仲良くできる性格なら、クラス委員もリレーのメンバーになってもらうようにお願いしやすいだろう。そして、頼まれたら基本的に快く引き受けるのが彼女だ。


「体育祭楽しみだねえ」

「まあ、そうだね。高校の体育祭ってはじめてだし」

「私の中学体育祭なかったから四年ぶりなんだよね。ワクワクしてる」


 体育祭がないって珍しい。


「当日、晴れるといいね」

「それだけが心配。てるてる坊主作っとこうかな。一緒に作る?」

「いや、俺はそこまでして晴れて欲しいわけではないので......」

「えー、じゃあ、いいし。私一人で作るもん」


 ぷくっと頰を膨らませて、機嫌を損ねた。まあ、この程度じゃ、怒らせたうちに入らないだろうけど。

 彼女なら家で一人、てるてる坊主を作っていてもおかしくない、と思った。俺も一応、祈っとこう。雨になって、授業をされては困る。

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