再会した幼馴染と付き合う演技を始めることになりました

久住子乃江

第一章

第1話 南楓との再会

「何かあったのか?」

 

 俺、天野悟あまのさとるは幼馴染の南楓みなみかえでが一人、公園のブランコでため息を吐き続けているところに遭遇した。出会ったのは、きっと偶然。


「ん? あぁ、悟か。ちょうどいいところに来たね。ここであったのも何かの縁だ。これを飲みながら、私の話を聞いてみないかい?」


 わざとらしい演技をした彼女は、右手に持っていた缶コーヒーを俺に放った。どうやら出会ったのは偶然ではなく、必然だったようだ。

 俺の家の場所を知っていれば、下校時にこの公園の前を通ることくらい容易に想像がつく。どうやら待ち伏せされていたようだ。


「今すぐ帰りたいところなんだけど」


 今日は帰って、借りてきたホラー映画を一本観るつもりだった。


「まあまあ、いいじゃないか。ここへ座りたまえ」


 彼女は隣の空いているブランコを指差しながら言った。


「ちょっとだけなら……」


 逆に、予定という予定は映画を観ることくらいしかなかったので、俺は空いている方へ座った。ブランコに乗ったのは久しぶりなので、とても小さく窮屈に感じた。


「なんか久しぶりじゃない? こうして話すの」

「そうだな」


 俺と南は幼稚園からの付き合いだった。同じ小学校に進み、この公園でよく遊んだことを覚えている。彼女は私立の中学校に進んだため、地元の公立中学校に進んだ俺とは離れることになった。


 中学校の三年間はほとんど喋った記憶がない。たまに会った時に話すくらいで、二人でどこかへ出かけるようなことはなかった。

 中学校を卒業した後は、俺は近くの公立高校に進んだ。そしたら入学式で彼女も同じ高校であることを知ることになったのだ。はじめは見間違えかと思ったが、教室の扉の前に貼り出された名簿を見ると、俺のよく知る名前がそこにはあり、見間違えでないことがわかった。


 それから一ヶ月、クラスが違ったため、会話を交わすこともなく、俺たちはそれぞれの高校生活を歩んでいた。彼女は俺のことを忘れてしまったのか、と思ったけれど、そういうわけではなかったことを今知った。


「悟、私が同じ高校にいたこと知ってた?」

「入学式に見かけたから知ってたよ」

「え? マジ? 話しかけてくれたら良かったのに。私なんか昨日知ったんだよ!」


 同じ学校なのに一ヶ月間、存在を確認されていなかった俺、すごくない? 空気人間コンテストでグランプリ取れるレベルだよ。


「俺のこと忘れてんのかと思って」

「忘れるわけないじゃん! ラムネを一気飲みした仲でしょ!」


 数秒思案すると、俺もどの話をしているのか見当がついた。どうしてそんな昔の記憶を引っ張り出してこれるんだ。記憶力に感心する。


「そんなこともあった気がする。確か、南がラムネ吹き出したんだっけ」

「いやいや、吹き出したのは悟の方でしょ? 私はちゃんと綺麗に飲み干したし!」


 俺と彼女の記憶に齟齬があるようだ。


「そんなことより、話したいことがあったからここで待ってたんだろ? 用件は?」

「そうだった!」


 ここで待ち伏せしていたことを認めたようだ。


「私の彼氏になってくれない?」


 は? 彼氏? 誰が? 俺が? 南の? え?


 俺が当惑していると、当人は「言っちゃったー」とか言って照れてるけど、それどころじゃないです。


「どう? 本気にした?」


 上目遣いでこちらを見てくる彼女のことを一瞬でも本気になって考えた自分が恥ずかしい。彼女の性格まで忘れたわけではあるまい。南楓がからかってきた記憶が蘇ってくる。


「冗談だと思ったよ。俺なんかを好きになるはずないからな」


 ポーカーフェイスは得意分野だ。なんとかバレずに済んだと思う。多分。


「なーんだ。まあ、彼氏になって欲しいっていうお願いは全てが嘘ってわけでもないんだけどね」

「どういうこと?」

「私の容姿ってどう思う?」


 どうって言われてもなぁ……。まあ、一応考えてやるか。俺の焦点を彼女の顔に合わせる。


 性格は置いておいて、見てくれは悪くない。むしろ、かなり良い方だろう。小学校の頃は何も感じていなかったが、高校に入ってから美しさに磨きがかかっている気がする。

 校内で未だに南より可愛い人を俺は一度も見ていない。同学年だけでなく、他学年含めても。


 真っ黒な髪はよく似合っており、ザ・清楚って感じだ。いかにも男子が好きそうな見た目をしている。

 パッチリ二重の大きな目には引き込まれそうになるし、真っ白な肌は肌荒れとは無縁だ。


 男子から好かれる要素を詰め込んだら、きっと南が完成するのだろう。


 しかし、彼女にそのまま伝えるのは癪だった。性格に関しては俺も人のことを言えないのかもしれない。


「悪くはない、と思う」

「私を高評価してくれて、嬉しいよ! 客観的に見ても、どうやら私はモテるらしい」

「根拠は?」

「この一ヶ月で私、何回告白されたと思う?」


 何回? そうだな……。まだ入学して一ヶ月だ。多くても一、二回程度じゃないのか? いや、わざわざクイズにするくらいなので、もう少し多いのか……?


「三回くらい?」

「不正解。七回」ため息まじりに言った。


 まだ五月だぞ……? すでに七回? 週一以上のペースで告られてんの? 

 彼女の存在を知らない人もまだまだたくさんいるはずだ。知れ渡れば、告白回数はさらに跳ね上がるのではないだろうか?


「誰かと付き合ったりしたのか?」

「付き合うわけないじゃん。みんな私の容姿にしか興味ないんだもん。即、お断りさせてもらった」


 それもまた彼女らしい、と思った。きっと中身を重視して欲しいのだろう。容姿端麗という言葉がマッチしている彼女の外見目当てで近づく男の気持ちもわからないでもないけど。


「それで、どうして俺がお前の彼氏に?」

「私に彼氏ができたとわかれば、告白してくる人も減ると思うんだよね。だから彼氏のように振舞って欲しいの」

「俺がそのめんどくさい役を引き受ける義理はないんだけど……」


 なんであいつなんかが南と付き合ってんだ! という声が聞こえてきてもおかしくない。平穏な高校生活が閉幕しそうだ。

 俺は現環境を結構好んでいる。友達はできたし、不自由なく過ごすことができている。彼氏役をすることで、環境は変わってしまうに違いない。


「そこをなんとか」


 両手を顔の前で合わせて頼んできた。


「嫌だ。俺じゃ、お前と不釣り合いだ。もっと俺より優しくて、かっこよくて、彼氏役を引き受けてくれそうな人を探してくれ」


 そう言うと、彼女は顔を背け、ボソッと何か言ったが、聞き取れなかった。


 こちらを向き直り、不敵な笑みを浮かべた。


「この手は使いたくなかったけど、使うしかないみたいだね……」


 何を言われても俺は絶対彼氏役なんてしないぞ! 例え、情に訴えかけてきても、俺は心を鬼にして、ポーカーフェイスを貫く。


「これ、覚えてる?」


 彼女はカバンから一枚の手紙を取り出した。見覚えのあるものだった。どこかで見たことある気がするけど、思い出せない。


「ふっふーん」


 小悪魔、いや悪魔のように笑いながら、中身を見せてきた。


 それは乱れた字で綴られていた。よく見ると、俺の字であることに気がついた。多分、小学校の頃の字だ。


「──これがどうしたんだ?」


 ただの手紙じゃないか。これに何が書かれているというのだ。


「ここ見て、ここ」


 彼女が示した行を声に出して読んでみる。


「えー、かえでちゃんぼくとケッコンしてください……」


 ちょっと待て! こんな手紙書いた覚えがない……。


「──これ、本当に俺が書いたのか?」

「当たり前でしょ。よく見て。悟の名前も書いてあるでしょ。自分の字に見覚えがないの?」


 名前も間違っていない……。何より俺の字で間違いないのだ。自分の字にめちゃくちゃ見覚えがある。

 天野の『野』は画数が多いせいで、小さい頃はとてもアンバランスになっていた。俺の記憶通りのアンバラスさだ。うっすらこんな恥ずかしい手紙を書いたような気もしてきた。


「それをどうするつもりなんだ?」


 俺の声は震えていた。目の前の悪魔に対する恐怖心からだろう。


「彼氏になってくれるなら、これは押入れにまた封印しておく。なってくれないのなら……。そうね、複製して廊下に貼り付けていこうかな。朝、登校中の人たちに配るのもありね。号外でーす、とか言って」


 可愛く小首を傾げて、言ってきた。今の俺には、南楓が完全に悪魔にしか見えなかった。俺に選択肢は残されていなかった。


「私の彼氏になってくれる?」

「あぁ……」


 俺はため息をつき続ける幼馴染を放って家へ帰るべきだった。公園に寄らずに帰っていればこんなことにはならなかったのに。タイムマシンがあれば、数分前の自分に忠告したい。


「よろしくね」


 こうして、周りを欺くための不釣り合いカップルが生まれた。


 俺はため息をついても許されるのではないか、と思った。彼女の前ではしなかったけど。

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