第2話 南楓と登校
歯を磨き、トイレへ行き、朝食を食べるという普段通りの朝を過ごし、家を出た。
「おはよっ」
「げっ」
ひどく怪訝な顔をしているであろう俺の目の前には、南楓が太陽に匹敵するほどの眩しい笑顔で俺を待っていた。
あぁ、眩しい。サングラスでも取りに戻ろうかな。
一緒に登校する約束をしたわけではないけれど、付き合っていると思わせるためには必要なことなのだろう。
二人で登校すること自体は別に嫌なわけではない。小学校の頃は二人で登校したことが何度かあった。その頃は友達という関係性だったので、自然に会話を交わしていた気がするけど、今何を話せば良いのかわからなかった。俺と彼女には中学三年間のブランクがある。三年ぶりに二人きりの状況で何を話題にすべきなのか、色々考えてしまう。
「俺が出てくるのずっと待ってたのか?」
登校時間を伝えていなかったので、何十分も前から待っていたのではないだろうか?
「五分前くらいに着いたとこ。悟、小学校の時もギリギリにしか家出なかったでしょ。だから高校生になっても変わってないのかなーって思ってたんだけど、どうやら当たってたみたいだねぇ」
「本当よく覚えてるよな。その記憶力、少し分けて欲しい」
「そ、そんなことはいいから学校行こ! 私、遅刻したくないし」
彼女は回れ右をして、歩き始めた。わざわざ家まで来てくれたわけだし、仕方がないので一緒に行くことにしよう。
いつもこの時間に登校しているのはできる限り睡眠していたいというシンプルな理由だ。
数年ぶりに間近で見る隣の彼女は、何を考えているのだろう。
二人で登校しているというのに、無言で歩き続けるのは居心地が悪かった。
「家の前で待ってるなら、言ってくれれば良かったのに」
「言いそびれたの。明日からもあの時間に迎えに行くからね」
「別に構わないんだけど、俺と一緒に登校する理由ってなに?」
「理由? 私に彼氏ができたと思わせるためだけど」
俺の予想は当たっていたようだ。
彼女から視線を外し、俺は一息ついた後、口を開く。
「この時間は登校中の学生が少ないと思うんだけど」
彼女は辺りをキョロキョロした後、こちらへ向き直った。
「確かに! この時間ってこんなに少ないんだね……」
始業ギリギリにしか着かないこの時間に歩いている生徒の方が稀なのだ。
「そう。だから朝は一緒に登校しなくてもいいんじゃないのか?」
どうやら考え中のようだ。「んー」と唸っている。顎に手を当て、いかにも考えてますよ、という仕草をしている。
「まあ、いいや。誰一人歩いてないわけじゃないし、一緒に登校しようよ」
「ちなみに、俺に選択する権利はあるの?」
「校内一の有名人になる覚悟があるのなら」
あの手紙がある限り、俺は従うしかないのだろう。いつか部屋に上がらせてもらって、何とか処分したい。
「……ないよ」
そんな話をしていると、校門前に達していた。
正面玄関から入り、俺たちは下駄箱から上履きを取り出す。
「楓〜、今日来るの遅くない? 休みかと思った」
聞き覚えのない声が聞こえてきた。南の友達なのだろう。
「ごめん! 今日はちょっと彼氏と登校してたらこんな時間になっちゃって」
はっや! 彼氏いる宣言が早すぎて、偽装彼氏に選ばれた俺は、まだ心の準備ができていない。何も悪いことをしていないのに、冷や汗が出る。
本当にこれから校内の学生を騙し続けるのかと思うと、上手くやれるのか不安になってきた。もし、俺のミスで失敗すれば、あの手紙を広められかねない。
「え、彼氏!? 楓、彼氏できたの!? だれだれ? 宇都宮くん?」
うんうん。わかるわかる。そんな反応になるよねー。だって、たった一ヶ月で七回告られてきた人の彼氏がどんな人なのか気になるよね。
ちなみに、宇都宮とは俺のクラスにいるイケメンくんだ。細身の長身。クラスでも一番目立っている人物なので、俺も知っている。部活はサッカー部で、とにかくモテる。確かに南と釣り合うのは、俺ではなく、宇都宮のような人種だろう。
「違うよ〜。あそこにいる悟が私の彼氏」
女子数人の視線がこちらへ集まることがわかったので、咄嗟に顔を背けてしまった。恐る恐る、振り返り、申し訳程度の愛想笑いをしておいた。上手くできていた自信はないけれど。
「どこ?」
俺が彼氏であると認識されなかったようだ。
「いや、今笑ってる彼だから! おーい!」
二度見されたので、もう一度愛想笑いをしておいた。サービス精神旺盛なので、手まで振ってあげた。
南の友人らしき人たちが、俺のことを認識したところで、驚嘆の声を聞く準備を整えた。
「えええええええええ」
数人の声が重なって、俺の耳の中まで届く。そりゃ驚くだろう。
「何それ、私の彼氏何ですけどー」
「いや、仲が良かったなんてはじめて知ったから……」
昨日、数年ぶりに喋ったのだから当然。南も俺のことをここ一週間以内に知ったらしいし。
「……アメノくんだっけ?」
名前も知らない女子が、俺の苗字を南に訊ねる。が、ちょっと違う。
「ア……」
俺が訂正しようと、口を開こうとしたところで、チャイムが鳴った。
「あ、ヤバイ。遅刻する。悟、また放課後!」
そう言って、南を含む女子数名は教室の方へ走って行った。お友達はまだまだ訊きたいことがあるのか、走りながら彼女に質問しているのが見えた。俺の苗字を訂正してくれることを祈っておこう。
一人取り残された俺は靴を下駄箱に入れて、ゆっくり教室へ向かった。
南と付き合うというのは、俺が思っている以上に大変なことなのかもしれない。
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