第6話 カタパルト
アカデミーはレンズブルグ城の脇の小高い場所に立地している。アカデミー前の広場を挟んだ向かい側は衛兵の宿舎であった。広場は小規模な衛兵の訓練などでも用いられるが、大規模な演習は城壁の外で行われる。城壁の外側から喧騒が聞こえるところからすれば、今日は外で演習でもしているのではないだろうか。
木戸の隙間から日がさしているいた。ああ、昨日は研究室に泊まり込んだのだった。衛兵達が演習でもしているのだろうか。何やら叫ぶ声が聞こえる。日の傾きからしても日は既に高そうである。もう昼に近い時間かもしれない。すっかり寝坊してしまった。
木戸をあけて明かりをとりこむ。窓から外を見ると
「あれはニコロ先生か?」
算術家のニコロ先生がいることを見つける。衛兵の姿も見えるがこれはただの演習ではなさそうだ。次の石が飛ばされると、助手だか学生だかが飛距離を測っているようであった。
ニコロ先生は老成した賢者といった風貌である。算術に関する知識は深く考察は鋭い。数理の実績には驚嘆するしかないが、会話をするとその無邪気さは少年のそれといった雰囲気で、ただただ好奇心の赴くままに
今日の講義は午後からだったな。いつまでも寝起きでぼんやりしているわけにもいかない。顔を洗うべく水場に向かう。軽く身支度を整えると食堂へ。豆のスープとパンを食べ、
「ニコロ先生、今日は
「これはこれはアラン君。君も見ていたのかね?」
ニコロ先生はにっこりと愛嬌のある笑みを浮かべる。先生と助手の一団は食事の配膳をしながらも私の相手をしてくれていた。
「ええ。研究室の窓から見ておりました。あれはいったい?」
「
「なるほど。それで成果はいかがです?」
ニコロ先生はパンを豆のスープに浸しながら話を続ける。
「難しいねえ。まあ単純に軽い石の方が遠くに飛ぶのは確かなんだが。
「そうですね……」
テーブルにあった空の木製ジョッキを、手を広げてやや斜めに放り上げて反対の手でキャッチする。この動きの法則か……
助手や院生たちも真似して放り上げはじめる。真上に投げている者、斜めに投げているもの。距離をとって二人組で投げてはキャッチするものまで現れた。傍目にはジャグリングをする謎の一団である……。やがて誰かがキャッチしそこねガランガランとジョッキが転がった。
「何をなさっているんですか!」
ジョッキで遊ぶんじゃありません、と食堂のコックに怒られてしゅんとなる一団。レンズブルグの頭脳集団の実態は好奇心で突っ走る悪ガキの集団のようであった。
「怒られてしまいました……。ところで、縦の動きと横の動きというのは別々なんですかね?真上に投げたときでも、斜めに投げたときでも、こう勢いがついて落ちてくるのは同じなのですが。横の動きは単純な気がします」
「ほう。面白い観点だ。縦と横の動きを別々に考えてみるのも面白いかもしれないね」
落下だけに絞って法則を調べるといいんじゃないか、などと
「ふむ。次回は落下する物体の観察をしてみるか。アラン君、なかなか良いアイデアをありがとう。法則が見いだせたら次はアラン君、それこそ君の出番になるね」
ニコロ先生は悪戯っぽくウインクしてみせた。そうか、弾道計算の魔法陣か。それはなかなか役立ちそうだ……。この時はまだ漠然とそう思い描いていた。
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弾道学の話でした。1531年にニコロ・フォンタナ(Niccolò Fontana)により基礎理論が作られ、1638年にガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei)が斜方投射の合成運動の理論を完成したことで確立ということのようです。
作中では投石機を用いていますが、実は大砲の出現はわりあい早く、石の弾を用いた射石砲は15世紀(1400年代)には登場していました。火薬自体は850年頃に書かれた『真元妙道要路』に記載がありますが、初期の火薬は不純物が多く性能はいまいちだったようです。
ヨーロッパでの実戦としては1419年からのフス戦争がヨーロッパ史最初の火器を使った戦いといわれています。
とはいえ、火薬は相応に高価ですから、並行して投石機も長く使われていたようです。なにせ原理が単純ですからね。新しいものでは第一次世界大戦の塹壕戦で手榴弾の投擲のためにカタパルトが使われたという記録も残っています。
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