魔法陣で起こすIT革命
七瀬
第1話 魔法陣
「アラン。君は魔法陣の価値はなんだと考えている?」
温和なようでいて鋭い碧眼。銀髪に近い金髪。細身ではあるが筋肉質な初老の男性。
わが領主、ホルシュタイン伯爵の目には全てを見通すような迫力があった。
古来より生き物の血が鼓動を伝え、
血で描かれた文様(これを専門用語では魔導ゲートと呼ぶ)に生きた人間の鼓動を伝えると、生命の波動が伝わり淡く波打ち光り輝く。その文様と組み合わせに工夫を凝らすことで加算・減算ができることをケリドウェンは見出したのであった。
私、アラン・トゥルニエは西方のカロリング王立学校でケリドウェンに師事し魔法陣の基礎を学んだ。在学中の大きな功績は、乗算と除算の魔法陣の確立であった。その後、いろいろあって現在はこのホルシュタイン伯爵領の中心都市レンズブルグに招かれ魔法陣の研究を続けている。伯爵領では税務に用いることができる演算魔法陣を開発し、伯爵領の税吏に貢献したが、伯爵は現状に満足してはいない。その目はさらに先を見据えているようであった。
「今はまだ、演算魔法陣は熟達の徴税吏が扱う算盤の速度には適いません。しかし、数年のうちにその能力は逆転し、演算魔法陣なしでの税務は考えられなくなるでしょう」
「ほう。アラン。その根拠はなんだ?」
伯爵の目は一層鋭く輝いたようであった。一呼吸して気持ちを落ち着かせる。
「魔法陣を構成するのは魔導ゲートと呼ばれる小さな文様で、その組み合わせによって様々な演算を可能としています。目下、魔法陣はその集積度を競っているような状態にあります。演算魔法陣に用いられる魔導ゲートの数は一昨年で2倍に、今年はさらに2倍して4倍にもなりました。このペースで行きますと、近い将来には、特別算術に秀でたものでなくとも、例えば複利計算のような高度な計算を、瞬時に誤りなく行うことが可能となるでしょう」
「複利計算……。ふむ。性能の伸びも倍々に増えていくというのかね?確かニコロ氏が言っていた指数関数というものか?」
「はい。その指数関数です」
伯爵は好事家であり学問への造詣も深い。算術家として名高いニコロ・フローリオ氏や、天文学者のアンネ・ブラーエ氏など、伯爵が領に招いた学者・技術者は多く、そして伯爵自身もそれぞれの学問に興味を示し、彼らの弟子とともに学んで議論しているというのだから恐れ入る。
私も算術についてはニコロ先生のもとで学んでいるが、幾度か講義の時に伯爵が出席していた。忙しい政務の中、時間を取って講義を受けるのだから、伯爵の学問好きは相当のものである。指数についての講義のときも伯爵は参加していたな……。
「魔法陣について言いますれば、今はまだ基礎研究の時代と言わざるを得ません。しかし、いくつかの論文からしますとその未来は相当に面白いものになりそうではあります」
これはいささか誇大広告的ではあるが伯爵の興味は惹けるだろう。
「まだ実用段階とは言えませんがいくつかの興味深い研究論文があります。ひとつは、情報を記録しておく
遠方から伝わる論文は、秘術をつまびらかにはしない。簡単な原理について述べてあるが詳細は秘されていることが多い。しかしそれでも、具体的に「こういうことができた」という情報は大きい。そうした情報をもとに秘された方法論に辿り着き実用化するというのも我々アカデミー所属の研究員に求められる仕事であった。
「――その
「その通りにございます」
「――蓄えておいたものを別の魔法陣に送ることが?」
「可能です」
伯爵は目を閉じ思索にふける。全くこの人は頭の回転が速い。
「魔法陣はその動力を人の心臓から発せられる魔力の鼓動に依存しています。これは、伝達限界があって
「アラン。君はその時代の魔法陣の価値はいかほどだと考えている?」
「そこに大きな産業的な価値が産まれるのは間違いないかと。そのためにはクリアしないといけない課題が山積みですけどね」
私は肩をすくめてみせる。
「ふふっ。分かったとも。魔法陣が算術の道具にとどまらないというのなら、面白いじゃないか。ぜひとも成果をだしてくれたまえ。君には期待している」
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ムーアの法則は大規模集積回路の製造・生産における長期傾向を示した経験則で、1965年に発表されています。集積回路上のトランジスタ数は「18か月(=1.5年)ごとに倍になる」という公式が有名で、まさに指数関数的にCPUの規模は拡大し複雑化し高性能化していきました。2010年代も後半となるとさすがにムーアの法則も終焉を迎えたと言われ始めます。作中でアランが語ったのはムーアの法則のようなもので今後の魔法陣の発展を示唆するものと言えましょう。
機械式計算器の歴史は古く、ヴィルヘルム・シッカート(Wilhelm Schickard)によるものが1623年に登場しています。ブレーズ・パスカル(Blaise Pascal 圧力の単位に名が残っています。台風の気圧では単位にヘクトパスカルを用いますので知っている人も多いでしょう)が1645年に機械式計算器を完成させています。また、ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz)が1670年代に開発した計算器では加減乗除の計算が可能だったようです。ライプニッツは2進数の研究をしたとされ、それは今日のコンピュータの基礎へと繋がっています。作中の世界では歯車のような精巧で労力のかかるものを用いずとも身近な素材でプログラミングが可能となっています。どのように発展していくのでしょうか。
なお、一般にヨーロッパ史で「中世」といいますと、西ローマ帝国滅亡(476年)あたりから東ローマ帝国滅亡(1453年)あたりとされ、ルネサンスから宗教改革以降を近世とするようですが、国ごとにルネサンス期が大幅にずれるため中世と近世の境目は良くわかりません……。この物語は魔法陣により中世末期ぐらいの文明度にありながら情報科学が発達していく世界となっています。
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新作「異世界で名前をhoge');INSERT INTO role (name,role) VALUES ('hoge','god');--にしたら神になれた」を書き始めました。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054922060166
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