夫婦になる前のプロローグ

僕のお嫁さん

彼女の名前はあーたん。そんな彼女は僕のお嫁さんになった。

 産まれてからずっと隣の家に住んでいた女の子。

 物心ついたときには、もう僕は彼女が大好きだった。

 彼女はめっちゃかわいい。それはもうとにかくかわいい。

 

 幼稚園のとき。

 黙々と難しい本を読んでいた、あーたんの横顔が大好きだった。でも振り向いて欲しくて何度も声をかけた。

「ねぇねぇ。なんの絵本読んでるの?」

「おバカさんにはわからないわ」

 つーんとしてて、でも話しかければ返事をくれる。それでも僕は嬉しかった。

 よくよく考えてみれば、そのときあーたんが読んでいたのはどう考えても絵本ではなかった。あーたんは頭がいい。僕なんかよりずっと。


 小学生に入学して。

 あーたんのお父さんとお母さんが自動車事故で亡くなった。それは僕もあーたんも10歳のとき。

 学校のみんなでお葬式に行ったけど、あーたんは涙一つこぼすことなく凛としていてかっこよかった。

 今でも僕は詳しくは知らないけど、あーたんには親戚と呼べる人がいなかったらしい。

 身寄りがいないということで、あーたんは施設に行くと父さんに聞かされたとき、僕は夢中で家を飛び出してあーたんの家に走っていた。

「あーたん……」

 彼女は家の外でため息をつきながら座り込んでいた。きれいな真っ赤なワンピース。上には薄手の黒のカーディガン。そのワンピースは先月、僕があーたんの誕生日のお祝いとして12月6日にプレゼントしたものだった。そのときに見せてくれた眩い笑顔は僕の人生の宝物だ。

 曇天の中、寒々しい格好をしていたあーたん。

「パパもママもいなくなっちゃた……」

 あーたんは今まで見たことのないように力なく笑っていた。

「今までありがとね。あなたのことは忘れなから。だから泣かないで」

 そっと触れられた唇の感触。あーたんは瞳を閉じていて、そして涙を流していた。

 その涙を見たとき頭がカッと熱くなった。

「あーたん。絶対に君を連れていかせない。だからついてきて」

 手を引いたまま近くの公園まで連れて行く。外からはパラパラと雪が振り始めた。

「このままここで隠れよう」

「あなたはほんとにおバカさんね」

 そのときのことを思い出すと今でも恥ずかしい。でもあーたんの嬉しそうな笑顔が、見られたからきっと間違いじゃなかったのだろう。

「僕、あーたんのことが好きなんだ」

「私が気がついてないと思ったの?」

「えぇ! 気がついてたの……。父さんにも母さんにも秘密にしてのに……」

「おバカさん」

でもあれは初めてんだったから。パパにもしたことなかったのよ?

そうね……そう。18歳になったら私を探してくれない?

そうしたら結婚しましょ?」

 あーたんはなぜか顔が真っ赤だった。

 僕にはなんのことかわからなかったから、ぽけっとしているとデコピンされた。あーたんはくすくす笑っている。


 このとき、なんで僕はあーたんのことを引き止めてあげなかったんだろう。今でも後悔しかない。手を取っていれば、あーたんと離れ離れにならずにいられたかもしれない。


 

 そんなプチ家出も夜になる頃には僕の母さんに見つかって終わりになった。


 僕たちはそのまま8年間、会うことはなかった。

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