第20話 私の英雄
私が連れて来られたのは、私達が実技でよく使っている訓練場だった。
そこには沢山の人が集まっていた。
先生と生徒が見せしめのように縛られ、地面に座らせられている。アレク先生もその中にいた。連れて来られた私を見て、彼は泣きそうな顔になり、そして俯いた。
彼らはテロリスト達から暴行を受けたのか、ボロボロだった。中には泣いている生徒もいる。それを先生が安心させようとなだめている。
……よく見たら、拘束されている生徒は全員が亜人だった。
確かにアレク先生のクラスに、亜人は私とお姉ちゃんの二人しかいない。
だから私だけ連れて来られたのかと、その時は思った。
でも、それは違ったのだと、すぐに思い知らされることとなった。
黒いロングコートのメーダスはテロリストの集団に向かって口を開く。
「アルバート先生、連れて来ました」
えっ……?
「ようやく来たか」
占領したテロリスト達の中心に居たのは、アルバート先生だった。
あの真っ赤で派手なローブと、特徴的なメガネ。間違いない。
縛られている様子もない。ただ平然とした態度で、そこに居るのが当然だと言わんばかりにテロリスト達に囲まれている。でも、私はそれでも信じられなかった。
「どうして先生が、テロリストと一緒にいるのですか?」
私が質問をすると、アルバート先生は不機嫌そうに顔を歪めた。
「ふんっ、汚らしい亜人風情が、この私に質問か?」
……そうだった。彼は亜人を毛嫌いしている。
もしかしてこの事件はそれも関係している? いや、そんなしょうもないことで、こんな大きな計画を企てるか? お姉ちゃんは「アルバートは稀に見る愚者よ」と言っていたけれど、流石にそこまで馬鹿ではないと思っていたのに。
「答えてください。アルバート先生!」
「亜人如きが私の名を呼ぶな!」
「──がっ! うぐっ……! けほっ、ごほっ!」
アルバート先生は激昂し、拘束されて自由の効かない私の腹を思い切り蹴った。
私は簡単な受け身すらも取れず、地面を転がる。一気に吐き出された空気を取り込むため、激しく咳き込む。腹の方からズキズキと鈍い痛みを感じる。
「お前達のせいだ。お前達亜人如きが、人様の国に立つのが気にくわないんだ!」
何度も何度も、私は腹を蹴られる。その度に私は転がり、訓練場の土で体が汚れた。それでもアルバート先生の追撃は止まらない。
腕を縛られているので十分に防御することもできない。ただ降ってくる暴力を、私は我慢することしかできなかった。
「アルバート! やめろ!」
我慢できなくなったアレク先生が叫ぶ。
「うるさい! 雑魚が、私に口出しするなぁああああ!」
「が、ぐ、ぐふっ! 痛い……あぐ!」
腹だけではなく、顔も、足も、防御しようとした腕も、全て乱暴に殴られ、蹴られた。
「どうしてミオさんばかりを狙う! やめろ! 私の生徒に手を出すな!」
「うるさいうるさいうるさい! 元はと言えばこいつの姉が悪いんだ。私を、この私を馬鹿にしやがって! 絶対に許さない。絶対に殺してやる! そのために私は力を与えてもらったんだっ!」
アルバート先生は右腕を高く挙げた。
その腕には、びっしりと何かの紋章が描かれている。
周りのテロリストもそうだ。皆、先生と同じような紋章を腕に刻み、それは怪しく脈動していた。
あれが彼らの異常な力の根源なのか。
その疑問は、聞かなくてもわかることだった。
「これさえあれば亜人なんて必要ない。オードウィンも、あの英雄を名乗っている汚らわしい亜人も! 全部必要ない! これからは我々が、我ら上級貴族が、この国を支えるのだ!」
アルバートは高らかに野望を口にした。
「英雄なんてただの飾りだ。……全く、汚らわしい英雄なんかに守られているなど、私の人生最大の汚点だ。そもそも、あれの素顔を誰も見ていないと言うではないか。そんな得体の知れない亜人風情を英雄だと? ──ハッ! 気味が悪いにもほどがあるな!」
──プツンと、私の中で何かが切れた。
「あんなのが英雄だと!? 国王は稀に見る愚者だ。あんな半端者を英雄にするなど、狂っているとしか言いようがない!」
──あはは。
──全くその通りだ。
テロリスト達が笑う。
もう、我慢の限界だ。
もう、私は彼を許せない。
「……ゆる、さ……ない……!」
「なんだと……?」
「英雄を、悪く言うのだけは、許さない……あの人は誰よりも優しいんだ。彼女こそがこの国の英雄なんだ」
私は『英雄』に憧れている。
同じエルフで、誰に対しても優しく、身寄りのない人全てに手を差し伸べている彼女の英雄譚が、私は大好きだった。きっと誰よりも彼女のことを尊敬している。その自信はあった。
だって、私が目指している優しさは、全て彼女の伝説に収束しているのだから。
だから一度でもいいから『英雄』のいるシュバリエ王国に来てみたかった。そして、一度でもいいから彼女と会いたい。そう思っていた。
この国に来て、その英雄がどんなに凄い人なのかを深く知ることになった。
誰もが英雄に感謝して、どこにだって英雄の銅像が飾られていた。
私は、この国に来て、さらに彼女への憧れを強くした。
「あの人だって頑張っているんだ。毎日戦って、怪我して、それでもみんなの平和のためにって頑張っているんだ。誰よりも強くて、優しい私達の英雄様……そんな彼女を悪く言うのは、例え貴族だろうと許さない!」
これだけは譲らない。
私の憧れた『英雄』を悪く言わせない!
「──貴様ぁあああああ!」
アルバートは私に手を向ける。
「まずは私に恥をかかせた姉の方からと思っていたが、気が変わった! 殺す! 今すぐ殺してやる!」
奴から感じる魔力が、何倍にも膨れ上がった。
「あのエルフの顔が眼に浮かぶ。大切な妹を殺された姉は、一体どんな顔をするのだろうなぁ!?」
「待て! やめろ! やめろアルバートォッ!」
アルバートの手に炎が収束していく。
「死ね!」
私はキュッと目を瞑った。
──助けて、お姉ちゃん! 英雄様!
「誰の妹を殺そうとしているのかしら?」
ドンッ! という音と共に、地面が大きく揺れる。
「だ、誰だ貴様!」
アルバートの狼狽したような声が聞こえて、私は閉じていた目を開く。
私とアルバートの間には──人影があった。
「お姉ちゃ…………英雄、さま……?」
輝く銀色の髪。腰には東方由来の武器『刀』を差している。黒と青の混ざったような軽鎧に身を纏わせ、顔には素顔を隠すための羽根のような仮面を付けていた。
どの戦場だろうと堂々と地に足をつけるその様は、話に聞く『英雄』の姿そのものだ。
──お姉ちゃんに似ている。
それは一瞬のことだけど、私はそう思ってしまった。
でも、英雄様とお姉ちゃんが同一人物だなんて……まさか、そんなことは……。
「よく、頑張ったわね──ミオ」
「え……?」
英雄様は私に振り向き、仮面を取る。
その仮面の下には、いつもの優しい笑みを浮かべた──お姉ちゃんの顔が。
「おねえ、ちゃん……なの?」
「ええ、私よ……ごめんね。助けるのが遅くなってしまったわ」
「え、でも……お姉ちゃん、その格好……は……」
「……全てを終わらせたら、全部話すわ。だから、今は待ってて」
お姉ちゃんはそっと私を抱きしめる。
──ああ、この温もりは、この感触は……確かにお姉ちゃんのものだ。
「
身体中に響いていた鈍痛が、一瞬で治った。
『完全回復』……回復魔法の最上級魔法って聞いていたけど、お姉ちゃんがそれを詠唱している様子はなかった。
「お姉ちゃん……」
「……本当は、あなたが卒業するまで隠すつもりだったの……」
お姉ちゃんは、どこか悲しそうに微笑んだ。
「でも、思い通りにいかないものね」
この国に来て、英雄様の実力を何度も聞いた。
曰く、英雄は全ての魔法を扱う。
曰く、英雄は魔法を詠唱しない。
曰く、英雄は魔法の極致に立っている。
曰く、ゆえに英雄は最強なり。
……本当に、お姉ちゃんが……あの……英雄様なんだ。
「あ、ありえない! 完全回復だと? 無詠唱だと!? ありえない、お前は、お前は一体何者だ!」
アルバートはお姉ちゃんを指差し、半狂乱になって叫ぶ。
「私? 私は、ミア・ヴィスト。ミオの姉であり──英雄よ」
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