第19話 勉強会

 その日は休日だったけれど私、ミオは、アリアを含めたクラスメイトのみんなと教室でお勉強会をしていた。


 もうすぐでテストが始まるから、みんなやる気満々だ。その理由は、点数が基準点よりも下回ったら、補習っていう特別な勉強を受けることになるかららしい。

 私はエルフの里……まぁ言ってしまえば『田舎』から来たので、最初は補習が何なのかわからなかった。でも、皆が言うにはとても面倒なのだとか。


 何時間も先生と一緒にお勉強……確かに面倒そう。


 しかも、この王立トルバラード学園は最大級の学園だ。テストの難易度もそれなりに高いのだろう。

 アレク先生は「授業をちゃんと聞いていれば大丈夫ですよ」と言っていたけれど、生徒はそれでも心配になるもので、現にこうして皆で勉強会をすることになっている。


 本当はお姉ちゃんも誘いたかったんだけど……少し用事があるとかで早朝に出掛けてしまった。


 お姉ちゃんといられないのは寂しい気分があった。

 でも、私のわがままでお姉ちゃんの用事の邪魔をするわけにはいかない。


 それに、お姉ちゃんは色々なことを知っている。

 勉強会なんて必要ないだろう。


「ミア……大丈夫でしょうか……」


 ポツリと、アリアがそう呟いた。


「大丈夫だよ。お姉ちゃんも何の危険もない用事だって言っていたし、どうせすぐに帰ってくるって」

「……ええ、そうですね」


 確かにお姉ちゃんの用事は気になる。

 でも、それを聞いたところで適当に煙に巻かれるだけだと私はわかっていた。


 だから今は、お姉ちゃんの帰りを待つだけだ。


「ところでミオ、この問題わかりますか?」


 と、アリアが私に質問してきた。

 彼女もお姉ちゃんと同じくほとんどの問題を理解していたので、私専属の教師になってくれている。アリアが問題を出して、わからなかったら教えてもらう。そんな繰り返しをしているおかげで、着々と色々なことを覚えてきた。


 アリアが指差したのは、とある魔法陣だ。

 それはわかるんだけど……何の魔法陣なのかがわからない。


「えっと……これは……うーーん、わからないな……初級魔法だってのはわかるんだけど……」

「そこまでわかっているのなら、すぐに覚えられそうですね。これは『火球ファイアボール』の魔法陣です。ほら、ここ……炎の門が描かれています。それで炎属性の魔法だとわかります。そしてここ──これも──ですね」


 アリアは『火球』の魔法陣について詳しい説明を教えてくれる。

 私は「ほぉーー」と感心したように声を漏らした。


「アリアは凄いね」

「初級の魔法陣は覚えやすいですからね。基本を覚えていれば、どうにか……むしろミオは炎属性に弱すぎです。苦手なのはわかりますが、魔法陣くらいは覚えましょう?」

「うーん、どうしても苦手意識を持っちゃうんだよ……でも、覚えないとテスト危ないよねぇ」


 初級魔法の魔法陣は、大体基礎を覚えていればどんなものなのかは理解できる。

 でも、私は炎魔法に苦手意識を持っているから、どうしても覚えるのに時間がかかってしまう。


「それに魔法陣を覚えておけば、魔法陣を扱う敵が現れても事前に対処可能だと、ミアが前に言っていました」

「今頃、魔法陣で戦う人がいるの? 便利なのは知っているけど、流石に戦闘中に円を描くのは隙も大きいし危険でしょう?」

「事前に紙に魔法陣を描き、状況によって戦い方を切り替えるらしいですよ? そういう相手は様々な魔法を知り尽くしているから、結構厄介だと言っていました」

「へぇー、お姉ちゃんって何でも知っているんだなぁ」

「まぁ……ミアのことは置いておいて、まずは覚えることに集中しましょう」

「うん!」


 それから私は、アリアから様々な問題を出された。

 引っ掛けだったり、応用を用いた難しめの問題だったり……時にクラスメイトも交えて一時間くらいはやっていたかな。


「…………そういえば、アレク先生遅いな」


 ふと、クラスメイトの誰かがそう言った。


 この勉強会はアレク先生に許可を取っている。

 クラスメイトが休日に教室を貸してもらえるよう頼みに言ったら「それなら自分も教えに行きましょう」と言ってくれたらしいい。残っている業務が終わったらすぐに来てくれるらしいんだけど、先生はまだ姿を現していなかった。


「まだ終わっていないんじゃない?」

「でも、すぐに終わるって言っていたんだよ」

「じゃあ、思ったよりも長引いているとか?」

「一旦呼びに行ってみる?」


 と、クラスメイト達で話し合っている時、教員用の扉がガララッと開いた。


「あ! 先生遅い、です、よ……」


 クラスメイトの言葉は、徐々にしぼんでいく。


 扉から姿を現したのは、アレク先生ではなく見知らぬ二人組だった。

 片方は仏頂面の男で黒のロングコートを羽織り、もう片方は学生服をだらしなく着崩しているチンピラ風の男だ。


「どうして四年生がここに……?」


 四年生?

 最上級生が一年生の教室に何の用事だろう?


 それに、例え最上級生だろうと教室に入る時は、後ろの扉から入るのが決まりだ。

 それなのに彼らは前から入って来た。これを先生に見られたら怒られるのに、それをわかっているのかな?


 突然入って来た二人組に、教室全体がざわめき出した。


「あの人達……嫌な予感がする」

「ミオ? それは一体……」


 この感じ、なんて行ったらいいのかわからない。

 でも、彼らを見ていると気味が悪いような、変な感じがする。胸の奥がざわついて、モヤモヤする。

 今すぐにこの場から離れなきゃいけない。


 ……私の中の何かがそう呟いている。


「ここから──」


 ──パァン!


 ここから逃げよう。

 そう叫ぼうとした時、そんな乾いた破裂音が鼓膜を震わせた。


 四年生の一人が、拳銃という武器を天井に向けて放ったのだ。


「キャァ!」

「うるせぇ! 騒ぐんじゃねぇ!」


 パァン、パァン! と、また二発を上に撃つ。


 クラスメイト達は恐怖で動けなくなっていた。

 私とアリアはまだ動けたけれど、相手は四年生。下手に動けば痛い目見るのは、間違いなくこちらの方だ。


「……この学園は俺達が占領した。大人しくしてろ」


 ロングコートの生徒が静かに言い放つ。


 クラスのどよめきが強くなった。


「ちょっと待ってください。占領したとは、どういうことでしょうか?」


 王女であるアリアが立ち上がり、二人組に質問をした。


「ああ、あんたがアリア王女か」

「答えてください。教室内での発砲、学園の占領宣言。嘘では済まされないことです」

「だから占領したって言ってんじゃん。嘘でこんなこと言うと思ってんの? 俺達はちゃんとしたテロリストってやつだよ。だからさぁ……黙っててくれる?」

「あくまでも王立トルバラード学園を占領したと……この学園に仇なすということは、我が国を敵に回すことと同じ。それを理解しているのですか?」

「あーー、はいはい……ったく、真面目ちゃんの説教はウザいわぁ」


 先輩だろうと王女に対するその無礼に、アリア王女だけではなくクラスメイトの皆は眉間にシワを寄せた。もちろん私も、彼の言い方には思うところがある。


 でも、これは時間の問題だ。

 すぐに先生達が助けに来てくれる。


 そんな希望がクラスメイト達から見え隠れしていたけど、男は「ふんっ」と鼻で息を漏らした。


「教師が助けに来ると思っているようだが、残念だな」

「ハハッ! 占領したって何回言えばいいんだ? まず最初に職員室を抑えたに決まっているだろうが!」

「彼らの身柄はすでに拘束している。ここが──最後だ」


「──っ、そんな!」


 先生達が拘束された?

 ここが最後?


 じゃあ、この学園はもう……本当に占領されちゃったの?


 でも、そんな騒ぎの音は聞こえなかった。

 私はエルフだから耳が良いはずなのに……もしかして防音の魔法を?


「もう一度言う。この学園は我々が占領した。大人しくしていろ。逆らったら殺す」


 そして、混乱は始まった。


「う、わぁあああああ!!」

「いや、いやぁ!」

「うるせぇ! ぶっ殺すぞクソガキども!」


 チンピラは拳銃を私達に向け、恫喝した。

 びくっ、と途端に静かになるクラスメイト達。実戦訓練を学んでいる四年生の本気の殺気を受けて、ほとんど戦ったことのない一年生は震え上がるしかなかった。


「……ということだ。全員縛らせてもらう。抵抗はしないことだ」


 こうして私達は、争うことなくその身を拘束された。


「良い子達だなぁ。やっぱり教室では静かにしなきゃだよな。ハハッ、俺達は良い後輩を持ったぜ!」


 チンピラがケラケラと笑う。

 しかし、誰もそれに反応を返すことはなかった。二人の機嫌を損ねれば、命は無い。それをクラス全員が悟っているのだ。


 私も抵抗するつもりはなかった。

 彼らは複数で動いている、そうでなければ、先生達が占領を許すはずがない。

 つまり、ここで下手に騒動を起こせば彼らの仲間が駆けつけてくる。これは間違いない。

 まだ虚を突けば、この二人だけならどうにかなるかもしれない。でも、先生達を上回る実力を持った人が出て来たら?


 ……今の私達では絶対に勝てない。


 でも、そんな中、口を開く人がいた。


「……あなた方の目的は何ですか?」


 アリアだ。


「あん?」

「占領するのですから、何か目的があるはずです」

「……馬鹿か? 教えるわけねぇだろうが! いいから黙ってろって言ってんだよ!」


 ズカズカと近づき、アリアの顔面に向かって暴言を吐くチンピラ。

 唾が彼女の顔に飛ぶけど、アリアは一切表情を変えない。真剣な眼差しで二人を見つめ、反逆者の目的を探ろうとしている。


「テメェ……王族だか何だか知らないけどよぉ……調子に乗ってんじゃ──」

「ストップだ、ダン」


 黒いロングコートの生徒が、ダンというチンピラの肩に手を置く。


「今、新しい指令が来た」

「ああ?」

「そこのエルフを例の場所に持ってこい。だそうだ」

「え……私……?」


 突然の指名に、私は目を丸くする。


 どうして私が? 何の目的で?

 そう混乱している間にロングコートの男は歩み寄り、私は腕を掴まれた。


「ちょっと待ってください! ミオをどうしようというのです!」


 教室から出ようとするロングコートに、アリアが立ちはだかった。


「彼女は私の親友です。何か酷いことをするのなら容赦は──」

「──炎槍フレイムランス

「しない…………え?」


 アリアの真横を特大の『炎槍』が横切った。

 恐る恐るアリアは振り向き、その後ろには圧倒的な熱量で溶かされた教壇が。


 あの時、ダルメイドとかいう人が放った不完全なものではなく、完成された『炎槍』だった。


「おいおいメーダス。流石に王女を殺すのは危ねぇぜ?」

「だから外したのだろう……だが、これ以上邪魔をするのなら、次は外さない」


 ロングコートの男、メーダスは仏頂面のままそう言った。


「無詠唱……嘘でしょう?」


 アリアの声は震えていた。

 人を簡単に殺してしまう威力を持った魔法が、真横を通り過ぎたのだ。下手をしたら死んでいた。


「わ、私の親友を……かえ、返して……! 返し」

「アリア、もう良いよ……」

「──っ、ミオ!」


 アリアは全身を恐怖で震わせても、私のことを庇おうとしてくれた。

 その気持ちで十分だ。


「わざわざ連行しようとしているんだ。最悪死ぬことはない。だから、私は大丈夫」


 震える声を必死に抑えて、私はアリアに笑顔を向ける。


「大丈夫。きっと助けは来る。だから今は我慢して」

「ミオ……ミオ、ごめん、なさい……」


 アリアは泣き崩れる。


「ダン。お前も来い」

「あん? こいつらはどうするんだ?」

「全員をより強く縛り、絶対に動けないようにしろ。魔法を発動できないように結界も張る」

「面倒くせぇこったな」

「いいからやるんだ」

「へいへい……」


 クラスメイトは抵抗しない。アリアは泣いたまま私に謝罪を続け、大人しく縛られた。


 私も同じく縛られ、どうにか歩ける程度の自由しか許されなかった。


「行くぞ」

「引っ張らないでください。自分で、歩けます」


 逃げるつもりはない。

 中級魔法を無詠唱で放つような人を相手に、こんな狭い廊下で逃げ切れるとは思っていない。


「子供らしく泣くと思ったのだが……案外根性はあるようだな」

「泣く? ふふっ、私は泣きませんよ、先輩」


 私は泣かない。

 きっと助けが来てくれると信じているから。


 だから──


「早く来て、お姉ちゃん……」

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