第5話 姉妹の昼食
ミオと合流を果たした私は、時間がお昼過ぎというのもあって、昼食を取ることにした。
妹を案内したのは、私がよく利用している行きつけの店だ
そこは上級貴族のみが入店できると言われるほど、かなりの値段に設定されている。しかし、それだけ質の良い食材を扱っているため味は良く、サービスもしっかり行き届いているので、十分満足する店だ。
最初の頃は、初めて入る高級店にミオは緊張していたけど、個室に案内されて少しはそれも和らいだように見える。
ミオがメニューを開いた時は、サァッと血の気が引いていく様子が面白くて、思わず笑ってしまった。
それが恥ずかしかったのか、ミオは顔を真っ赤にさせ、両手で顔を覆い隠していた。その反応すらも可愛過ぎて、私はその間、妹から目を離さなかった。
今回は私が全て奢ると言ったら、ミオは遠慮しながら好きな料理を頼んでいた。
私はいつも通りのメニューを頼み、その後すぐに料理が運ばれてきた。
私が英雄だというのは全ての店員に知れ渡っており、いつも最優先で作ってくれるのだ。そのことは嬉しいのだが、他の客に申し訳なく思ってしまう。
「……そう、ミオの方は何もなかったのね」
そして私達は、それぞれが頼んだ料理を楽しみながら、試験のことを話し合っていた。
「うん。平民の人が三人居て、貴族が二人だったかな? 監督の先生達も親切にしてくれて、あまり緊張しなかったよ」
実技試験の方は得意な風魔法を用いて合格したらしく、面接もあまり緊張せず普通に話せたらしい。
一緒になった貴族もそこまで傲慢な奴ではなく、誇り高い方の貴族だったようだ。同じグループの人達に積極的に話しかけていたらしく、彼らのおかげで緊張が和らぎ、合格した時は全員で喜んだと、ミオは楽しそうに説明してくれた。
「それなら良かったわ。……正直なことを言うと、大丈夫と口で言っておきながら少し心配していたのよ」
「もう……お姉ちゃんは心配性なんだから。私だって、里で頑張って強くなったんだよ?」
「わかっているわよ。あなたの魔力を見れば、頑張ってきたことくらいわかるわ。でもね、それでも心配するのが姉というものなのよ」
確かに他人から見れば、私は過保護なのだろう。
しかし、これを変えるつもりはない。こうして力を付けたのは、妹を守るためなのだから。
むしろ過保護で何が悪い。最愛の妹を守るのは当然のことだ。と声を大にして言ってやる。
「……昔から私は、お姉ちゃんに守ってもらっていた。それは凄く感謝しているよ。でも、いつも守ってもらってばかりなのは嫌なの。だから強くなった。後四年、学校を卒業したら、私がお姉ちゃんを養うんだから……!」
「…………私を養うなんて百年早いわよ。まずは私に勝ってから言うことね」
「むぅ……馬鹿にしてるでしょ! 私は本気だもん。絶対にお姉ちゃん以上に強くなってやるんだからね!」
「はいはい、期待してるわ」
──私がお姉ちゃんを養うんだから……!
その言葉が嬉し過ぎて、反応するのが遅れてしまった。
ミオにはバレていないみたいだけど、目元がうるっとした。これ以上何かを言われたら、私は我慢できなかっただろう。
「それで、お姉ちゃんの方はどうだったの?」
「私? ……別に何もなかったわよ」
「嘘でしょ」
「…………」
「お姉ちゃんは私のことを何でもわかるように、私はお姉ちゃんのことなら何でもわかるんだよ。何かあったんでしょう?」
「……全く、ミオも成長したのね」
まさか私の嘘を見抜かれるとは思っていなかったため、無言になってしまった。
無言は肯定と捉えられる。話し合いの場では基本的なことだ。
「私のところは滅茶苦茶だったわ。馬鹿な上位貴族が騒いでね、その従者の三人も同調して大変だったのよ」
「……大丈夫だったの?」
「まぁ、幸いなことに先生がまともな人で、試験は合格したわ」
「その騒いだ人達はどんな人だったの?」
「名前は…………何だったかしら……アル……ミル……? ……ごめんなさい。眼中にない人だったから忘れてしまったわ。侯爵貴族というだけは覚えているのだけど……」
記憶するのも面倒な相手というのは、珍しい。
あれほど傲慢な性格だから、互いに学園生活をしていると会うことはあるだろうけれど……できるのなら会いたくないわね。あの人とその従者が絡むと、面倒なことしか起こらなさそうな予感がする。
私は基本面倒臭がりだ。
なるべく楽ができる方向へ事を進めようと動く傾向がある。
もし面倒なことになったとしても、いつも力づくでねじ伏せてきた。
「貴族……しかも侯爵家なのにそういう人も居るんだね」
「性根の腐った貴族は意外と多いわよ。まだ引き篭もりの頭が固い隠居ジジイ共の方が可愛く見えるくらいね。とことん気味が悪いわ」
「お姉ちゃん、口が悪いよ。確かにあの人達は頭が固いけど、あれでもエルフを良くしようと頑張っているんだから」
「それはないわ」
はっきりと否定の言葉を口にした。
あの根暗なクソジジイ共は、停滞することしか考えていない。
新しい技術を取り入れようとしないので、エルフの文化は古臭いままだ。文明やエルフの掟、技術……全てが古臭いままで、心底嫌になる。
あいつらは異常な力を持っている私を、わかりやすいほど毛嫌いしていた。
私が里を出て行くと言った時のあいつらの表情といったら……今でも奴らの顔面を握り潰したいくらいだった。
「……とにかく、馬鹿な貴族は多いから、ミオも気をつけなさい」
「その時はお姉ちゃんが守ってくれるんでしょう?」
くふぅ……!
「…………さっき守られてばかりは嫌だと言っていたのは、どこの誰だったかしら?」
「うぐっ……そ、それは……この学園生活で強くなるもん!」
「ふふっ、そうね……頑張ってね」
「うんっ!」
──きっとその妹殿も、ミア殿のように秘めた力を持っている。
不意にオードウィンの言った言葉を思い出した。
ミオが成長すれば、その秘めた力というのを見れるのだろうか。
本当に妹がそんな力を持っているのなら、姉として、英雄として楽しみだ。
「お姉ちゃんってどんなお仕事をしていたの?」
「……急にどうしたの?」
「こんな凄いお店を紹介してくれるんだし、どんなお仕事をしていたのかなぁって気になって……」
「別に、そんなに特別な仕事じゃないわよ。……そうねぇ、冒険者に似ているかしら」
「冒険者じゃないの?」
「少しだけ違うわね。冒険者はギルドから依頼を受けるけど、私は国王から直接依頼されるの。魔物を狩ったり各地の調査をしたりと、やっていることは変わらないけどね。わかりやすく言うなら『王族専属の冒険者』ってところかしら」
「へぇ〜、凄いなぁ……学園長だけじゃなくて、国王とも知り合いなんだね」
このことは隠していたわけではないので、別に教えてしまっても構わない。
ミオも他に言いふらすことはないだろう。
「国王と出会ったから、オードウィンとも出会えたみたいなものね……ああ、そういえば彼に『妹が会いたがっていた』と伝えておいたわよ」
「ほんと!?」
「本当よ。会場でばったり会ってね。少し話したのよ」
「ど、どうだった……?」
「どうって……嬉しがっていたわよ? 同じエルフと話せるのが嬉しいみたいね。こちらこそ会いたいって」
「やった!」
ミオは嬉しそうに声を上げた。
その姿が微笑ましくて、穏やかな気持ちになる。
その後、店を出た私達は王都の街を散策した。
ミオはこの国に来たばかりだ。
エルフの里から少し歩いたところで行商人の馬車をと出会い、その足のまま来たらしく、必需品である道具類はほとんど持っていなかった。
学生生活を送るのならば、持っておいた方がいい物は沢山ある。
それらを買うため、様々な店をぶらついた。
まず最初に買ったのは、私と同じ『収納袋』だ。
これがあるかないかで、荷物の持ち運びがかなり違ってくる。
これは普通の店では売っていないもので、路地裏の露天商で取引されている。時々性格の悪い馬鹿が偽物を売っているので注意が必要だが、私なら見分けることが可能なので、無事に本物を手に入れることができた。
私が持っている袋より質が悪いが、私生活で使うことを考えれば十分だろう。
次に買いに行ったのは生活用品だ。
ミオは年頃の女の子なので、色々と必要になってくるだろう。
消耗品でもあるため、必要以上に買っておいた。
収納袋の中は亜空間に繋がっているため、時間経過による消耗はない。
そのため私は、小腹が空いた時のためにお菓子を買い込んでいる。これがかなりいい。途中で飽きても収納袋に入れておけば、次の日に新鮮なまま食べることができる。
貴重な収納袋をお菓子保管庫にしているのは私くらいだと、ラインハルトに呆れられたことがある。
だがラインハルトよ、見て欲しい。
「凄い! お菓子いっぱい詰め込めるよお姉ちゃん!」
私の妹は、嬉々として収納袋にお菓子を詰め込んでいるぞ。
もう成人しているはずだけど、まだまだ幼いままだな。
しかし、可愛いければ問題ない。
必要なものを買い揃えたら、次はミオの武器だ。
学校の授業は実技が8割、座学が2割だ。
質の悪い武器を使い続けていたら、すぐに壊れてしまう。そうならないために、今の内に良い武器を買っておく方がいいだろう。
買い換えるのはミオの持つ短剣だ。
弓は新しく買う必要はない。
これはエルフの里で、重宝として祀られていたはずの弓なのだが、どうしてこんな物をミオが持っているのか。それを聞いたら「里を出る時にお守りとして持って行けって言われた」とのことらしい。私の時は何も無かったし、むしろ早く出て行けと追い出されるような雰囲気があったというのに……なんだこの仕打ちは。
……まぁ、いい。
当時の私も、あんな奴らから貰った武器を使おうとは思わなかっただろうし、私自身武器を使うタイプではない。どうせ旅路の資金に売り捌いていた。
そんなわけで、購入するのは短剣のみ……と思ったけれど、どうやらミオは私の腰に差してある刀に注目していた。どうやら彼女は刀を欲しがっている様子だった。
その理由は、私と同じ武器を使いたい、とのこと。
はぁーーーーーなんだもう、可愛いかよ。いや、可愛いな。
私が腰に差している刀は、ラインハルトから「自分は使わないから」と貰った物だ。
いざという時に魔力切れを起こしたら大変なので、少しは武器で戦うことを覚えろと言われたのが始まりだった。それからは自己防衛する程度の剣術を彼から習い、普通の人以上の腕になったと自負している。
しかし、私は筋力が無いため、あまり長く剣を振ることはできなかった。それで剣よりも軽く、切れ味の高い東方由来の武器『刀』を使うようになったのだ。
私よりも身長が低いミオには、やはり剣は振りづらい。振るとしたら私と同じような刀がお似合いだ。
確か、これと対になる刀が一振りあった気がする。後でラインハルトに聞いてみよう。
一先ず、これで必要な物は買い揃えた。
長旅に続き、入学試験と疲れたであろう。私はミオを家に招待し、入学式まで姉妹水入らずで共に過ごしたのだった。
……ちなみに言っておくが、
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