第4話 面接試験
面接の会場は実技試験の会場と別の場所にあるらしく、私は案内に従って順番を待っていた。
面接会場では私のように順番を待っている人達がいたけれど、平民らしい子供達は肩身を狭くさせて居心地が悪そうだ。
それは周りに貴族がいるからというのもあるだろうし、単純に緊張もしているのも関係しているのだろう。
しかし、ここまで来たということは、実技試験は合格しているということになる。
実技は別に緊張はしない。
いや、少し緊張するだろうけれど、まだ自分の全力を引き出すだけなのでそこまで苦にはならない。
でも、面接は違う。
先生との対面というのは誰だろうと緊張するものだ。言葉の一つ一つに気を付けなければならない。有名校だというのもあり、その気持ちはより強いものとなるだろう。
人と話すことに慣れている貴族ならばまだ大丈夫だろうけど、平民には厳しい。
……ミオは大丈夫かな。
辺りを見回しても妹の姿は見えない。
別の会場だろうかと魔法で探ると、ミオの反応を感知した。
すぐに地図で確認…………場所の照合をして安堵の息を吐く。その場所は第二面接会場になっていた。
どうやら実技試験は無事に突破したらしい。
と言っても、まだ油断はできない。
面接官にも外れはあるだろうし、妹は何かのミスをしてしまうかもしれない。
「126番、ミアさん」
「…………」
「126番のミアさーん?」
「ああ、はい。今行くわ」
考え事をしていたら、私の順番が来てしまった。
ミオのことは気になるが、今は気持ちを切り替えよう。
私の面接は、少し変わっている。
その理由は一人だからだ。本当は五人同時でグループ面接のように行うのだけれど、私のところは馬鹿共が騒いだせいで四人も減ってしまった。
なので私は、たった一人で五人の先生と対面することになってしまった。
面倒なことになったと思いながら、扉を叩いた。
「どうぞ」
中から声がした。
失礼しますと声にしてから、私は扉を開く。
「……ん?」
その中は想像していたのと異なった。
五人いるはずの先生は、何故か一人だった。
20歳くらいの青年だ。
爽やかな印象を持つ彼は、待っていたと言いたげに私に微笑む。
「ようこそ、ミア・ヴィストさん」
「…………こんなところで何をしているのよ
私は静かに扉を閉める。
その後、外に声が漏れぬよう防音結界を張──ろうとしたが、それは発動しなかった。すでに同じような魔法が施されている証拠だ。
……なんだ、すでに知られていたのか。
呆れたように内心呟き、目の前の青年を半目で睨んだ。
オードウィンと呼ばれた彼は、微笑みを絶やさない。
それが妙に不気味に見えて、さらに私は深い溜め息を吐いた。
「人違いでは?」
更には飄々とした態度でそんなことを言ってきた。
「その言葉は私の眼を馬鹿にしていることと同義よ」
「……これは失礼しました」
青年の姿がぐにゃりと変化する。
そして現れたのは、白い髭を生やした50くらいの老人だった。
彼の名はオードウィン。
おそらく外に生きるエルフの中で最年長であり、ここ王立トルバラード学園の学園長でもある。
炎、水、風、土、聖の五属性を同時に操ることのできる実力者だ。
「久しぶりじゃな、ミア殿」
「ええ、久しぶり。それで、もう一度聞く必要はあるかしら?」
「いいや、その必要はない。……ささ、座っとくれ」
「……失礼するわ」
手で座るように促された。
ずっと入り口で立っているのもおかしいので、それに甘えさせてもらう。
「昨日、ガンドから連絡があってな」
ガンドというのは、このシュバリエ王国の国王、ガーランド・シュバリエのことだ。
彼は信頼している者には『ガンド』という愛称で呼ぶことを許している。それだけでオードウィンがどれほどの者なのかは、十分に理解できることだろう。
もちろん、私もその愛称呼びを許されている。
「わしの学園に英雄が入学する。その報せを受けた時は、わしの目がおかしくなったのかと疑ったぞ」
「あら、もう年なのかしら?」
くすくすと笑う。
「いいや、わしの目はまだまだ現役だったわい。ほれ、その証拠に、本当に英雄が受験しに来ておるではないか。……一体、どのような風の吹き回しじゃ?」
「別に深い理由はないわ。私の妹がこの学園に入学したいって言うから、私も同行することにしただけよ」
「ほう、ミア殿がいつも口にしていた妹殿か。どんなお方なのか楽しみじゃなぁ」
「期待しているところ悪いけれど、妹が私くらいだとは限らないわ。百年も会っていないんだもの。実力がどのくらいかなんてわからないのよ」
「それは理解しているとも。……だが、わしの予感が言っているのだ。きっとその妹殿も、ミア殿のように秘めた力を持っているとな」
「ふーん、まぁ……そうだといいわね」
オードウィンの勘はよく当たる。
もしかしたら……と期待するけど、あの子のことだ。私が何かを言わずとも、自分の力に気がつくだろう。
だから私は、その横で見守っていればいい。妹は優しい子だ。力の使い方を間違えるという愚かなことはしないだろう。……でも、その間違った方に力を使いそうになった時は、姉として導いてやらねばならない。それくらいの覚悟はできている。
「参考までに聞いておくが、その妹殿の名は?」
「ミオよ」
「ミオ殿……しかと覚えた」
「……言っておくけど、ミオをどうにかしようとか考えていないわよね? もしそうだとしたら……」
私は腰の刀を抜き、切っ先をオードウィンに向ける。
「例え学園長という立場にいる貴方だろうと、容赦なく抹消するわ」
「…………承知した。だが、これだけは覚えておいてほしい。ミオ殿が我が校に入学するならば、どんなことがあろうと邪悪な者に手出しはさせん。第一に守るべきは我が校の生徒。それを教員に教え込んでいるのでな」
英雄殿がいるのであれば些細なことだろうが。と彼は豪快に笑った。
まぁ、オードウィンの言う通りだ。
私がいる限り、妹に手出しはさせない。学園内ではずっとミオの側に付いて、色々なことを手取り足取り教えてあげるのだ。ついでに妹とイチャイチャする(ここ重要)。そのためだけに王立トルバラード学園に入学することにしたのだ。
「……ああ、そうだ。ミオがあんたと会いたがっていたわよ」
「ふむ? わしとか?」
「ええ、どうやら同じエルフとして思うところがあるらしいわ。いつか暇な時に会ってあげて」
「お安い御用じゃ……と言っても、ミア殿に用事があって会いに行けば、自動的に会えそうな気がするのぅ」
「それはそうよ。ミオの居るところが私の居るところなんだから」
「相変わらずのシスコンぶりじゃな」
いくらシスコンと言われようと、私の気持ちが変わることはない。
私にとってミオはどんな存在かと問われるなら、私は迷わずに『全て』と答えるだろう。
彼女のためならば、私は全てを差し出す。それくらいの気持ちはあるのだ。
「──では、これで面接は終了です。お疲れさまでした」
いつの間にかオードウィンは、先程の青年の姿に変化していた。
「これだけでいいの?」
「私の目的は、あなたの入学理由を聞くことでしたので……ああ、もちろん合格ですので安心を」
今までの親しさはなく、あくまであの姿である時は他人のふりをするつもりらしい。
どうやら本当にこれだけの理由で試験監督の役を入れ替えたのだろう。相変わらず行動力だけはある爺さんだ。
面接らしい話をした覚えはないけれど、やり直すのも面倒なので素直に結果を受け入れるとしよう。
「ミア・ヴィストさん。あなたの入学を許可します」
こうして私は、無事に試験を合格した。
◆◇◆
ミオはまだ戻っていなかった。
その間ただ待っているのも暇だったので、私はパンフレットの続きを読むことにした。
学園に入学している間は、寮生活になるらしい。
一部屋二人の同居生活になるらしく、誰と相部屋になるのかは入学式当日にわかるらしい。
必要な荷物は五日後までに学園の方に届けておくと、寮の方に保管される。わざわざ届けるのも面倒なので、全て収納袋に入れて当日に持って行けばいいだろう。
気になるのはやはり同居人だ。
面倒なのと一緒になるのは御免だ。一番いいのは妹と同じになることだが……オードウィンが特別に気を利かせてくれないだろうか。
直接言うのも良いかもしれないが、私はあくまでもただの学生として学生気分を味わうつもりだ。私が英雄となる時は、妹に危険が迫った時のみだ。こんなところで権限を振り撒くつもりはない。
そんなことをするのは、あの馬鹿、ダルメイドのような性根の腐った貴族だけで十分だろう。
学生である内は、学生服の着用を義務付けられている。
普通なら面倒だと思うかもしれないが、実はこの制服、とても良い物だ。全ての制服には魔法が掛けられていて、着用者の適正温度となるように、自動的に気温調整がされるのだ。そのため季節によって服を変える必要はなく、良い材質で作られているので耐久性も十分ある。
そこら辺の服よりも圧倒的に良い物だ。
こんなのを全ての生徒に配っているのは、正直驚いた。
しかも、これを着て店に入れば多少のサービスをしてくれるらしく、お金に困っている平民にとっては嬉しいものとなっている。これだけの利点があるのに、着ない理由はないだろう。
校内には平民にも気を使った値段の学食があるらしいが、昼は貴族を含め全生徒で埋め尽くされるため、平民は少々行きづらい場所となっているようだ。
私は人で溢れかえっている場所が苦手なので、好んで行くことはないだろう。もちろん、ミオが行ってみたいと言うのであれば、相手が貴族だろうと退かすつもりではあるが。
他に気になった点は、学園内にある『迷宮』だ。
本来迷宮というのは、今は廃れた洞窟や遺跡などに魔物が住み着き、人間の手に負えなくなった場所のことを言う。
この学園の迷宮に住む敵は、魔物を土魔法のゴーレムで形取ったものらしい。なので、人が死ぬことはない。生徒が行動不可能になったら、自動的に攻撃の手を止めるよう仕組まれており、更には行動不能になった場所を信号で知らせる。そして教員が助けに行くというシステムになっているのだとか。
ケアもしっかりされているので、安心して迷宮に挑戦できるのが利点だ。
最初の内は学園が雇っている冒険者を連れて行くことも可能で、初めて戦うという生徒でも気楽に潜ることができる。
ただ、一つだけ注意点がある。中盤の層からは冒険者が入れないようになっていて、冒険者だけの力に頼って完全踏破することは不可能らしい。金だけはある貴族がお金で強い冒険者を雇い、自分以外の力で踏破するのを防止するための決まりらしく、実際過去にそうしたズルをする生徒がいたので、こういう決まりができたとか。
パーティーは四人一組。
これは冒険者同じ仕組みで、一番効率の良い人数だとされている。
味方が多ければそれに越したことはないけれど、冒険するとなれば話は変わってくる。例えば迷宮に潜る時、味方が多ければ多いほど邪魔になる。迷宮には罠など複数設置されているので、誰かのミスが命取りとなりやすいのだ。
長旅となれば、一番問題になるのは人間関係だったり、食費の管理だったり、問題は沢山ある。これも人数が多ければトラブルに発展しやすい原因となる。
なので、基本的にパーティーは四人、多くて五人とされている。
中には一人、通称『ソロ』という人もいる。でも、それは私くらいの実力を持っていなければすぐに命を落とす。誰かに任せられるような仕事を、全て自分がやらなくてはいけないのだ。その間も魔物に襲われる可能性があるため、常に周囲を警戒していなければならない。十分な休息なんて不可能だろう。
それだけ危険なことなので、あまりソロは見かけない。
……私は人付き合いやそれによって起こるトラブルが苦手なので、基本ソロだ。
私の任務にはラインハルトや他の部下も付いてくるけど、現地に着けば私だけ別行動をしている。
それはさっきの理由もあるけど、戦闘で巻き込んでしまうからでもあった。
私が本気を出した時の戦闘は、とても激しい。敵味方関係なくその場を荒らすので、『英雄』以外に『破壊者』と呼ばれたこともあった。
──と、話が逸れた。
迷宮に挑戦できる数に制限はない。
ただ夜遅くまでの迷宮攻略は禁止されており、夕刻には入り口の扉が閉まる。すでに中に入っている者は、自動的に入り口に転移するようだ。
入り口が開放されるのは午後から。
午前中くらいは授業を聞けという先生方の思いが、ひしひしと伝わってくるような気がする。
迷宮は生徒用にオードウィンが作ったものだろうけど、あの変人のことだ。敵の強さを調整することは可能だろう。私も挑戦できるようになったら、戦いの腕が鈍らないよう定期的に潜った方が良さそうだ。
ミオに対魔物用の戦い方も教えられるので、ここの迷宮は良い設備と言えるだろう。
「……ふむ、こんなところか」
他のことは、授業などでおいおいわかってくるだろう。
今はこの程度の知識で十分なはずだ。
──それに、
「お姉ちゃーーーん!」
最愛の妹が来た。
「おかえり、ミオ」
私は学園案内のパンフレットを閉じる。
そして妹にしか向けないような笑みを作り、ミオを迎えたのだった。
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