第46話 ~ルシオラとシャウア〜


 ユリウスたちが王都で世話になった知り合いに挨拶に行き、フィオナがサムライの訓練に行っている間…… ルシオラとシャウアは王都の目抜き通りに買い物に来ていた。


 ふたりが当面の間必要となる衣類や生活必需品などを選んでいく。

 ルシオラはともかく、シャウアは身体ひとつで何も持ち物がない状態だ。

 今だって、実はルシオラのブカブカのシャツを借りてショールを肩に巻いて何とか誤魔化しているのだ。


 資金の方は、賢者ユリウスにもらった金貨を有り難く使わせてもらう事にした。 やせ我慢して受け取るのを断って、それでシャウアに肩身の狭い思いをさせても誰も幸せにはならないだろう。


 よく見知っていた筈の街並みも、シャウアにとっては7年振りの景色だ。 彼女にとってはつい昨日の事なのに、朝目が覚めたら世界だけが7年先に進んでいたのだ…… その心境はルシオラには計り知れないものがあった。


 しかしルシオラの心配も余所に、シャウアは姉とのショッピングを楽しんでいるようだった。 もともと教会で半分世間と隔絶した生活を送っていたせいもあるだろうか…… 14歳と言う若さも環境の変化に適応するのには都合が良いのかも知れない。


 その時ルシオラが、羊肉の串焼きの屋台を見つけた。 まだお昼には少し早いが、お陰で列も短い。


「ねぇシャウア、少しお腹が空いてない?」


 シャウアは焼き立てで湯気の立つ大きな串焼きを手に目をまんまるに見開いた。


「すご〜い…… 私こんなの初めて!」

「熱いうちにかぶり付きなさい…… ヤケドに気を付けてね」

「あち……っ おいひっ…… あち……」


 その姿がフィオナと重なり、ルシオラは微笑んだ。


「すごいね、お姉ちゃん…… 私こんなお店全然知らなかったよ!」

「うふふ、まあねー」


 実は自分もつい数日前に教わったばかりなのだがそれは黙っておく。


「それにしても、お姉ちゃんまで冒険者になるなんてねぇ…… でもそれって、私の…… ためなんでしょう……?」

「気にしないでいいのよ…… 私もずっと教会にいるつもりはなかったし」

「でも……」


 さっきまで楽しそうにしていたシャウアが少し不安げに俯いた。


「どうしたのシャウア? 心配事ならなんでも相談して。 もう私たち本当の姉妹になったんだから!」

「だって…… お姉ちゃんだけ、もう23歳になってて…… 普通なら、とっくに結婚している年齢なのに……」


 ルシオラは意表を突かれた。 そんな事を気にしていたなんて、夢にも思わなかったのだ。


 ルシオラはシャウアの正面に立つと、まっすぐに彼女の目を見て話す。


「シャウア、そんなコトは気にしなくていいのよ…… いい出会いがあれば結婚するし、なければしない…… 知ってるでしょ? 私は親の言いなりに政略結婚の道具にされるのが嫌で教会に逃げて来たんだから!」

「お姉ちゃん……」


「もうこの話はナシ! いいわね?」

「でも、お姉ちゃん…… 好きな人とかいないの……? 例えば、ほら…… シンさん、だっけ?」


ルシオラの顔がみるみる赤くなっていく。


「なっ…… 何言ってるのっ⁈ シンさんは一週間くらい前に知り合ったばっかりで……っ これからパーティーを組む仲間なのにそんなコト……‼︎」


「パーティーを組むからって、好きになっちゃいけないってコトはないと思うんだけど……」


 そう言うシャウアの顔はニマニマと笑っている。

 ルシオラはシャウアの真っ白でおもちみたいなほっぺたを両手でつまむと、むにぃ〜っと左右に引っ張った。


「と・に・か・くっ…… この話はもうナシ! いいわね? い・い・わ・ねっ⁈」

「いたいいたいいたいっ…… わかった! わかったからっ……‼︎」


 しかしシャウアは分かっていた。 いつも冷静なルシオラがこんな風に怒るのは、図星を突かれた証拠なのだ。


 だからこそ、シャウアは少しだけ安心したのだった。


「ねぇ、お肉の串焼きなんか食べたら余計にお腹が空いてきちゃったね…… お昼なに食べたい?」

「待って! この匂い……」


 シャウアは目を閉じて鼻をすんすん鳴らした。


「焼きたてのパンの匂い!」


 そう言うとシャウアはルシオラの手を掴んで走り出した。


「ちょっと……っ シャウア!」


 ふたりは1ブロックほど先の脇道に入り、少し走って足を止める。

 そこには、ちょうどルシオラが夢の中で見たような小さなパン屋があった。

 ちょうどお昼のパンが焼けた頃合いなのか、なんとも言えない芳ばしい香りが漂ってくる。


「わぁ可愛いお店…… 入ってみよう、お姉ちゃん!」


 返事も待たずにシャウアが歩き出す。

ルシオラもつられてその背中を追った。


 本当に夢で見たような小さな可愛いお店だった。

扉をくぐると鈴を持った天使のドアベルがチリンと鳴った。


 店の中には、たったいま窯から出したばかりのパンが所狭しと並べられている。

 シャウアは棚という棚を一通り眺めた後、瞳をキラキラ輝かせながら「はふぅ……」と溜め息をついた。


「お姉ちゃん…… 私分かるよ…… ここ絶対美味しいお店だ!」


 普段だったらルシオラは笑い飛ばしていたかも知れない。 しかし今回は間違えようもなかった。 上質のバターと小麦粉に砂糖…… 新鮮な牛乳と卵…… それらを惜しみなくふんだんに使わなければこの香りは出せない。

 こんがりキツネ色に焼けた様々なパンたち…… 焼き色も申し分ない。

 それは素人のルシオラにも一目瞭然だった。


 その時厨房の奥から、白い割烹着を着た中年女性が羊皮紙を手に姿を現す。 するといきなり、シャウアが頭を下げて叫び出した。


「お願いしますっ! 私をこの店で雇って下さいっ‼︎」


驚いたの中年女性とルシオラだ。

 店の女性は目をぱちくりさせてからシャウアの真剣な表情をじっと見て、それから豪快に笑い出した。

 シャウアとルシオラがきょとんと見守っていると、彼女は手にした羊皮紙を広げてウィンクして見せた。


 そこには『調理、接客手伝い募集』と書いてある。


 今度はシャウアとルシオラが目をぱちくりさせる番だった。


「とりあえず、まぁ… 話はウチのパンを食べてからにしないかい?」


三人は心から楽しそうに声を上げて笑った。


 その笑い声に、厨房の奥から人の良さそうな中年男性が何事かと顔を出した。 彼は彼女の亭主で、この店のオーナー兼パン職人だと言う。


「せっかく書いてもらったけどサ、無駄になっちまったみたいだヨ… この募集」


 何のことか分からずオーナーは目をぱちくりさせた。


 三人は、また大きな声で笑いあった。 ルシオラの目には、なぜかいっぱいに涙が溜まっていた。





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