第30話 〜合格発表〜
最終実技試験翌日、三人は昼近くにようやく目を覚ました。 身体の節々が軋むように痛む。
宿の一階にある食堂で軽い
ギルドのロビーに入ると、昼前と言うこともあり冒険者たちでそこそこ賑わっていた。
クエストを探す者や情報交換をする者、仲間と待ち合わせしている者もいるのだろう。
三つある受付窓口にルシオラの姿を探すが今はいないようだった。 適当な受付窓口で名前と要件を伝えると、若い男性の職員が三階の応接室に案内してくれた。
適性検査の日に通された、あの応接室だった。
「おう、やっと来たな! 待ってたぜ」
室内に入ると、そこにはすでにギルドマスターのエルツ・シュタール、チーフ・オフィサーのマルモア・エルフェンバイン、それにオフィススーツ姿のルシオラ嬢が待機していた。
「お待ちしておりましたよ、みなさん」
ルシオラが銀縁の丸眼鏡を人差し指で押し上げながら挨拶した。
「すみません、目が覚めたらこんな時間になっていて…」
「まぁ、分からないでもないですが… 実技試験だけでも大変でしょうに、あんなコトまであったんですから…」
三人は勧められるままにソファーに着席した。
ルシオラが、すでにテーブルに並べられたカップを回収して席を離れると、少しして隣室から新しい飲み物を持って戻ってきた。
テーブルの上に湯気の立つ七つのカップを並べる。 どうやら『珈琲』のようだ。
「これなに〜? すっごい香ばしい… いい匂い」
フィオナは『珈琲』を飲むのは初めてのようだ。
カップの一つはドアのところに立っていた若いギルド職員の分だった。
「紹介します、彼はギルドの研究調査部門の職員で元冒険者の魔導師だった、ハイメル・トゥルブレンツです。 彼は今回の異変について調査して貰ってますので同席させて頂きます」
「ハイメルです。 以後お見知り置きを」
痩せ型で長身の眼鏡の男性が無表情に軽く会釈して見せた。 三人も会釈を返す。
物腰は柔らかいが、どこか無機質で機械的に感じる態度だった。
何となく気まずい空気が流れたのを察してか、ルシオラがフォローを入れてきた。
「彼とは冒険者時代何度もパーティーを組んだコトがあるの… 例の… 【デスペラード】とのクエストについて来てくれたのも彼なんです」
「へぇ〜 そんな関係なんだ〜」
どんな関係かは知らないが、フィオナはがぜん興味が湧いたようだった。
「今日はお伝えするコト、詳しく報告して欲しいコト、色々あるんですが… まずは試験の結果からお知らせしますね。 よろしいですか?」
最後の確認は、チーフ・オフィサーのマルモアに向けたものだ。
「それで構わないよ」
小太りの中年男性は軽く頷いて見せた。
「昨日の実技試験の結果ですが、まずは遭遇したモンスターの討伐数から確認します。 メナス・イグレアムさん、【
「フィオナ・フィアナさん、【腐肉喰らい】3体、【ジャイアント・グラストード】1体」
「シン・イグレアムさん、【腐肉喰らい】1体、【ジャイアント・グラストード】1体」
モンスターの討伐数が必ずしも合否を左右するものではないが、目に見える成果としてやはり大きい部分があるのかも知れない。
「討伐数としては【ジャイアント・トード】も含まれますし充分なのですが、試験で見るのはもちろんそれだけではありません…」
どうやら落とし穴で仕留めた【アシッド・スライム】はカウントされないようだ。
まぁ誰が何体倒したかも定かでないし、そもそもギルドの【
「メナスさんは、新人とは思えない圧倒的な身体能力と冷静な精神を持っています。 正直、将来が期待される大型新人だと個人的にも思っています」
「ほぉ、そりゃあますます楽しみだ!」
エルツが嬉しそうに身を乗り出した。
「フィオナ・フィアナさんは、まだまだ精神的に未熟な面も見受けられますが、身体能力は平均以上、何より物怖じせず社交的な性格がチームを明るく前向きにする力を持っている稀有な人柄だと感じました」
「そりゃあ、何となく分かるな」
これは、ギルドマスターのエルツだった。
「えへへ〜 なんか照れちゃう」
「シン・イグレアムさんは、【D-】判定の志願者ではありますが、洞窟内では常に周囲に注意を怠らず、ギルドが停止していた地下二層中央広場の落とし罠も見事に発見しました。 また年齢からくるものなのでしょうか、冷静で的確な判断力があり、信頼出来る司令塔になれるのではないかと感じました」
「へぇ〜 そっか、そう言われて見たら、わたしもそう思うな〜」
「よって… シン・イグレアムさん、メナス・イグレアムさん、フィオナ・フィアナさん、三名ともに合格とします!」
「やったぁ〜っ‼︎ これでわたしたちも今日から冒険者なのね‼︎」
フィオナが立ち上がって全身でよろこびを表現する。
「ちょっと待って下さい。 まだ最後に冒険者としての心構えを問う質疑応答が残っています… それが済んで晴れて冒険者票をお渡しできるコトになりますので…」
「そうなんだ〜 それって時間かかるの?」
「そんなにはかかりません… あくまでも形式的な物で、これで失格になる志願者はほとんどいませんから…」
「そうなんだ…」
フィオナは、ぱすんとソファーにお尻を戻した。
チーフ・オフィサーのマルモアが眼鏡を取り出し羊皮紙の束を手にした。
羊皮紙は三人の適性検査の結果が書き記された物や、昨日の実技試験のレポートなどがあるようだった。ほとんどがルシオラ嬢の手による物だ。
「それでは私から… まずは、みなさんが冒険者を目指した動機などを聞かせて下さい」
「質疑応答って、そう言うのなんだ〜 じゃわたしからいい?」
マルモアはゆっくりと頷いて見せた。
「わたしは生まれた農村から一歩も出たコトなくってぇ〜 いつか世界中を見て回りたいなぁ〜って… あと、ウチは貧乏人の子沢山で口減らしに出稼ぎに行くか嫁に行けって親に言われたのが一番の理由かな… ほんとは」
「それはごく一般的な冒険者の動機ですな… 実際一番多い志望動機かも知れません」
マルモアはいたって真面目に頷いた。
「そぉなんだ〜」
「それでは次は私が…」
ユリウスは自分が学生だった事、大病を患って長く臥せっていた事、最近やっと快方に向かい子供の頃憧れていた冒険者になりたいと強く思った事などを端的に話した。
全てが嘘ではないが本当の事も言っていない。
中央に座るマルモアの隣で、ギルドマスターのエルツがじっと品定めするように見つめているのを感じた。
何かを見透かされているような居心地の悪さに、ユリウスの背中を冷たい汗が流れた。
「そうでしたか、それは珍しい経歴ですな… 大病したとの事ですが、まぁ適性検査も実技試験も合格しているわけですから、問題はないでしょう」
「じゃ最後はボクかな… ボクはずっと病気のお兄ちゃんの看病をしてたんだよねー それでお兄ちゃんが冒険者になるなら、ボクも付いてくしかないかなー… って」
人を食ったような説明だが、メナスの適性検査の判定結果は【SSS+】だ。
多少おかしくても特別扱いするだけの理由は充分にあった。
「そ、そうですか… しかしその歳でずっと看病を?」
「うん、物心ついてからはずっとだねー 毎日水を汲んで山を上り下りしたり、村まで買い出しに行ったり、ご飯作ったり掃除したり洗濯したり…」
「そ、それがあなたの高い身体能力の秘密なんでしょうか…? 私には分かりませんが…?」
マルモアは正直どう判断していいか分からないようだった。
「まぁ、問題ないかとは思います… あとはギルドマスターから───」
「いや俺のは最後でいいぞ。 そっちの細々した方を先に終わらせてくれ」
「また、そんな…」
何を考えているのか、ギルドマスターは腕を組んだまま目を閉じた。
マルモアは困った顔を男に向ける。
一旦彼がこうだと決めたらもう曲げる気は無いのをマルモアは重々承知していた。
だから今回も彼が降りるしかなかった。
「分かりました… それでは冒険者票をお渡しするのも最後という事で… 申し訳ありませんが」
「別にいいよ〜【鋼の剣エルツ】が言うんなら… 超かっこいい♪」
そうだった… フィオナはこの伝説の元冒険者の大ファンなのだった。
「はっはっはっ! 悪いなお嬢ちゃん、生憎俺にはもう三人の女房がいてな… これ以上増やす気はないんだわ」
もう60近い筈のエルツが少年のように破顔した。
「えぇ〜 エルツさんっ… 奥さんが三人もいるのおぉ〜?」
フィオナが目をぱちくりさせて驚いた。
「ツェントルム王国では貴族の一夫多妻制が認められておりますが、近年は豪商や高ランク冒険者などにも【妻と同等の権利があるお妾さん】を認める例があるようですね…」
ここにいる者で知らなかったのはフィオナだけだったらしい。 ルシオラが、あくまで事務的に説明してくれた。
「まぁ、元々は商人が貴族にたっぷり賄賂を貢いだのが始まりらしいがな… 俺にしたら、良かったんだか悪かったんだか…」
「良かったんじゃ無いんですか… 刃傷沙汰にならなかったんですから…」
研究調査員のハイメルが呆れ顔で言った。
「ちげぇねぇ! はっはっはっはっ‼︎」
伝説の冒険者【鋼の剣エルツ】は、まるで少年のような白い歯を見せて笑った。
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