第29話 〜一難去ってまたまた一難〜
一行は湧水泉で水浴びをすると、帰りの支度を始めた。
泉の直径は約20mほどなので、今までほとんど裸だったとは言え流石に両端に男女別れて体を洗った。
このままでは王都まで帰っても街に入れないという不安はルシオラが解決してくれた。
彼女は泉の回りに生えている大きなハスイモの葉と茎を使って、器用に服のようなものを編み上げてみせたのだ。
それはちょうど、おとぎ話の妖精が着ている葉っぱの服のようだった。
編んでしまってから着るのは難しいので何枚かの葉を組み合わせてから体に当てて、最後に脇のところを茎で縛って完成となる。
「すごいね〜 ほんとに服みたい…」
「この
ルシオラは自分の胸元に葉っぱを当てて、サイズを調整しながら言った。
「だって【
「…確かにねー」
「流石にこの格好じゃ街の中は歩けないから、南門の近くまで行ったら知り合いの衛兵に服を貸して貰えるようメナスさんに伝言、お願いしていい?」
「ボクはかまわないよー その格好で街中を歩いても」
「あはははは… わたしもさすがに恥ずかしいかな…」
「私も… 出来ればお願いします…」
「オッケー オッケー …って言うか冗談だよ?」
一行は陽の傾きかけた街道を王都に向かって歩いていた。 わずか一時間の道程だ。
思えばこの最終実技試験は散々な事があった。
作動しない筈の罠が作動し【スライム・ピット】でほとんどの衣類を溶かされてしまった。
そして、そこに襲いかかるベテラン【Aクラス】冒険者パーティー。
彼らの裏の顔が暴かれ、ルシオラがずっと追っていた行方不明の友人の悲惨な最期が判明した。
さらに予期せぬ彼らの末路……
自業自得とは言え、それも決して後味が良いものではなかった。
地上に戻ればこの近辺には出る筈のない【ジャイアント・グラストード】の襲撃まで受けた。
とても冒険志願者の試験で起こるようなイベントとは言えないだろう。
しかし帰路につく一行の道行きは、フィオナのお陰で気まずい沈黙はなかった。
極寒の冬、日照りの夏、不作の秋、それら抗えない自然の力に晒され続ける農民として育った彼女には、辛い事も冗談にして笑い飛ばしてしまう太陽のような逞しさがあるった。 そんなところが彼女の一番の魅力なのかも知れない… と、ユリウスは思った。
「ねぇ、ルシオラさん… ところでわたしたち… 試験、合格できるよね…?」
「それは… ギルド本部に帰る前に試験官の私の口から言うわけには……」
「そりゃあ、そうだろう…」
「なんてね、合格です。 私が太鼓判を押します♪」
「わぁ〜い やったぁ〜っ!」
思わずユリウスはズッコケてしまった。
かつて見た事の無い主人のリアクションに、メナスが目を丸くして驚いていた。
だからだろうか、メナスはそれに気付くのが少し… いや、かなり遅れてしまったのは……
最初は気付いたのはフィオナだった。
「あ…」
彼女が指を差すと、街道の50mほど先に人影のような物が立っていた。
しかし人ではない。
それが旅人なら彼女もまた指を差したりしなかっただろう。
距離が距離なので正確には分からないが道幅から見て人間よりはかなり大きい。
腕は長く足が短い、猿のような体型だ。
しかし体の表面は黒鉄色に鈍く光っていて、それが生物ではない事を物語っていた。
それは人型をした金属製の何かだった。
「あれは… ゴーレム?」
「ゴーレム? あれが召使いみたいなゴーレム…?」
「違うわ… 【
「それしても何でこんなところに?」
「いや……」
ユリウスは目を細めた。
あのタイプのゴーレムには見覚えがある。
メナスもまた、いつになく緊張した表情をしていた。
「あれは……」
その時、その黒鉄色のゴーレムの一つしかない目が赤く光った。
太く長い片腕を上げて真っ直ぐにルシオラの顔を指差す。
(【
思考速度を爆発的に加速する事によりユリウスの主観の中で時間の流れが減速する!
世界から【音】と【色】が抜け落ちた。
しかし、その直前にゴーレムの指先からクロスボウの矢が弾丸のように凄まじい速度で射出されていた。
ユリウスは左手を伸ばして、ほとんど真横に迫っていたその矢を紙一重の差で掴んだ。
脳の
だが凄まじい衝撃で体が引っ張られ、摩擦で手の平が焼けるのを感じた。
咄嗟に右手で左手首を掴み、体の回転を抑える。
やっとそれが止まった時にユリウスが握っていたのは、ほとんど矢の端の部分だった。 そしてその先端は、ルシオラの目と目の間にわずか数mmのところにあった。
ユリウスの目には見えていた。
恐ろしいスピードでゴーレムへと疾るメナスの姿が。
しかしこの状態では会話はもちろん【
次の瞬間メナスはゴーレムの脇腹を蹴り飛ばしていた。
2.5mはあろうかと言うゴーレムの巨体が紙風船のように何mも横に転がった。
しかしそこに、すでにメナスの姿はない。 跳躍し天高く舞い上がったメナスが転がり終えたゴーレムの体に両足で着地した。
ドゴォォォ…ンッッ‼︎
黒鉄色のゴーレムの胴体は爆散し、頭と四肢だけがその場に残っていた。
ユリウスは【
世界に『音』と『色』が戻ってきた。
ゴーレムが片腕を上げてから、わずか3〜4秒の出来事だった。
ユリウスの左手は痺れて感覚がなく、黒煙が上がり鮮血が滴り落ちていた。
白く灼熱した矢尻の先端が冷え、みるみる黒色に変わって行く。
「あっ… あっ… あっ…」
ルシオラはその場で崩れるようにぺたりと尻餅をついた。
「あっ… だめ…っ また…」
彼女は今日2度目の失禁をしていた。
しかし彼女は気付いていなかった。
あの速度で打ち出された金属の棒がもし命中していたら、今頃彼女の首から上は爆散して影も形も無かったろう…
その残骸を冷ややかに見下ろしている【
その時頭だけになったゴーレムが微かな声を発した。
「ミ… ミツケ… タ… タイ… ヨ… ワレワレ… ノ……」
そしてゴーレムは動かなくなった。
メナスはそのアタマを踏み砕いて、中から小さな金属片を回収した。
「痛つっ…」
ユリウスが握っていた矢を離すと焦げた矢が、カランと地面に落ちる。
目の前に落ちたそれを見て、ルシオラがはっと我に返った。
「大丈夫ですか⁈ 手を見せて下さいっ!」
ユリウスの左手の平は、摩擦で皮が剥がれて灼け
ルシオラは慌てて
「あ… ありがとうございます… お陰で… 助かりました…」
正直実感は無かったが、ユリウスがいなかったら今頃自分は確実に死んでいただろう。
確かにこの男の、器用さ、敏速性、幸運値は高かった… しかしそれだけでは説明がつかない何かが彼にはある… と、ルシオラは思い始めていた。
「うわっちゃあ〜… ひどい傷… すごい… よくあんなの掴めたね… わたし何にも見えなかった…」
フィオナが治療を覗き込みながら言った。
「それにしても、なんでこんな所に… あんなゴーレムが……」
「たぶん命令回路が老朽化して暴走したんだろうね… ずいぶん古いタイプのゴーレムみたいだったから…」
こちらに戻ってきたメナスが、歩きながら答えた。
「それにしても… 金属製のゴーレムを素手であんな粉々に…」
「うん、古くて胴体にいっぱいヒビが入ってたみたいだよ」
「そうでしたか……」
ルシオラは納得していないようだった。
「取り敢えず私に治療出来るのはここまでです。 ギルド本部に帰ったらもっと高位の術者に診て貰いますから…」
「あぁ、ありがとう…」
(メナス、どうだった…?)
ユリウスが【
(間違いないですね… あれは、ミュラー師の最初期型の【
(そうか……)
(何で暴走したのか… 何でこんな所にいたのか、見当はつくか?)
(わかりませんが… 一応【集積回路】を回収しましたので解析すれば何か分かるかも知れません)
(そうか、よくやった…)
ユリウスは、そこでふと気が付いた…
(…… なぁ、メナス… あのゴーレム… なんで最初にルシオラを狙ったんだろうな…)
(それは…… って言うか、ボクならともかくよくあの距離でルシオラさんが狙われてるの見えましたね、マスター…)
(いや… 見えたっていうか、感じたんだ… オレなら最初に
(それじゃあ…?)
(アイツの【
(…… そうとは… 言い切れないと思いますけど… とにかく解析してみます)
(あぁ、そうだな)
(…… それにしても、なんかすまんな…)
(何がです……?)
(言って見ればアレはお前の大先輩… 兄弟みたいなもんだろう…)
メナスは振り向くと、ユリウスの目を真っ直ぐ見つめ返した。
(マスターには… アレとボクが同じに見えるんですか…?)
(い、いや… そう言うんじゃないんだが……)
予想外な反応にユリウスは狼狽した。
どこまでも無表情なメナスの瞳からは、その感情を読み取る事は出来なかった。
──────────
その後一行は、ゴーレムの残骸を持てるだけ回収し、予定通り王都の南門に帰ってきた。
メナスがルシオラの顔見知りだと言う門の衛兵に頼んで、三人分の服を用意してもらった。
三人はギルド本部に寄ると簡単な報告だけ済ませてその日は解放された。
ユリウスは、ギルド職員の高位の
明日の朝、ギルドで正式に実技試験の結果発表と、例のベテラン・パーティーや遭遇した様々な異変の報告会が開かれる事になっている。
ユリウスたちも、当事者として参加しなければならないようだった。
気が重いが仕方ない……
宿への帰り道、フィオナがまた羊肉の串焼きの屋台を見つけたので三人で食べながら歩いた。
「なんにせよ、あつっ… 無事に終わってよかったね〜」
「そうだな…」
「あれ無事って言うんですかねー…?」
「五体満足で帰って来たんだから… いいじゃない」
「まぁ、そうかな」
いつも元気印のフィオナも、流石に今日は疲れたのか言葉少なだった。
「わたし…… シンに全部見られちゃったよ……」
「え? なんだって……?」
「ううんっ… なんでもないのっ… ホント疲れたなぁって……」
それは彼女には珍しく、ほとんど聞き取れないような小声だった。
三人は宿に帰ると夕食も取らずに部屋に戻り、泥のように眠りに落ちた。
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