第14話 〜文句はない、モンクだけに~


「とりあえず、シン・イグレアムさんは盗賊シーフってコトでよろしいですね…?」


 眼鏡の美人受付嬢こと、ルシオラ・スキエンティア嬢は、いかにも面倒ごとを先に片付けたいと言わんばかりに淡々と告げた。


 ルシオラは柔らかいウェーブのかかった見事な金髪と碧い瞳が印象的な大人の美人という雰囲気の女性だった。

 雪のように白い肌を事務用のぴっちりした制服で包んでいる。


 銀縁の丸眼鏡は伊達ではないらしく、気になるのか度々人差し指で持ち上げる仕草が印象的だ。


 チーフ・オフィサーのマルモアはまだ室内にいるが、説明の間は窓際の机で別の仕事を処理しながら待つつもりのようだった。


「いや、その… はぁ、盗賊シーフですか…」

「はっきり言って僧侶プリーストはオススメしませんね… 一応信仰心が、9以上あればなれるコトにはなっていますが…」


 別に僧侶プリーストにもなりたくはなかったが、選択肢が盗賊シーフだけと言うのがユリウスにはなんとも情けなかった。

 身体を鍛えているわけでもないくせに戦士ウォーリアー剣士ソードマンくらいにはなれるだろうとタカをくくっていたのだ。

 自業自得としか言いようがなかった。


「A-判定で合格して僧侶プリーストになったものの、冒険者としては全然パッとしなくてギルド職員になった私が言うんですから…」

「えぇ〜 ルシオラさん、冒険者だったんですかぁ〜?」


 こう言っては何だが世間知らずのフィオナが食いついた。

 ギルド職員が元冒険者や冒険者を志して夢破れた者というのはよくある話だった。

 そもそもギルドマスターとチーフ・オフィサーからして、それぞれの典型的な代表例と言える。


「まぁね、私には合わなかったみたいで… すぐにギルドに事務職で雇ってもらう事にしたけどね」

「という事で、シンさんは盗賊シーフってコトで… OK?」

「OKでーす」


 何故かメナスが答えたが、ユリウスは惨め過ぎて何も言えなかった。


「それじゃあ、次はフィオナさんから説明しましょうか?」

「はい、お願いしま〜す」

「上級職の説明でよろしかったですね?」

「え、えっとぉ〜…」

「フィオナさんは魔法系以外のほとんどの初期職業に就けますが、どちらにせよ得意な職業を選んだ方が有利ですから、むしろ得意な分野しかなれない上級職から選ぶべきだと思うんです」

「なるほど〜」


「途中からクラスチェンジも可能ですが、やり直しになってしまう部分も多く器用貧乏みたいに終わってしまう方が多いいんですよ」

「わかりました、じゃあそれでお願いします」


 ユリウスとは対照的に、フィオナの表情は希望に満ち満ちていた。


「ええと、フィオナさんが選べる上級職は守護戦士ガーディアンサムライ狂戦士バーサーカー、あとは僧兵モンクでしたね」

「うんうん」


守護戦士ガーディアンは守備に特化した『戦士系』の上位職です。 盾や鎧が必須で敏速性は犠牲になりますが仲間を守る強力な『盾』となります。 また『僧侶系』の呪文も少しだけ使えるようになります」

「へぇ〜 カッコいいですね。 でも重い鎧と盾はあんまりうれしくないかな…」


「次はサムライですね… 侍はヴェルトラウム大陸よりはるか東方の島国を発祥とする『剣士系』の上位職です。 基本盾を持たず特殊な『刀』を扱い、一撃必殺に特化した攻撃を得意とします。 『魔術士系』の呪文を覚える人もいますが、覚えなくても問題ありません。 それほどに彼らの攻撃力は高いのです」

「侍か〜 うわさにはなんとなく聞いてるけど…」


狂戦士バーサーカーも『戦士系』の上位職ですね。 剣や斧、ハンマーなど様々な武器が扱えます」

「意図的に精神を変容させ『トランス状態』に入るコトで、爆発的に攻撃力、防御力、敏速性を増すことが出来ますが、反対に知性や信仰心や器用さ等が下がって自分の行動が制御出来なくなり、結果仲間との連携も取り辛くなるというデメリットがあります」

「うへ〜 ちょっとこわいね…」

「私も正直あまり好きではありませんね…」


ルシオラはぺろりと舌を出して見せた。


「最後は僧兵モンクでしたね… 僧兵は基本『素手』で戦う『武闘家系』の上位職です。 これもヴェルトラウム大陸ではなく、別の大陸が発祥と言われる職業ですね。 その名の通り『僧侶系呪文』も覚えます。 必ずしも必須ではないのですが『素早さ』に特化したタイプとも言えるので『敏速性 7』のフィオナさんには向かないかも知れませんね…」

「得意な筈の分野なのに、敏速性がなくてもなれるのは何故ですか?」


 今まで黙っていたユリウスが、つい気になって素朴な疑問を口にする。


「そうですね、達人の中には全く動かずに敵の攻撃を受けて、そのままその力を返すだけで倒してしまう方たちがいます… ただ素早さが圧倒的に有利に働く職業であるコトも事実なので…」

「なるほど… よく分からん…」

「わたしとしては、素手でモンスターを殴ったりするのは抵抗あるかな〜」

「そうですよね…」


「それじゃあ守護戦士ガーディアンサムライですかね〜 どっちがいいだろ?」

「ね、シンはどっちがいい?」

「それは自分で決めるべきだと思うぞ? 自分の将来なんだし…」

「え〜 だってパーティーバランスとかあるから後でみんなで相談しようって…」


 ルシオラはいぶかしげな表情でずっとふたりのやり取りを観察していた。

 才能溢れるこの若い少女が、倍以上も歳上の取るに足らない平均以下の志願者であるこの男を何故ここまで気にかけるのか…


確かに顔はちょっとハンサムだけど……


「メナスちゃんはどう思う?」

「ボクはサムライしかな… フィオナの魅惑的なナイスバディは鎧で隠すべきじゃないと思う」

「ななな… 何言ってんのメナスちゃん…っ⁈」

「もうメナスでいいよ… ボクはフィオナって呼んでるし… 同い年なんだし」

「そ、そうね… メナスちゃ… メナス?」


「それじゃあ、フィオナはサムライ、ボクは僧兵モンクってコトで」

「ちょっ… ちょっと待って下さい! メナスさんは上級職含め… ほぼ全ての職業から選べるんですよ! もっと説明を聞いて… よく考えてからでも……」


 ルシオラが慌てて割って入る。


「いいよボク僧兵モンクで… 殴ったり蹴ったりの方が性に合ってるし」

「そんな… 伝説の忍者ストライダーにだってなれるのに……」

「でも確か忍者ストライダーって盗賊シーフの上級職でしょ…? ボクが忍者ストライダーになったら、お兄ちゃん存在価値無くなっちゃうし……」


(ぐぅ…… それは、ほんと… すまん)


 ユリウスは楽観的過ぎて、全く対策を講じなかった数時間前の自分にほぞを噛んだ。


「確かに忍者ストライダー盗賊シーフ暗殺者アサシン斥候スカウト猟兵レンジャーなどの上級職で完全上位互換の職業ですが… それ以前に全ての職業の上級職とも言える頂点に立つ伝説の存在で当ギルドにも歴代二人、現役で一人しか登録がないと言う……」

「わかったけど、ボクは僧兵モンクで。 いいよね、お兄ちゃん?」

「オレに意見が言えるわけないだろ…」

「え〜 わたしには自分がなりたいものになれって言ったクセに〜」


 フィオナが妙なところに絡んできた。

言われてみれば、身内じゃないから我儘わがままを言えないみたいな他人行儀さは確かにあった。


「でもわたしは文句もんくないわよ… 僧兵モンクだけに」


そう言ってフィオナはけらけらと笑った。


「これで三人でパーティーが組めるね!」


 ルシオラはあんぐり口を開け、窓際のチーフ・オフィサーを見た。


 マルモアは、伝説の忍者ストライダー誕生の瞬間に立ち会えなくて少しだけ残念そうな顔をしていたが、ゆっくりと横に首を振った。

 平静を装っているが内心がっくりと肩を落としているのが長い付き合いのルシオラにはありありと見て取れた。


 そして… いつもそうしているように、窓の外の流れる雲を見て心を落ち着かせようとお茶を手に取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る