第13話 〜ギルドマスター~


 受付嬢がユリウスの方に向けてタブレットを机に置いた。 さすがのユリウスも緊張を隠せない。 そっと右手のひらを石板に押し付ける。


 しばらく手を置いていると、石板が鈍く明滅し始め、その光は、やがてなんの前触れもなくそのまま消えた。


「シン・イグレアムさん… 29歳と138日… 生命力9、魔力5、腕力8ですか… う〜ん」


 眼鏡の美人受付嬢の表情が若干曇る。


「知力8、体力6、信仰心9、頑強さ7… う〜ん、今のところ前衛も後衛もパッとしないですねえ… あっ失礼…」


後ろの冒険者たちから失笑が漏れた。


 いや、大丈夫だ… 『魔力』と『知力』はわざと人並み程度に書き換えてある。 問題はこれからだ。


 特別秀でた『魔力』と『知力』は低めに偽装して、残りのパラメータは普段魔力で補正していない、ユリウスの素の数値が出るように細工してあった。

 普段は魔力の補正を受けて全てのパラメータが人並み以上なのだが…


「器用さ16!、良かった! 敏捷性14、これもなかなか… 運気29!… これはすごい… と言っても運気じゃねぇ…… えぇと、総合評価は… 【D-】です…」


「D-⁈ それっておかしくないですか…? だってひとつでも19以上があればA判定だってさっき…」

「それはですねぇ… 実は『器用さ』『敏捷性』『運気』の三つは例外なんですよぉ…」


受付嬢が申し訳なさそうに説明する。


「それじゃあ、オレは何になれるんですか…⁈」

「ええっと、そうですねぇ… もちろん希望者は実技試験を受けられるんですが… 受けるんですか…? そうですか… あっ、盗賊シーフですね! 盗賊には何とかなれるみたいです… あとは… 僧侶プリーストになれなくはないですねぇ… あまり成長は期待できそうもないのでオススメはしませんが…」


盗賊シーフ…… ですか……」

「でもっ でもっ… 20代後半の適性検査の合格率は、初審査・再審査にかかわらず、25%前後ですから…っ 落ち込むコトはないですよ?」


 受付嬢は手元の資料を見ながら慌ててユリウスを慰めるように取り繕った。

何の慰めにもならなかった。


 あれだけ集まっていたギャラリーも、いつの間にかすっかりいなくなっていた。


シン・イグレアム

29歳 冒険者志願中  血液型O

身長177cm 体重62kg

生命力 :  9

魔力  :  5

腕力  :  7

知力  :  8

体力  :  6

信仰心 :  9

頑強さ :  7

器用さ :  16

敏捷性 :  14

運気  :  29

総合判定 : 【D-】


「わたしは全然気にしないよ? シンのコトはわたしが、まもったげる!」


 フィオナは真剣な表情で両の拳を握りしめ、ふんす! と鼻息をたてた。


「それは、ありがとう」


ユリウスはそれだけ言うのがやっとだった。


──────────


 三人は冒険者ギルドの三階にある応接室の一つに通された。

 通常は有り得ない待遇だが、ギルド設立以来初の【SSS+】判定の合格者が出たのだから是非もなかった。


 三人が革張りの高級なソファーに座ってお茶を出されて待っていると、先ほどの眼鏡の受付嬢と体格の良い年配の男性、そして小太りの中年男性が入室して来た。


「こちらが、ギルドマスターのエルツ・シュタール。 そちらが───」

「知ってる‼︎  エルツ・シュタール‼︎ 【鋼の剣エルツ】でしょ‼︎」


 興奮したフィオナが思わず立ち上がる。

それも無理はない【鋼の剣エルツ】と言えばユリウスでも知っているほどの冒険者だ。


 引退したとは聞いていたが、いつの間にかギルドマスターになっていたようだ。


 ギルド職員の三人は思わず目を見合わせて苦笑する… おそらく毎度馴れっこの反応なのだろう。


「俺の事はいいから、早く退屈な紹介を済まそうぜぇ」


 エルツがオールバックにしたロマンスグレーの頭髪をボリボリ掻きながら少年のようにはにかんだ。


 フィオナは顔を真っ赤にして革張りのソファーにお尻を戻す。


「えぇと、こちらが当ギルドのチーフ・オフィサーのマルモア・エルフェンバインです」


 小太りで口ヒゲを蓄えた中年男性が軽く頭を下げた。

 チーフ・オフィサーというのは経営責任者の事だ。


「そして、こちらが本日冒険者適性検査を受けに来て下さった志願者のフィオナさん、シンさん、メナスさんです」


 ユリウスたちは、たまたまソファーに座っている順に紹介された。


「そして最後になりますが、私は引き続きみなさんの担当をさせて頂きます、ルシオラ・スキエンティアと申します。 以後お見知り置きをお願いいたします」


 眼鏡の美人受付嬢は深々と一礼した。


「いやぁ、それにしても【SSS+】とは… 私も長くこの業種に携わっておりますが… 適性検査でそんな判定が出たのは寡聞にして聞いた事がありませんな…」


 小太りの中年男性が愉快そうに体をゆすって顔をほころばせた。

【鋼の剣エルツ】は刃のように鋭い視線を三人に向けている。


「是非とも当ギルドに所属して、末永くご活躍して頂きたいですな〜」


 そう言いながらマルモアは、両手でユリウスの手を取ろうとした。


「あのぉ… チーフ・オフィサー… その方は…」

「ん?」

「【SSS+】判定の合格者は、その方ではありませんよ…」

「え、そうなの? じゃあ誰?」


 中年男はフィオナの顔を見た。

ふるふるふるっと、フィオナが首を振る。

別の意味で寒気が走ったのかも知れない。


「そちらは【A+】判定のフィオナさんです」

「へぇ〜 それは素晴らしい!」

「ども… ありがとうございます」


「でもそれじゃあ…」


 マルモアは、ソファーの反対の端っこに座っていたメナスの姿を伺った。


「こちらが【SSS+】判定の合格者、メナス・イグレアムさんです」


小太りの中年男はあんぐりと口を開けた。


「はっはっはっ、マジか! それは確かに信じらんねぇなぁ! 是非とも自分の目で確かめたかったんだが…」


ギルドマスターのエルツが高らかに笑った。


「どうだ小僧、今から俺とちょっとやりあってみんか…?」

「ボク、女の子なんだけど…」

「ギルドマスター! この方たちは… 合格どころか、まだ職業も決まってないんですよ!」

「そうか、そうだったな… また今度の楽しみにとっておくか!」


「よし顔は見たから後の事は任せたぞ! 俺は訓練場に顔を出してくる!」


 そう言ってエルツは返事も待たずに部屋を出て行ってしまった。


呆気に取られた五人が部屋に取り残された。


「ギルドマスター、いつもあんななんですよ…」


 ルシオラと名乗った眼鏡の受付嬢が、困ったように笑う。


「それにしても、はぁ… 本当にこんな小さな… 女の子が……」


マルモアはまだ信じられないようだった。


「それではまず、ご要望のあった職業の説明からでよろしいでしょうか?」

「わたしはいいけど…」


フィオナが、ユリウスとメナスの顔を見た。


「いいんじゃない」

「同じく」


若干投げやりな調子でユリウスが言った。


 適性検査で示された唯一の職業が、まさか盗賊シーフとは…


 彼の冒険者生活は… 自分の考えていた冒険者像とは、だいぶかけ離れたものになりそうだった…

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