4日目 ~まいちるはなびら~①
『あなたはどうして、七日で終わる世界を選んだのですか?』
もしクイズ番組でそんな問題が出されたら、俺はきっと、何も答えられないままタイムオーバーを迎えてしまうだろう。
別に答えがわからないわけではない。
とにかく何か答えを書けと言われれば、将来の不安や、どうせ終わるんなら七日も一年も大した差はないことや、両親の形見であるイノチノシズクの枯れる様を見たくなかったこと――などなどを書くことは出来るだろう。
しかし次の問題で『本当にそれが理由ですか?』と聞かれたら、俺はまた答えを書けないに違いない。
結局、俺が何を言いたいかというと、人間の心なんてものは意外と適当に出来ていて、その時の気分や天気や湿度によってゆらゆらと揺れ動き、『絶対にこれだ』というものはなかなか無いと言うことだ。少なくとも俺はそうだし、他の人もきっと同じようなものだと思う。
だからこそ俺は、衣留に対して『なんで那乃夏島を選んだんだ?』と聞かなかったし、衣留も俺に対して同じようなクエスチョンを出すことはなかった。
あと四日で世界は終わるのだ。絶対といえないことをわざわざ聞くなんて、それこそ無駄ではないか。
愚かにも俺は、そう思っていた。
※
昨日、長々と昼寝したせいで遅れた分を取り戻すべく、俺と衣留は朝からせっせと肥料撒きを行っていた。
ついさっき時々丸で確認したところ、現在時刻は午前九時四五分だった。十時くらいに花の苗が届く手はずになっているので、それまでに大急ぎで肥料撒きを終えなければいけない。
バケツに入れた白いウサギの糞モドキをわしづかみにし、ガシガシ撒いてゆく。
ちなみにミズミカミさまは、なにやら少し用事があるとかで祠の中に籠もっている。
ようやく肥料撒きが終わろうとしたところで、天の岩戸の中から天照大神様――と言うにはいささか背丈と凹凸とセクシーさが足りない女神さま――が顔を覗かせた。
超大物が助っ人に来るという情報を抱えて。
「は? ルゥちゃんが手伝いたい?」
「うん……そうみたい……」
ミズミカミさまの話に寄れば、なんでも先ほどルゥちゃんから連絡があって、手伝いたいという旨を伝えられたらしい。
クジラが連絡って、いったいどうやって?
「ルゥちゃん……けっこう器用だから……」
「そうか」
オーケー。流そう。
「しかし手伝ってくれるのはありがたいが……」
なんせ超大物だからな。スケール的に。
「何を手伝う気なんだ?」
「水まきだったら手伝えるって……言ってた……」
「水まき?」
「うん……プシューって」
ミズミカミさまは自分の頭の上に両手を重ねておくと、次いで「プシュー」と言いながらバンザイした。
「なるほど、潮吹きか」
今は水やりの必要はないが、花を植えたら日に二度くらいは水をやらねばならない。如雨露で水をやるというのは結構な重労働なのだが、それをルゥちゃんが潮吹きで一気に水を撒いてくれるのなら、そんな嬉しいことはない。
「ルゥちゃん忙しいから……それくらいしか手伝えないけどって……謝ってた……」
「いや、十分だ」
それより忙しいのか、あのピンククジラ?
まあいいか。
「水やりの時になったら来てくれるように言っといてくれるか?」
「伝えとく……」
再び祠の中に戻るミズミカミさま。
ちなみにミズミカミさまを祀っているという祠は、良くてウチのビニールハウスと同じくらいの大きさだった。木で出来た簡素な作りで、雨風にさらされたのかボロボロだ。
いったいこの中はどうなっているのか?
一瞬、覗いてみようかとも思った俺だが、さすがに女性の一人暮らしの部屋を覗くのは非紳士的なのでグッと堪えておいた。
「店長、こっちの肥料撒き、終わりました」
そこで空になったバケツを抱えた衣留が駆け寄ってきた。
「早いな」
「有能ですから」
衣留は胸を張る。
今日の衣留のコスチュームはカントリースタイルだった。麦わら帽子がよく似合っていると言えば似合っているのだが、まあ、何というか……
「あいかわらず形から入るのが好きだな」
「むぅ、形とは失礼ですね」
頬を最高級トラフグのように膨らませる衣留。
「そんなことを言うと、ムー大陸を沈めた呪いをかけちゃいますよ」
「前はアトランティスじゃなかったか?」
「アトランティスとムーは、実は同じ文明だったんです」
こだわりでもあるのか、妙に力の入った説を唱える衣留。
「アトランティスとムーは、もともとは一つの同じ文明だったんです。でも小さな諍いから分裂して、戦争が始まって……そして最後は二つとも海の底に沈んじゃったんです。悲劇的ですよね」
「悲劇的っていうのはいいが、滅びた原因は呪いじゃなかったのか?」
「え、えーと」
衣留の目がふらりふらりと泳ぐ。
「あの、その……」
「その?」
「…………じ、実は」
衣留はグッと拳を握りしめ、言った。
「私、人魚なんです」
「海に帰れ」
大量の花を乗せたトラックが、ついに到着した。
※
英語のフラワーという単語は、もともと『すばらしいもの』を意味する単語だったらしい。要するに昔の人は花のことを『すばらしいもの』と言っていたわけで、それは現代っ子の俺からしても納得の理由だった。
「ご注文の品です」
スミレ2800さんほか数人のアンジェロイドのオネーサンによってトラックから降ろされた花の苗を見て、衣留とミズミカミさまは頬をお日様色に染めた。
花の苗といったが、それは巨大な間違いだった。小さなビニール製の苗袋に入っているだけで、ほとんどが立派に成人式を迎えた花たちだったからだ。半分以上がすでに花を咲かせており、残りのほとんどもつぼみを付けている。
総勢三百人あまりの花たちを、俺はじっくりと眺めた。
和服の似合いそうなアヤメ、笑顔がまぶしいヒマワリ、タカビーなお嬢様であるバラもいれば、手編みのマフラーを作ってくれそうなスイセンまで……
ん? スイセン?
「なんで冬の花があるんだ?」
スイセンは寒い時期に咲く花だ。夏真っ盛りのこの時期には居ないはずなのだが。
「なあ、スミレさん。どうして冬の花が混ざってるんだ?」
「ああ、そのことですか」
スミレさんはさも当然とばかりに、
「那乃夏島ですので」
一言だった。
確かに納得の理由だが。
「それではワタクシたちはこれで失礼いたします。――良い終焉を」
『良い終焉を』
一糸乱れぬ動きで撤収してゆくエプロン姿の天使さんたちを見送り、俺は残された大量の花に向き直った。
すでに衣留が軍手を装備した状態で待ちかまえていた。
「いよいよですね、店長」
「ああ、そうだな」
苗良し、スコップ良し、水筒良し。さらに今日は行きがけにコンビニに寄って弁当やおにぎりも買ってきてある。
今日という日の全てを、花畑作りに捧げる所存なり。
「それでは健闘を祈る」
「ラジャーです」
「らじゃあ……」
花たちににじり寄ると、俺たちは好みの子を手にとり、黒土のほうへと運んでいった。
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