21話 ならず者の住処へ
「ここらへんでしたっけ?罠の場所って。」
彼がかつて何度も見た事のある看板、簡略化された獣の絵の上から斜めに十字が描かれているそれを発見する。
「ああ、そうだ。」
かつての記憶を呼び起こし、ここまでってこんなに近かったか?と首を捻るが、あの頃はその看板を見るために首を上げていたが、今はそれを下に傾けていることに対し、合点する。
その先を見渡すと背の高い草が生い茂っており、その地面に目を凝らすと何個か鉄でできたトラバサミと枝と紐とで作られた複雑な罠が設置してあり、それらに太い紐が結ばれており傍の木の幹へと結びつけられている。
彼がそれらを観察し、違和感に気が付く。
「紐が切られてるッスね。」
数本の紐が木の幹からだらんと垂れ下がっており、その断面は何か鋭いもので切られたかのように綺麗であった。
それは、罠にかかった獣が逃げようともがいた末に罠ごと逃げた、という可能性を否定している。
「まあ、そういうことだ。どう思うよグラン。」
カルボからの問いかけに、彼が顎に手を当てて改めて周辺を見渡す。
罠の扱いに慣れた者であれば、そこにかかった獣を持ち去るのに切るのに手間がかかる太い紐を切り、そこそこの重さのある罠ごと持ち去るようなことはしない。
そうならざる得ない状況となれば・・・・・・罠の扱いに疎い人物で、尚且つ素早くここから立ち去らねばならない状況に立っていた者となる。
つまり。
「村の人じゃない人物による仕業ッスね、確実に。」
彼の言葉に村長が、うぅむ、と声を漏らしながら顎髭を撫でる。
「俺らの中にそいつらによって怪我を負ったりしたヤツはいねぇからよ、割と話が通じるヤツらかもしんねぇな。」
そんな言葉に未だに臆病で警戒心を捨てきれない彼が唖然とし、口が半開きとなる。
が、すぐに彼の性格と今までにしてきた事を思い出し、その口を閉じ頬を引き締める。
「ま、まぁ、でも、油断はしないで下さいッスよ。」
彼が辺りに生えている草木をかき分けると、見慣れない足跡があった。
靴底の様な物もあれば裸足の跡もある。
それらは数日の間に通ったらしく、その足跡の傍にはその時に一緒に持ち去ったであろう獣の血が土に滲んでいる。
それは泉の裏にある山の方角へと向いていた。
顔なじみである鍛冶屋から先ほど貰った剣、それの入った鞘を手で抑える。
獣の皮でできたそれからザラザラとした質感がその手に伝わる。
「こっちらしいです。」
足元の罠に気を付けながらその間を跨いでいき、その足跡を追う。
村には罠に掛かった獣は苦しみが続かないよう、息の根を止めてから運び出すという決まりがある。
そのことから、この犯人は村の外の人間だという彼の考えを補強する。
「ところでグラン、お前・・・・・・。」
ズシズシ、と踏みしめるように歩く彼がその背中に問いかける。
「人を殺した事はあんのか?」
「・・・・・・相手にすることはありました。」
金を稼ぐため盗賊と数度程ではあるが、剣を交えた時を思い出す。
「追っ払ったり降参させたりはありますが、殺した時は無いはず・・・・・・です。」
最も、彼は人の死体が蘇り動く存在や、人の形を模した魔物とは数知れず戦ってはその命を奪ってきたが。
その額には冷や汗が湧き、その顔が険しくなる。
「そうか・・・・・・。」
その言葉を最後に沈黙する後ろからの声に、彼の重かった足取りが更に重くなる。
「旅はどうだ。楽しかったか?」
一転して軽くなった口調が彼の耳に届きとっさに、
「はい、楽しかったです。」
何度も血を流し、何度も死にかけた、そのような経験して手放しにその顔に笑顔を浮かべることは無かったが、彼の口角は上がっていた。
村にいたら見れなかった景色に人々、それらとの触れ合いは彼の心に深く刻まれていた。
その彼の声音が上がった事に、ハハ、とカルボが笑いを零す。
「今度じっくり話そうや。イリスも交えてな。」
彼の言葉に警戒してキョロキョロと動かす頭を止め、彼が大きく頷く。
やがて、見上げる程に聳え立つ岩壁へとたどり着く。
そこには大人が立って二人で通れるほどの横穴が空いており、その穴へ地面に垂れていた血がその奥の暗闇へと続いている。
まだ血特有のぬめった光沢があり、完全に乾いていなかった。
「ここッスね。痕跡がこの先に続いています。」
どうします?と彼がカルボの方を見る。
彼の言葉に、そうだな、と顎を擦ると、
「こういうのはお前の方が分かるんじゃねぇか?」
その言葉を受け、彼が横穴の方に視線を戻し頭を掻く。
かつて彼はこういった場所に潜む盗賊や魔物を相手にしたことがあった。
そして、その頭数は洞窟の出入り口の大きさに即していた。
広ければその分だけ人数が増え、狭ければその逆、ということが多かった。
それに加え、洞窟というのは臭いが
故に、食料なども外から持ち込む分しか得られない。
それらの問題は、人数が増えれば増える程
彼が屈み、床の血に鼻を近づける。
獣臭いなんともいえぬ臭いが鼻先を刺激し、その口から小さな呻きを上げる。
罠にかかっていたのが鹿などの大型の獣だったとしても、食べるのが男であれば4人もいれば二日と持たないだろう。
つまり。
「10人は・・・・・・いないと思います。断言はできないッスけど。」
彼の言葉にカルボがそうか、と頷くと、顎を擦っていた手を彼の手に置く。
「そこまでわかるんだな。やるじゃねえか。」
「い、いやぁ・・・・・・ただの憶測ッスけどね。」
グランがぎこちない笑みを浮かべ、頭を先ほどより激しめに掻く。
「あまり中のヤツらを刺激しねぇで近づきたい。なにかいい考えはあるか?」
そうッスね、と再び洞窟の方を見る。
素早い解決をするとなれば、今から洞窟内に入り直接話せばいい。
だが、見知らぬ部外者が二人、それも突然入ってきたら警戒するだろう。
最悪、戦いになる。
かといって、先ほど得物を盗んで中に入ってきたことから、食料の確保は完了した。
となると、次に彼らが出てくる時間は分からない。
「そういえば・・・・・・。」
ふと、その脳裏に旅をしていた頃の日々が蘇る。
たき火で手に入れた獣をそのまま火にかけてはそれを食べる、それを繰り返したあの日々。
硬く、もう食べたくないと何度も彼は思っていたが、肉を食べるにはそうする他無かった。
洞窟という構造から、彼が別の手段を思いつく。
「暫く待っていたら、盗んだ得物を食べようとたき火をする為に外へ出て来る筈です。」
「ほぉ・・・・・・。」
顎の髭を擦りながらカルボが感嘆の声を上げ、彼の顔を見る。
「言われるとその通りだな。気が付かなかった。」
お前を旅に送り出して良かった、と口角を上げる。
当初、まだ幼さの残る彼が旅へ行くと言い出した時、その心はざわつき気が気ではなかった。
普段より臆病な様子を常日頃から見ていたため、旅へ送り出してからは眠れぬ夜が多々あった。
が、目の前の息子同然に育てた彼の成長した姿を見て、その目から液体が零れそうになる。
「ったく、毎年この時期は目と鼻が緩んでしょうがねぇ。」
ズズ、と鼻をすすり、服の袖で鼻と潤いの増していた目とを擦る。
「んじゃあ、そこの茂みに隠れながら待つとするか。」
はい、と彼が返事をし、足音を立てぬよう慎重にその茂みの方へと歩いて行った。
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