ルナティック・カーニバル~廻る月の遊園地
歌峰由子
第1話
1.
ここは地球から見て遠い、遠い宇宙の彼方。「アキツ」と言う名の地球型惑星である。宇宙大開拓時代に、地球最東端の島国「日本」が発見、開発し、殖民を行った辺境の惑星だ。この平和でのどかな田舎惑星の、更に辺境にある地方都市の郊外、住宅団地の只中にその店はあった。
店の名は「キール電子部品店」。コンピュータなどの電子部品を扱うこぢんまりとした専門店だ。住宅ばかりの郊外にひっそりと建っているその様は何処か浮いており、通りがかる近所の人々に「いつ潰れるか」との話題を提供している。
良く晴れた日の午前中、通勤通学の人々は住宅街から出て行き、昼の買い物をする者もまだ出歩くには早い時間。この「キール電子部品店」のカウンターにぼんやりと座る、一人の少年がいた。前髪、襟足ともにすっきりと切り揃えられたくせの無い髪の色は黒。そして店内を映す焦点の合わない双眸も黒に近いこげ茶色で、長袖のTシャツにジーンズ、店名がプリントされた作業用エプロンという出で立ちの彼は、アルバイトに来ている近所の高校生にしか見えない。もっとも今日は平日であり、普通の高校生ならば学校に行っていなければならないのだが。
この、外見だけ見れば文句の付け所無く「平凡」な少年の名はサク。二、三ヶ月前からここで店番をしている。
「あーあ、今日もヒマだなぁ……」
ため息混じりにサクは呟いた。ご近所の人々の心配どおり、この店は決して繁盛しているとはいえない。しかし店番を任されている以上、それを投げ出すわけにも行かないだろう。しばらく頬杖をついた姿勢のまま固まっていたサクは、ふと思いついたようにかがんでカウンター下のコンセントを探し始めた。
「電圧安定しないから、あんまり好きじゃないんだけど……今のうちに充電しちゃえば多少時間の有効活用になるかな」
そう言ってプラグの差込口を確認すると、サクはかがんだ姿勢のまま、シャツの背中部分、丁度腰の辺りに手を探り入れる。そこから、ずるりと太い電源ケーブルを引っ張り出して、プラグをコンセントに差し込んだ。
彼――否、「それ」は、正式にはJM-9S006という型番を持つ「自律人型機械(Autonomic Humanoid Machine)」、いわゆるアンドロイドだ。一般には頭文字を取って「AHM」、または「ドール」と呼ばれる彼ら、きわめて人間に相似した自律機械は、約二十年前に軍事利用目的で登用されて以来、様々な面での人間のパートナーとして爆発的に普及した。サクと呼ばれる彼もまた、このキール電子部品店の店主が所有するドールであり、主の命令により店番をしているのだ。
サクは「電源接続完了、充電開始」という通知が下層回路から上がってきた事を確認すると、電源ケーブルの長さを調整してカウンターの椅子に座り直した。電圧、電池残量、予想充電完了時刻などを確認しながら再び店番の体勢に入る。ケーブル長に限界があるため、充電中は店内を動き回る事は難しいが、どうせ商品棚の整理すらそうそう必要ない位に入荷も客も少ない。
(昨日も一昨日も誰も客は来てないし、商品を納入しに来る業者も週に一回、三日前に来たばっかりだ。どうせ今日も二時間くらい、充電済むまでなら誰も来ないだろ)
そうサクは高を括り、充電効率を上げるため、不要そうなプログラムを順次落としていった。
現在、AHM(ドール)には細分化すれば多くの種類があるが、大きく括れば以下の三種である。1.コンバット(戦闘)タイプ(略称CM型)、2.アミューズメント(慰安)タイプ(略称AM型)、3.ヘルパー(介助)タイプ(略称HP型)。
これらは以前から、それぞれに「ロボット」として各分野で活躍していたものだが、より高度な情報処理技術の完成に伴い、同じ「AHM」へと進化したものたちだ。
只今バッテリー充電のために、店内の電源を無断借用中の少年型ドール「サク」は、AM(アミューズメント)型のように普段扱われている。しかし、その容貌は、あまりにも一般的なAM型ドールとはかけ離れていた。
通常市販される、大量生産型AMドールの容姿はパターン化されており、そのどれもが美しく出来ている。その姿は正しく愛玩用の「お人形」であり、大抵、現実離れした華やかな色彩と、精緻に整えられ、どんな人種にも属さない容貌、そして人々が憧れる理想的な身体を持っているのが普通だった。それに比べてサクはと言えば、あまりにも「ド地味」なのだ。
どのくらい地味かと言えば、その地味さが原因で、前の持ち主に三ヶ月で捨てられてしまい、一時路頭に迷ったほどだ。アキツに殖民を行った国、日本は大半が同一民族の国だったが、彼らを始めとする東アジア系黄色人種の、平均ど真ん中を取ったようなサクの容姿は、印象に残るほど崩れてもいないが特別際立ちもしない。ことに似た系統の顔が多いアキツの中では、十人の人間がサクを見たとして、八人か九人はサクの顔を二日で忘れるであろう、そんな特徴のなさっぷりを誇っていた。
コンピュータ部品の他にドール関係のパーツも置いてある、コンビニエンスストア程度の広さの店内は高照度の白色光で照らされ、天井に設置されたスピーカーからは、会話の邪魔にならない程度の音量で音楽が流れている。そんな中、カウンターにてぼんやりしていたサクのアイカメラに、鮮やかな金髪が飛び込んできた。
「げっ、お客さんだ」
観音開きのガラス扉を押し開けて、入ってきた小柄な人影に思わず呟く。必要な品物を自分で探し出して、何事もなくお帰り頂ければ一番良い。そんなサクの願いも空しく、その客は商品棚に目もくれず一直線にカウンターへと向かって来た。
「失礼いたします、『アサキ様』という方は、こちらにおられますか?」
サクの真正面からそう尋ねたのは、丁寧に巻かれた金の髪がまばゆい、上品な身なりの美少女だった。歳は十代後半だろうか、こんな電子部品屋では滅多にお目にかかれないタイプの人種である。
緊張の為か、細い指は鳩尾の辺りできつく組まれ、白い頬はわずかに紅潮している。長い金の睫に彩られた空色の目は大きく潤み、淡く色づく唇はふっくらと柔らかそうだ。彼女は誰もが目を見張るような――それこそAMドールでもおかしくない様な美少女だった。服装も世間の流行とは一線を画したトラッドなもので、派手な装飾性も奇抜さも無い代わりに、恐らく素材や縫製の上質さなどに由来する、上品で清楚な美しさを醸している。
しかしサクは、そんな少女の容姿よりも言葉の内容に驚いた。
「え、はい……アサキはウチの店主ですけど……」
何故、このいかにも「お嬢様」然とした美少女から、片田舎の流行らない店の店主(しかもあまりカタギとは言えない)である己の主の名前が出てくるのか。その驚きと、主を呼んでくるために、何とか目の前の少女に気付かれないよう電源ケーブルを抜かなければという焦りとで多少混乱しつつ、サクは何とかそれだけ返事を返した。それに勢い込んで、少女が身を乗り出して懇願する。
「お願いです、アサキ様にお会いしたいのです! アサキ様という方なら、ドール関係のことに何でも相談に乗っていただけると聞いて参りました!!」
つい、「げ」と潰された蛙のような声が漏れる。必死の想いでお願いにしに来たであろう少女は、その声に驚いて心細げに眉を寄せた。
「あの、わたくし……」
その顔は不安に曇り、大きな瞳が更に潤み始める。正直なところサクは、「悪い事は言わないから、諦めて帰ったほうがいい」と諭したかった。しかしそれをすると命令違反になる。多分、このまま素直に主を呼びに行っても、それはそれで機嫌が悪いのだろうが。
「ちょっと待って下さいね。店主は今取り込んでまして……すぐ、確認して来ますから」
サクは、とりあえずカウンター下に潜ると電源プラグを引っこ抜き、しゃがんだままケーブルを巻き取って店の奥へ上がる。充電が終わる前に電源接続を突然切られた下層回路が、やかましくエラーを上げてきた。それを端から強制終了させつつ、サクは店舗から住居へと繋がる廊下を小走りに進む。
(なんであんな女の子がアサキさんに依頼なんて……。一体何処から情報を仕入れてきたのか分からないけど、下手するとアサキさんに泣かされるよなぁ。どうしよう、でも勝手に追い返すと後がうるさいし……)
少女の手前「取り込み中」と表現したが、サクの主はこの時間、まず間違いなくまだ夢の中である。どんな事情でやって来たのかは知らないが、あんな育ちの良さそうなご令嬢が一人で太刀打ちできるような人物ではない。主の自室目指して階段を上りながら、そうサクは溜息をついた。
サクの主――つまり所有者の名は「アサキ・E・キール」。ここキール電子部品店の店主であると同時に、「パーツ狂のアサキ」という二つ名をその業界に馳せる、AHMの女性技術者でもあった。技術者と言っても企業に勤めているわけではなく、居宅・店舗と併設するガレージを作業場として、限りなく黒に近いグレーゾーンのAHM組立て・カスタムまで請け負う、ギリギリ合法の個人業者だ。ちなみに、「パーツ狂」という称号は伊達ではなく、彼女の作業場にはおびただしいほどのAHMパーツが転がっており、実際サクも、最初はパーツ分解される予定で彼女に購入された。
普段、電子部品店の店番はサクに任せっきりで、本人は同業者などのツテで依頼されてくる仕事をこなして生計を立てている。その生活リズムに「規則性」なるものは殆ど無いに等しいが、この時間に起きている事は滅多にない。
「アサキさん、来客です! 起きてください!!」
骨董趣味の洋館である居宅の階段を駆け上がり、主の部屋にたどり着いたサクは、勢い良くドアを開け放って来客を告げた。
散らかりまくった八畳ほどの洋間は遮光カーテンがひかれており、既に日が高い時間とは思えないくらい薄暗い。光量の低さに合わせて感度を上げたサクのアイカメラに、部屋中央のわだかまりがもぞりと動く様子が映る。
「マスター=アサキ! お願いですから起きてくださいってば。カーテン開けますよ」
洋間に何故か敷かれた畳マットの上。足の踏み場無く散乱する本や洋服、飲料ボトルの類を器用に避けながら、サクは窓辺へと向かう。個人用としてはかなり大きな部類に入る、コンピュータの筐体とディスプレイが置かれた机の脇に立ち、陽光を遮るカーテンを思い切りよく開いた。
「…………うるさい。マスターの安眠すら守れんのか、このポンコツが……」
地獄の底から這い上がるような低い声が、丸まった布団の中からサクを罵った。低くかすれているが、柔らかな女の声である。
「そんな事言ったって、アサキさんご指名なんですから。すごい名家のお嬢様って感じの子なんですよ、しかも」
言い募るサクに動じた様子もなく、いかにも億劫そうな動きで布団から這い出したのは、長い黒髪の女だった。鼻筋の通った細面に、寝起きで乱れはているが艶やかで豊かな黒髪。寝間着にしているらしい、くたびれたTシャツと短パンから伸びる四肢は白くしなやかで、人間の男性の目にはさぞや眩しく映ることだろう。最も、その険しい表情と背景の混沌を無視すればの話だが。
「ふん、中学男子でもあるまいに、貴様がお嬢様に動じてどうする。というかそもそも、それは見るからに未成年じゃないのか。未成年の依頼なんぞ受けれるワケがないだろう、少しは頭を使え、この馬鹿者が」
柳眉を逆立てて、寝起き不機嫌度最大値のアサキが唸る。そのまま無理矢理、といった様子で上半身を起し、布団の上に座り込んで胡坐をかいた。着古されてクタクタになった寝間着が、成熟した女性として理想的な起伏を持つ肢体の曲線を辿る。アサキは枕元をまさぐって紙巻煙草とライターを拾い上げ、煙草を一本咥えて点火すると、更に灰皿を布団の上に引き上げて大きく紫煙を吹いた。
「そんな事言って、もし僕が勝手に依頼を断ると、それはそれで怒るじゃないですか。いいから早く着替えてくださいよ」
主の罵詈雑言などいつもの事なので、軽く聞き流してサクは再び部屋の入り口へと引き返す。その様子を目で追ったアサキが、不意に横を通り過ぎるサクのシャツを引っ張った。
「おい貴様、また店の電源で充電してただろう。充電はガレージの専用ブースで、キッチリ完了するまでしろと何度言わせるつもりだ。バッテリーの寿命が縮まって損をするのは私だぞ、このポンコツ」
どうやら、背中の裾が乱れていたせいで気付かれたらしい。バレた事に軽く肩を竦め、サクは足早にアサキの部屋を逃げ出した。
着替えを物色しはじめたアサキを置いて、サクが店舗へ戻ると、金髪の少女は所在なさげにカウンター横の隅に立っていた。
「すみません、もう少ししたら出てきますから」
戸惑い気味の少女に愛想笑いでそう言って、サクは彼女が座るための椅子を用意する。サクの前にあるカウンターの端には、小さく「ドールに関するご相談、お受けします」という札が立っていた。これはアサキがAHMパーツ関連の情報収集を兼ねてやっている、いわば「AHMよろず相談」的なものだ。よろず、と表現するだけあって、小さな事ではドール修理の依頼から、大きな事では違法改造品の個人輸入やらレアパーツの(手段を公に出来ないような方法での)調達まで、多少の荒事を含めて「ドールに関わる」事で、アサキの手に負える範囲であれば何でも引き受けている。無論サクも何度かその仕事に引っ張り出されて苦労していた。
恐らくこの事をどこからか知って、少女はこの店にやってきたのだろう。
「失礼ですが、先に身分証明書を見せていただいても良いですか?」
少女に座るよう促して、サクはそう切り出した。アサキが言ったとおり、十八歳以下の未成年の場合、すぐに依頼を受ける事は難しいからだ。
身分証明確認の意図に気付いたのか、しまった、といった表情でおずおずと少女がカードを提示する。提示されたカードはアキツに住民登録している者全てが持つ、個人認識カードだ。これを持っている事によって、あらゆるアキツ国内の行政サービスを受ける事が出来る。無論、偽造・悪用防止の為の機能が幾重にも付与されている、国内最強の身分証明書だった。
「ユリ・グレゴリー……ええと、十六歳になるのかな? 住所はツクヨミ州エリアE‐19‐2……って、もしかして、あの『グレゴリー王国』の関係者の方ですか!?」
差し出されたカードを確認し、サクは頓狂な声を上げた。同時にアイカメラの解像度を一時的に上げて、身分証明書を静止画撮影、保存する。その辺りに抜かりはない。
グレゴリー王国。それは、アキツの空に浮かぶ、地球の「月」そっくりに作られた人工衛星「ツクヨミ」の内部にある、巨大アミューズメント・パークの事だ。正式名称は「グレゴリー・パーク」であり、サクも所用で一度、アサキと共に行った事があった。家族用テーマパークと大人用カジノを併設しており、その広さたるや馬鹿馬鹿しいほどで、テーマパークとしての徹底ぶりやアトラクションの豪快さはそれに輪をかけて物凄い。「大人も子供も夢の世界を満喫! 街一つ丸々テーマパーク&カジノ」というキャッチフレーズは嘘でも誇大表現でも何でもない。むしろ控えめとすら思えるほど、常識外れに広くて派手な娯楽施設である。
「関係者……というよりは経営者親族だろう。一体こんな片田舎まで何の用だ」
背後から顔を出したアサキが、同じく個人認識カードに目を落として言った。無愛想を通り越して、万年不機嫌に聞こえる低いぶっきらぼうな口調。これはしかし、アサキの標準的な喋り方である。
カードから顔を上げたアサキが、店舗入り口の脇をガラス越しに見遣った。視線を辿ってみたサクの視界に、高級車が横付けされているのが映る。その脇には、ダークスーツを着てサングラスをかけた若い女が立っていた。少女の護衛らしく、いかにもSP然とした姿勢良く隙のない立ち姿でこちらを監視している。店内まで入ってこないということは、ユリに止められているのだろうか。
一方、アサキの横柄な態度に怯んだのか、更に身を縮めた少女――ユリは恐々と口を開いた。
「あの、アサキ様というお方でしたら、ドール関係の依頼を何でも聞いてくださると伺いまして……」
「だから、ドール関係の『何の用件』かと聞いている」
「ちょ、ちょっとアサキさん!」
このマスターの脳内辞書に「配慮」とか「気遣い」といった類の単語は登録されていないに違いない。それ以前に、未成年者の依頼は受けないのではなかったのか。慌てるサクを尻目に、ユリは意を決したように姿勢を正した。
「お願いいたします、父の王国で……グレゴリー・パークで働いているドールをお救いください!」
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