第84話 だってラブコメだもん
「おはようございます。」
『総士くん、おはよう。ちょっと待っててね。』
グレーのレンガでできた門塀の前で待っていると、階段の上から玄関の開く音がした。
『トントントン』
ゆっくりと階段わ降りてくる足音に目を向けると、エプロン姿のお母さんが出迎えてくれた。
「改めておはよう総士くん。いつもありがとうね。すぐ来ると思うから少しだけ待っててね。」
史華とのデートのときはこうやって家まで迎えに来るのが定番になっていた。公佳曰く「総くん過保護だね。」
そういうつもりではないんだけど、こうやってお母さんとも顔を合わせておいた方が安心してもらえるんじゃないかっていう下心の現れなんだけどな。
「最近、史華の様子がおかしかったから総士くんと喧嘩でもしたのかなって思ってたけど、こうやって迎えに来てくれたから安心せたわ。」
ね?文明の発達したいまだからこそ、直接会うってことがどれだけ大切かがわかるわけです。
「史華が文化祭の準備で忙しかったですからね。ゆっくり話す機会もなかったんですよ。だから今日はその分を埋めようと思ってるんですよ。」
「ふ〜ん。」
訝しげな表情でお母さんが見てくる。
「ちなみに今日はどこに行くの?」
「駅前の方で街歩きです。ウインドーショッピングしたり、お茶したり。2人でゆっくりしたいなって思ってます。」
「そっか。総士くんは本当に史華を大切にしてくれてるね。ありがとう。」
『ガチャ』
「総士おはよう!待たせてごめんね?」
申し訳なさそうに俯いてる史華の頭を軽く撫でると、史華は顔を上げて困ったように微笑んだ。
「全然待ってないぞ。じゃあ、お母さん行ってきますね。」
そんな史華を優しく見守っていたお母さんに声をかけると、史華も「行ってきます」と声を掛けて俺の腕に抱きついてきた。
♢♢♢♢♢
「あ、行っちゃった?」
玄関にいたお母さんに声をかけると道路を指指して「残念」と言った。
「少しは元気になって帰ってくるかしらね?」
「あ、やっぱりお母さんも気付いてた?」
「当たり前でしょ?一応貴方達のお母さんよ?」
「一応って何?」
「まあ、娘が大人の階段を登ろうとしてるのは少し心配もあるけど、相手は総士くんだからね。まあ大丈夫でしょ。」
「はい?」
「何よ公佳。お母さんが気付いてないと思ってるの?それならもう少し小さい声で電話しなさいよ?」
「えっ?」
「えっ?じゃないわよ。公佳興奮して声が大きくなってたわよ?」
やってしまった。
先日の総くんとの会話をお母さんに聞かれてたなんて。ごめんね史華。自分のことならまだしも史華のことがバレちゃって。
「まあ、公佳はすでに登っちゃったみたいだし?遅かれ早かれ史華だって経験するんだからね。」
「えっ?」
「あなた、さっきからえっしか言ってないよ?お母さんを見くびっちゃだめよ。ちゃ〜んとあなた達のこと見てるんだからね。」
「あ、あはははは。」
笑いで誤魔化しながら、私は後ろ手で自室の扉を開けて逃げ込んだ。
♢♢♢♢♢
「今日はいつもにも増して積極的だなぁ。」
総士の呟きに思わず身体が跳ねます。
久しぶりの総士との時間。
うれしさの中に混ざる緊張感。
後ろめたさがないわけじゃない。
総士は仕方ないって言ってくれてるし、嘘をつくようなことはないはずです。
でも、心配なものは心配なんです。
「あ、歩きにくいかな?ごめ—。きゃっ!」
私の言葉を遮るように総士の手刀が頭の上に落ちてきました。もちろん痛さは感じません。
「謝り癖がついてないか?」
しがみついていた腕を離そうとすると、肩を抱かれて引き寄せられた。
「総士?」
見上げた瞬間、視界から光が消えて口を塞がれた。ここは天下の往来。すでに駅前まできているので行き交う人も大勢います。
「謝るたびにキスするから。どこだろと誰がいようと関係ないからな。」
総士はそう言うと肩を抱いたまま歩き始めた。多少強引ではあるが私みたいなネガティブな人にはちょうど良いと思っています。
「あ〜、どうしような。お母さんに説明した手前、街歩きもしとかないとな。予定より早めに出て帰りに少し見てくか?」
「うん。それでいいよ。あ、でも総士—。」
「じゃあ、時間もったいないからささっと移動しよう。」
駅前の繁華街を抜けて、踏切を渡り駅裏な移動しました。若年層が多い駅前とは違い、駅裏には居酒屋やオフィスなどが点在しているため、土日は閑散としています。
この辺りにあるホテルは2カ所だけ。
西洋のお城をイメージしたものとリゾート地をイメージしたものがあるだけです。
「史華、どっちでもいい?」
「えっ?あ、うん。」
突然話しかけられたので何も考えずに答えてしまったが、総士は躊躇なくホテルへ入って行った。
「あ、ねぇ総士。」
お姫様が寝るような天蓋のついたベッドや回転するであろう丸いベッドの部屋の写真の前で立ち止まりました。
「う〜ん。ま、どこでもいっか。」
総士は適当にボタンを押して受付で鍵を受け取りエレベーターを呼んだ。
特に焦った様子はないのだけれど、総士の手際の良さにビックリした。
「ね、ねぇ総士。初めてだよね?」
「はぁ?当たり前だろ。」
「それにしては手際良すぎない?」
「カズマに聞いといたんだよ。」
謎が解けました。
公佳達もここに来たことがあるみたいです。
それはいいとして、ここまでくるのがあまりにもスムーズ過ぎて私はある失敗を犯していました。
『ポーン』
エレベーターがつき、総士がカードキーを差し込むと扉が開きました。
「どうする?まずはモーニング頼むか?」
すでに引き返すことは不可能です。
私ができるのは誠心誠意謝るだけ。
「ごめんなさい!」
私は総士の前に立ち深々と頭を下げた。
「だから謝るなって—」
「今朝きちゃたの!」
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