とべないカラスと墜ちたイカロス

秋瀬ともす

序章 二人と一人

 女子大生、葵羽あおばは目の前で奇妙なポーズをとる男を見ていた。

 廃ビルの七階、外に向けて大きく開かれた場所だ。夕日の焼けるようなオレンジが屋内に降り注いでいる。

 そんな光の中、目の前の男は逆立ちをしていた。両手ではなく、右手のみがコンクリートの地面についている。両脚は通常の倒立のように突き立っているのではなく、背中側に沿っていた。恐ろしいバランス感覚である。

 どこかで見たことのあるような男のポーズ。葵羽は記憶を辿る。

 異様なシチュエーションに置かれているわけだが、意外と葵羽は冷静だった。脳が本能的に理解することを放棄しているのかもしれない。とりあえず出た言葉は、


「……変態……」


 パシャッ。

 葵羽がつぶやくのとほぼ同時に背後からシャッター音が聴こえた。振り向く。

 そこにいたのは一人の少女。ダボッとした白いトレーナーに紺色のジーンズを履いている。靴は赤いスニーカーだ。大人びているが大人ではない。

 彼女はこちらにデジカメを向けていた。正確に言うと、葵羽の先にいる逆立ち男に向けてだ。

 トレーナーの少女はデジカメを覗き込みながら、

「うーん、思ってた感じじゃないわ。企画とシチュエーションは完璧だったんだから悪いのは被写体ね」

 一人で納得したようにうなずく。葵羽のことは全く気にしていないようだ。

 下に続く階段に歩き出す。逆立ち男の方を振り向きもせずに、

「行くわよ、カラス」

 呼びかけた。


 これが白トレーナーの少女・久遠霞ひさとおかすみおよび彼女のパシリである「カラス」との最初の出会いだった。


   ●


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