霊能力者紅倉美姫1 死に神はあなたよ!

岳石祭人

プロローグ 出会い

 その頃、芙蓉美貴(ふようみき)はまだ学生、高校3年生で、1月で、

 その時、美貴はひどくショックな出来事があって心底落ち込んでいた。

 信じていた、大切にしていたものが、ガラガラと音を立てて崩れ、この世で独りぽっちの孤独を味わっていた。

 暗い部屋に引きこもり、元より興味もなくずっと見ていなかったテレビを付けた。

 くだらない番組を見て思いっきり悪態をついてやろうと思ったのだ。

 やっていたのは実にくっだらない番組だった。

 

「ほんとうにあった恐怖心霊事件ファイル」


 心霊=お化けを扱ったオカルトバラエティー。

 美貴はこの手の番組が大嫌いだった。

 お化け、なんていうものを否定したかったのだ。

 くだらない、と、他のくだらない番組に変えようと思った。

 テレビに向けたリモコンを持つ手が、止まった。

 目を大きく見開き、視線が釘付けになった。

 美貴は抱えていた膝を放し、ベッドの縁に座り直し、身を乗り出して小さなブラウン管テレビに見入った。


 天使がそこに居た、


 いや、女神か…………


 『紅倉先生』とその女神は女性司会者に呼びかけられた。

 ああそういえばと美貴は思いだした。クラスメートたちの会話でその名前を聞いたことがあった……。たしか……べにくら……みき…………

 この人が、それか。

 赤と青のおどろおどろしたセットの中に、

 人間離れした、まさに天上の天女の美貌だった。銀色の髪をして、真っ白な肌をして、丸い頬に尖ったあごをして、鼻が高く、丸くお人形のような唇をして、まつげの長い大きな目の瞳が……緑と紫が混じったような不思議な色をしていた。細い首に、きゃしゃな肩。

 この人は、絶対人間じゃない!

 ある種のショックを覚えながら美貴は強く思った。

 美貴は夢中で彼女に見入った。


 紅倉は心霊写真の鑑定中らしかった。

 じーーーっと覗き込むカメラに、紅倉はふいと視線を上げた。ちょっと呆けたような表情。そうだ、確か彼女は目がほとんど見えないんだ。しかしその目が、きゅっと、カメラを、美貴を、見た。美貴はドキンと胸が鳴った。紅倉はニコッと美貴に天使の顔で微笑みかけた。美貴の胸が高鳴った。

 紅倉が言った。

『これはたいへん良い写真ですよ』

 女の司会者が問う。

『悪い霊ではないんですか? 鑑定を依頼された方はたいへん怖がっていらっしゃいますが?』

『どうぞ、ご安心を。ここに写っているのは、天使です』

『天使ですかあ!?』

 司会者の驚きの声と共に画面にはその写真が映し出された。若いカップルが窓の外の夜景をバックに笑顔でブイサインをしている。高いビルらしく外には高層ビル群の窓明かりが広がっている。なんのヒントも必要とせず美貴はその左上の黒い空を見た。そこに灰色の渦が巻いて、なんだか人が叫んでいる顔に見える。……とうていこれが天使には思えないが………

 『本当ですかあ?』とスタジオでも疑問の声が湧く。紅倉はスタジオの声を無視してテレビに向かって天使の笑顔で言った。


『美しいあなた』


 美貴の胸が三度高鳴った。

 美しいあなた……美しい貴方……美しい貴方……美……貴…………

 紅倉がニッコリ微笑んだ。美貴の背にゾクリと電気が流れた。

『ちょっと……右手を出してくださる?』

 美貴は、右手を持ち上げ、

『開いて、画面に向けて』

 手のひらを開いて、画面に向けた。

『ちょっと、借りるわね』

 美貴はギョッと身をのけ反らせた。開いた手のひらから、何かが、抜き取られた?!


 ……いや、美貴の体から、何か、エネルギーのような物が、放たれたのか?………


『はい、出来上がり』

 紅倉はカメラに手元の写真を示した。

『あ、これは?!』と司会者から驚きの声が漏れる。

 左上の灰色の渦が、金色の光の放射に変わっていた。

『先生、手品と違うんですかあ?』とゲストから疑問が問われた。紅倉はおほほと童女のように笑った。

『まあ、確かに手品でしたわね。でも、これは間違いなく天使の光ですよ。はい、写真のお二人さん、これで安心ですよ』

『じゃあさっきのままじゃやっぱり……?』

 うふふ、と紅倉は悪戯っぽい笑顔をテレビに向けた。

『ありがとう。美しい貴女。お礼に、わたしの女神さまが一つ、貴女の願いを叶えてくださいますよ。さあ、何を望みます?』

 美貴は混乱した。これは、夢か? こんな番組がまさか生放送じゃないだろう? 現に明らかに編集されている。それなのに、これは、まるで……

 自分に語りかけているようじゃないか!?

 紅倉は優しい笑顔を美貴に見せている。

 美貴はうなずき、祈った。

 ………………………。

 スー………ッと、天上からあの金色の光が差した気がした。

『はい。確かに願いは聞き届けられました。でも、それは貴女の力なんですよ』

『先生、さっきから誰に話されているんですか?』

『ウフフ、だから、美しい、あ…な…た。ね?』

 美貴は、奇跡を信じた。


『じゃ、次行きましょうか?』

『はい。では次の鑑定依頼です。拝啓、番組スタッフの皆さん、紅倉先生。……え~、先生は他にもいらっしゃるんですが、紅倉美姫先生、大人気ですねー。えー、先生に是非視ていただきたい写真があります。それは………』

 番組は続く。紅倉は何事もなかったように軽やかで優しい表情で心霊写真の鑑定を進めていく。美貴は、もう彼女以外まったく目に入らなかった。


 それが芙蓉美貴が紅倉美姫に出会った最初で、

 その後二人はずうっと長い時間をいっしょに過ごすことになる。

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