勇者と魔王と私のワンルーム

ほしぎしほ

第1話 聖女の夢

 昔々、小さな村に一人の少女がいました。他の子供達よりも顔立ちがよく、優しい性格の少女はどうやら世界の女神に愛されておりました。

 彼女の周りでは不幸は起きず、度々幸福が訪れます。彼女に危険が迫ると不思議とその危険がいつのまにか消えていたりしています。

 例を挙げるならば、彼女が住む村が所属する国に攻め込もうとしていた他国の軍が、ついでと言わんばかりにその村で暴れようと計画していたのですが、村に着く一日前にその軍は何者かによって壊滅に追いやられたそうです。


 それを知った者達は彼女の元に訪れて女神の祝福を求めました。

 病気が治りますように。

 綺麗な奥さんができますように。

 お金持ちになれますように。

 そんな自分勝手な願い達に少女は困りましたが、不思議と少女に祈った人たちの願いは叶う事が多かったのです。


 皆は聖女が現れたのだと感動しました。

 そして皆は女神様へ信仰を深めました。


 ですが、その年はいつもとは違っていたのです。

 女神様と対の存在だとされる、モンスターを操る魔王がその年に誕生したという事実が世界を震撼させました。

 国の偉い人たちは伝統に則り、勇者を選び出して魔王を討伐しようと考えました。

 そしてその勇者の仲間として、女神の祝福を強く受ける聖女である少女を選んだのです。


 選ばれた勇者は共に旅をする為に少女がいる村へ向かいます。ですがその道中では落石が起きたり倒木で道を塞がれたり茨が妨げていたりとなかなか到着できません。

 聖女を仲間にする事を勇者は諦めていましたが、勇者の目の前に聖女が現れたのです。

 聖女は言いました。


「私も、連れて行ってください」と。


 こうして聖女を仲間にした勇者は、他にも騎士や魔法使いを仲間に入れて魔王の住む城まで辿り着きました。

 魔王を目の前に震える手を誤魔化して勇者が剣に手を掛けた時、聖女は言いました。魔王に対して、説得を試みたのです。


 どうやらその魔王は別に世界を征服する事を望んでいなかったようで、聖女の言葉に耳を傾け、人間達の国を危険に晒さないようにモンスターに指示する、そしてもしその命令を聞かずに人に手を掛けようとしたモンスターはこちらで処置しても構わないとの誓約を立てました。


 魔王は倒せてないが平和を手に入れた勇者に世界は湧き立ちました。

 強国の国王が勇者達を呼び褒美を渡そうとしましたが、勇者一同の中に聖女はいませんでした。


 国王は聞きました。聖女はどうしたのかと。


 勇者は言いました。魔王の元に嫁いだと。


 その事実に世界が震えあがりました。

 世界が、いえ、正しく言えば、聖女を溺愛していた女神が思わず気絶しました。

 ですが女神は勇者を通してなんとか聖女を魔王の元から取り戻そうと必死になりました。

 女神の声が直接聞こえるようになった勇者は渋々ながらも魔王城の元に再び訪れ、聖女に女神の言葉を伝えます。

 今までであれば女神は直接聖女と話せたようですが、魔王の元にいるからか女神の声は聞こえないようです。

 結果どうなったかと言えば、聖女と女神の喧嘩に発展しました。


 そんな魔王の傍など危険極まりない。さっさと王国に戻りなさい。

 いえ、私は戻りません。ここが私の家です。

 何を言うのです。貴女はただの人間ですよ。

 そうです。私はただの人間です。なのに私が頼んでもいないのに聖女に祭り上げたのは女神様じゃないですか。

 それは貴女の幸せを願っての事です。

 必要ない事です。私は普通に暮らしたかった。貴女の庇護の無い場所で生きたかった。もう貴女の元から消えます。なので貴女も私を忘れてください。


 そんな聖女と女神の喧嘩は三日三晩続いたようで、女神に頼まれた勇者も、聖女の傍にいる魔王もぐったりと疲れた様子を見せていました。

 ですが、その喧嘩が強制的に終わりを迎えました。


 聖女が懐妊したのです。


 その事実に女神は荒れました。世界に竜巻やら稲妻やら大雨やら霰やら、自然災害でその心情を訴えてきました。世界の人間としては困った事この上ないです。

 ですが聖女はそんなのに目も向けず、胎教に悪いからと勇者に謝り、城に籠るようになりました。絶対に女神に会わないと決めているようです。

 女神は必死に勇者を使い、鳥を使い、聖女に近づこうとしますがどうしようもなかったのです。


 聖女は清々とした様子で、胎児はすくすくと育っていきました。

 そして約一年が経ち、元気な産声を上げて子供が生まれました。

 元気そうな乳児と違い、聖女は酷くぐったりとして顔色も悪い状態でした。

 聖女は気づいていました。このままでは自分は死んでしまうと。

 そして思い出したのです。この世界では死んだ魂は女神の元に還るのだと。

 もう女神と関わりたくないと願った聖女は魔王に懇願しました。


 自分はもう長くない。でも女神の元にだけは還りたくない。

 だからどうか、私の魂を別世界に飛ばせないか、と。


 それは魔王の傍にも居れなくなる、という事でした。

 ですが魔王は聖女の懇願を受け取り、息を引き取った彼女に魔法を施しました。

 せめての我儘で愛した彼女の亡骸だけは自分の傍に置き、彼女の魂はここではない世界へ生まれ変わるように。


 聖女が亡くなったと知った女神は、聖女の魂が自分に還らないと知った女神は、きっと酷く怒るでしょう。

 ですがそんな事、もう聖女には関係のない事です。

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