第2話

アレから一週間が経った。

 高校は日に日に騒がしくなってきている。我らがクラスでもソレは一緒でどいつもこいつもやれ文化祭だと、盛り上がっている。

そして今日、放課後。俺のクラスでは男子が死に物狂いでじゃんけんをしている。


「よっしゃあああああああ!」


「負けたああああああああ!」


 どうやらじゃんけんの決着が付いたらしい。

 これがなんのじゃんけんかと言うと、これは誰が女装をするかと言うじゃんけんだ。女装は別に男子全員がやらなくてもいい。なら誰がやるかとなったので公平を期すためにじゃんけんと言う方法に出た。結果、男子からは半分。女子からも半分の人数が男装女装することになった。ついでに言うと、俺はじゃんけんに勝てたので女装をしなくても良かった。男装女装をしない奴は全員裏方だ。


「はぁーい、男装女装組はこっちに集まって」


 教室の後ろの方で苑宮が男装女装組の方の指揮を執るらしい。てか、あいつが男装するからだろうな。

 まぁ、役職的には一応俺か。


「おーい、裏方組はこっちにこーい」


 黒板の前で集合をかけた。すると、裏方の奴らがぞろぞろとこちらに歩いてきた。

 集まった奴らを見ると、上本がいなかった。あ、あいつ女装するんだ。面白そう。





 文化祭で入りたいシフトをそれぞれから聞き、その場はそれで解散になった。

 俺はともかくシフト表を作るのを教室で作ろうとしたがまだ、男装女装組が話し合いをしていたので俺は邪魔をしないように教室から出た。

 だが、教室から出たはいいが、何処でこれをやろうか悩んだ末、あの部屋に行くことにした。

 廊下を歩いていると前から一人の女子生徒が歩いてきた。


「あれ、岸峰じゃん」


 声をかけてきた女子高生は、赤城優菜だった。

 程よく明るい髪に、高すぎず低すぎずの身長。苑宮を綺麗系と言うのなら、赤城は間違いなく正反対の可愛い系だ。そして、上本の幼馴染。


「お前はこれから部活?」


「そうそう。文化祭の後には大会もあるからその練習。それじゃあね」


「あぁ、じゃあな」


 赤城はそれだけ言うと俺を追い越していった。俺も止めていた足を動かそうとした時に後ろから声をかけられた。赤城からだった。


「そういえば今日、そっちのクラス、誰が女装するか決めたんだよね?」


「あぁ、決めた」


 多分だが、今日誰が女装するかを決めるのと、男装女装喫茶を赤城に伝えたのは同一人物だ。間違いない。


「上本なら、女装をするぞ」


 俺は赤城が聞いてくるであろう言葉を予測し、言った。その予測はどうやら当たりだった。


「ありがとー。絶対に行く!」


「おー、こいこい」


 それだけ言うと赤城は体育館がある方向に歩いていった。

 俺も体育館とは真逆の方向にある部屋に向かって歩いていった。





 ノックを二回した。


「入るぞー」


 ドアを開けるとそこは物置だった。


「あれ……?」


 部屋、間違えてないよな。そう思い左右を見回すが特に変わりはなかった。

 目の前に広がるのはいつも見ているはずなのに何かが違う部屋。いや、何かが足りない部屋。そのせいで俺はこの部屋を物置と見間違えてしまったのであろう。


「何やっているの……」


「うぁあっ!」


突然後ろから声を掛けられ驚きながら振り向いた。そこに居たのは苑宮悠香だった。


「そこに突っ立っていられると邪魔」


 俺の事を若干押しのけるかのようにしながら部屋に入っていき、いつも座っている席に座る苑宮。


「あっ」


 苑宮が部屋に入って座った瞬間、部屋が満ちた。そうか、そうだったのか。俺はこの部屋に来るときはいつも苑宮よりも遅く来る。だから、扉を開けたときにはいつも苑宮が見えているのだ。だけど、今日は違った。苑宮よりも早く来てしまった。だから、何かが足りないと思ってしまったのだ。

 すっきりした。そうなってしまえばいつも通りに椅子に座るだけだ。

 だけど、どこか府に堕ちなくて不満になる。俺は椅子に座り、シフト表を作り始めた。





 朝。俺はいつもと同じ時間に学校に来て、自分の席でラノベを読んでいた。シフト表を作るのはもう終わったからいつも通りの読書。

 だが、俺はいつも通りでも教室内は違った。正確にはクラスの奴らの顔色がいつもと違った。どことなく恐怖に満ちた顔。それが一人ならともかく、教室内のほとんどの人間がそんな顔色だったら、はっきりいってみているこっちが怖い。

 そうして、いつもはやらない人間観察をボーとしながらしていると一人の男子生徒がこっちに向かって歩いてきた。上本だった。


「よっ、おはよう」


「あぁ、おはようさん」


 上本は挨拶を言うと前の席に座った。


「なぁ、今日って何かあったのか?」


 俺は目の前にいる上本に聞くと上本は驚いたような顔をした。


「お前知らないのか」


「あぁ、知らねぇよ。それで、何かあったのか?」


 すると、上本は「ちょっと待て」と言うとスマホを取り出してこっちに向けてきた。


「何だよ一体」


 見せてきたのは大手ニュースサイトだった。そこに書いてあったのはでかでかと、こう書いてあった。


『四ノ原市で一夜にして連続殺人事件!』


「何これ」


 俺たちが暮らす四ノ原市でこんなことがあったらしい。今日の朝は少し寝坊してテレビを見なかったから知らなかった。

 そのまま記事を読み進めていく。


『十月二十三日火曜日未明。四ノ原市の住宅で四名の死亡者が朝方に発見された。斧の様なもので四名全員の上半身と下半身が真っ二つにされていた。さらには両眼球をくりぬかれた跡があり、警察は遺体全てが同じ死因なので同一犯とし、捜査に当たるらしい』


 正確な情報だけを乗せた記事。


「二十三って今日の朝か」


「そうみたい。今日はこの話題で学校中持ち切り。しかも、噂によるとこれのせいで部活が中止になるって言う噂」


「マジかよ。部活が中止って事はもしかして文化祭の準備も中止か?」

「だろうな、出来たとしても少しだけだと思う」


 そんな会話を上本としていると黒板近くのドアから一人の少女が、周りに挨拶をしながら入ってきた。苑宮だった。


 俺はたまたま視界に入った苑宮を少し見ていた。


「ん、どうした。あぁ苑宮がどうかしたか?なんか、変なところでも見つけたか、いつも通りに見えるけど」

 上本は俺がボーとしているのを見て苑宮を見ていると思ったらしい。いや、当たってるけど。


「いや、何でもない」


 そうすると、HR《ホームルーム》の予鈴が鳴り、上本は自分の席戻っていった。クラスを騒がしくしていた喋り声も無くなり、それぞれが自分の席に戻って行った。


「それにしても、いつも通りか……」


 ボーとしながら前の方に座っている苑宮を見る。


「俺には全然見えないんだけどな」


 俺には苑宮が物凄く怖がっているように見えた。





 物音がした。何かが割れるような、そんな音がした。


「……何だ一体」


 明かりもない真っ暗な自分の部屋で、ベッドに寝転がりながらデジタルの目覚まし時計を手探りで探した。すると、デジタルの目覚まし時計の様な形の物が手に当たった。触った形的に多分目覚まし時計だろう。


 俺は目覚まし時計の上にある押せる部分を押す。そうすると、時刻が書いてある所が光った。時刻は二時半過ぎだった。


「なんだよ、まだこんな時間かよ」


 割れるような物音が気になり、ベッドから立ち上がり、記憶を頼りにドアの近くまで歩いていき、近くにあるスイッチを押した。部屋はいつもと変わらなかった。

 次に部屋から出て、部屋から洩れる光を頼りに廊下を見た。特に変わりはなかった。

 廊下を少し歩き階段を降りて、階段の近くにある電気のスイッチを押した。一階の廊下の電気が付いた。あと少し歩けばすぐに玄関だ。

 すると、急に俺の目の前だけが少し暗くなった。大きな影の様なモノが俺を俺に覆いかぶさっていた。


「へっ―――」


 何事かと思い後ろを振り向くと驚きすぎて変な声が出てしまっていた。何事だった。

 俺の後ろにいたのは、十字架の様な斧を持つローブを被った何か。顔が出ている所には何も書かれていない真っ白な仮面だけがあった。

 そしてソレは、十字架の様な斧を持ち上げ、振りかざした。ギリギリだった。あと数センチずれていたら間違いなくクリーンヒット。この床よりも悲惨になっていたであろう。


「嫌だ」


 後ろに倒れこんだ。


「嫌だ」


 そんな時に思い出してしまった。朝、上本の携帯で見た記事を。〝斧の様な物で真っ二つ〟その言葉が脳裏によぎる。殺される。


「う、うあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 俺は逃げた。





 一心不乱だった。玄関まで行き、玄関の鍵を開け、家からはだしのまま出て逃げた。真夜中の外は寒く、舗装された道路は冷たい。それでも走った。逃げたくて、逃げたくて、一生懸命走った。


「ハァ、ハァ、ハァ―――」


 足の裏にコンクリートの冷たさが伝わってくる。

後ろを振り向く。ソレは十字架の様な斧を引き摺りながらこちらに向かって歩いてくる。どれだけ早く走ってもそれとの距離は変わらない。近づきもせず、離れもしない一定。

何なんだよアレ。理解不能だ。だが、しいてわかる事と言うと俺は殺されるという事だけだ。畜生。


「ハァ、ハァ、ハァ―――ガッ」


 走ってる途中で何かにつまずいて転んで地面に倒れてしまった。

 後ろを振り向く。辺りは深夜なので真っ暗だがそれでも住宅街だ、どこかしらには明かりがついている。俺の後ろには同じスピードで向かってくるソレがいた。

 早く逃げなければ。そう思い、急いで立ち上がり前に向かおうとする。

 だが、前にもソレがいた。


「―――ッ、嘘だろう」


 ローブを被り、十字架の様な斧を持つソレが前にいた。急いで後ろを振り向いた。だが、やはりそこにはソレがいて、挟まれた。

 なら次は右だ。


「―――チッ」


 右にもソレはいた。

 なら、左は、と思い左を見るがそこにもソレはいた。塞がれた。四方を完璧に塞がれた。残るは八方のみだが、それも意味はないだろう。周りは家だ。

 その時だった。後ろから〝パンッ〟と言う風船が割れたような音がした。何事かと思い後ろを向くとそこにはソレがいなかった。いや、正確に言うなら立っていなかった。

 倒れていたのだ。暗くて良くわからないがソレは倒れていて、その周りには何か液体が辺り一面を覆ていた。


「ハァー、めんどくせえな」


 ため息交じりの声がソレの後ろから聞こえてきて、一人の男性が歩いていた。

 身長は俺よりも少し高いくらいの身長。髪はぼさぼさで無精ひげ。皺くちゃのワイシャツとズボンを身にまとい、左手で上着であろうスーツを持つ。二十台後半に見えるがその疲れ気味な雰囲気から三十代後半にも見えてくる。だが、その男が身に所持している物の中で一番異常と言えるのが右手に持っているブツだった。

 俺はそれに詳しくないので固有名称などはわからないが、一般的な名称ならしている。拳銃だった。


「ほら、さっさとこっちにこい」


 男性が拳銃思っている右手でジェスチャーをしながら言ってくる。いった瞬間殺されるとかは嫌だけど、ここでこうしていても意味がないのでその男性が立っている所に行こうとした瞬間、四方にいる全てのソレらが物凄いスピードで向かってきた。

 十字架の様な斧が地面と思いっきり擦れて嫌な音がしてくる。だが、そんな場合ではなかった。ともかく男性の所まで思いっきり走った。

 男性の所まであと数メートル位の所で男性が球体をソレらに向かって放り投げた。その球体が少し気になりその軌道を見た。

 そして、その球体がソレらに近づくとその球体が爆ぜて、物凄い爆音が響く。


「なっ……」


 ソレらがいた所は爆風で見えないが完璧重症だろう。


「うっぷっ」


今まで我慢していた吐き気が物凄い勢いで襲ってきた。急いで近くの塀に近づき吐いた。

 見てしまったのだ。倒れているソレを横切る時に見てしまった。アレは倒れているのではなく死んでいたのだ。拳銃で撃たれ死んだ。


「うっぷっ」


 また吐いた。

 だめだ。少しでも考えた瞬間に吐き気が来る。

 ダメだ。考えるな、考えるな。考えるなら違う事を考えろ。そうだ、京都に行こう。


「うっぷっ」


 ダメだった。ソレが俺の視界に入ってくる。真っ赤だった。俺の足が若干赤く染められていた。死体を横切った時に溢れ出た血を踏んでしまった。


「クソが……」


 俺はまた吐いた。





 吐ききった。もうこれ以上は吐けない、と言うくらい吐いた。

 俺は後ろを向いて助けてくれた男性を見た。男性は街灯の下の塀に寄りかかって煙草を吸っていた。


「ほれ」


 俺が向いたのに気づいて、ペットボトルを投げてきた。


「おっと」


 若干危なげに受け取り中身を見て見ると何処にでも売っている水だった。


「その、ありがとうございます」


 お礼を言うと煙草を吹かしながら「おう」と言ってきた。


 未開封のペットボトルを開け、中に入っている水を飲んだ。すると、口の中に残っていた吐いた後味がスッと、胃の中に消えていった。口が超すっきり。

 そうしてペットボトルの中身を見て見ると、半分くらい水が残っていたので吐いた場所と足に水をかけた。空になったペットボトルをズボンのポケットにしまい込んだ。


「その、色々ありがとうございました」


 頭を少し下げ、帰ろうとした時、男性に呼び止められた。


「なにかようですか。言っときますけど金とか持ってませんからね」


「違う違う。そうじゃない」


 ならんですか、と言おうとしたが男性に言葉をかぶせられた。


「いや、そこ危ない」


 指を俺の背後に挿した。


「えっ、」


 後ろを振り向いてみるとさっきと同じソレがいた。ローブを被り、十字架の様な斧を振り下ろそうとするソレがいた。

 あ、死んだ。

 風船が割れるような音がした。銃声だった。ソレは仰向けに倒れ、赤い血を流し始めた。暗くても良くわかるくらい近くにいたソレ。

 気持ち悪くなってきて、吐きそうになるが何とか我慢をした。ていうか、吐けるほど胃に物が入ってなかった。

 すると、後ろの方から降り立ったような足音が聞こえた。その足音は前から、後ろから、右から、左からと四方八方から聞こえてきた。足音が聞こえてくるたびにそっちを向いてく。そこに居るのはさっきと同じローブを被り十字架の様な斧を持つソレだった。


「ひっ」


 ソレは恐怖だった。今まで平々凡々な日々を送ってきた俺にとっては恐怖しかなかった。斧を持ち襲ってくるソレらも、拳銃を持ち歩く男性も今の俺に取ってはあまり変わらない。せいぜい男性の方が襲ってくる奴らよりも信用が出来るくらいだ。

銃声が聞こえる。余りに現実離れの現実に呆然としている俺を、守るかのように男性が銃弾を放つ。

 俺はその光景を横目で見るだけだった。いつの間にか上着を羽織り銃弾をぶちまける男性。男性に向かい斧を振りかざしていくソレら。まさしく殺し合い。人数差を見ればリンチだと思うがこの光景を見れば殺し合いと成立していると嫌でもわかる。クソがっ。

 俺はその光景を呆然と見つめているだけだった。静観して傍観するだけ。クソがっ。

 下唇をかむ。こうしているだけで嫌でも脳裏によぎる過去。アレに関しては俺に責任があるわけではない。それでもその業は背負わなければならない。それが俺の罰だから。クソがっ。

 いつの間にか右手で左腕を強く握っていた。左腕からは悲鳴が聞こえる。クソがっ。

 脳裏をよぎっていく彼女の顔。あの部屋で見せるあの顔が俺は嫌いだ。だから動かなければ。罰と共に行動しなければ何もできない。

 でも、何をする。あっちは凶器を持つのに対して、俺は何も持ってない。喧嘩だって強いわけではない。なら、男性から拳銃でも借りるか。いや無理だ。撃ち方ろくすぽ知らない。そんな俺に貸すなんて意味がないなんて物じゃない。マイナスだ。邪魔をする行為だ。

 なら、どうする。どう行動をすればいい。

 今もなお逃げることなく戦い続ける男性を尻目に逃げてみるか。ソレをやった瞬間間違いなく自殺する自信がある。なら、どうする。どうするのが正しい。

 その瞬間さっきまで戦っていたソレらは急に倒れた。倒れた所には赤い水たまりができ始めているから多分死んだのだろう。俺はてっきり男性が倒し切ったのかと思って、男性を見て見るが男性も口を半開きにして驚いていた。


「こんなのに時間かけてるんじゃないわよ」


 透き通った様な声が聞こえてきた。その声の主は男性よりも奥の暗がりから歩いてきた。

 声の通りと言うか、やっぱり女性だった。年齢的には二十五歳くらいの美人。黒いスーツに黒い髪。長い切れ長のまつげをした綺麗な女性。


「お、なんだお前か」


 どうも男性とは知り合いらしい。


「えっと、あなたが岸峰晃弥君だよね。少し付いてきてくれないかしら」


「は、はぁあ。わかりました」


 いつの間にか名前を知られていた。何それ怖い。

 俺は男性を見ると目が会い、こっちに向かってジェスチャーをして、女性が歩いていった後を追いかけていった。

 俺も後を付いていこうとするが、足を止めた。

 クソがっ。

 俺は結局動けなかった。その気持ちが頭の中を支配していく。

 下唇はいつの間にか噛んでなかったが、右手は未だ左腕を強く握っていた。さっきよりも強く握っていた。

 あぁ、大嫌いだ。

 俺は男性と女性の後を追いかけていった。





「ほれ」


「あ、ありがとうございます」


 男性がすぐそばにあるコンビニで三つペットボトルを買ってきて、そのうちの一つを俺に投げて渡してくれた。入っているのはお茶だった。

 俺が連れてこられたのは一つの公園だった。どこにでもある小さな公園。公園の中にあるのは、滑り台とブランコと砂場と鉄棒と三つの街頭。街灯の下にはそれぞれ二つのベンチが置かれていた。

 俺と男性は公園でも一番真ん中にあるベンチに座った。


「……その、今日は色々とありがとうございました」


 お互いどちらも喋らなかったので俺からお礼だけでも言ってみた。すると、ペットボトルに入ったコーヒーを飲んでいた男性がこちらを向いてきた。


「ん……。あぁ、いやその件に関してはこっちに責任があるから気にすんな。むしろ、巻き込んですまなかったな」


「そーよね、あなた酒飲むなって言ったのに酒飲んじゃったものね」


 そう言ってきたのは少し離れたところにあるブランコで立ち乗りをしていた女性だった。物凄い勢いでブランコを漕いでいた。うわぁ、なんか物凄く残念なんだけどアレ。


「うるっせぇな。そういうお前はどうなんだよ。守れたのかぁ」


 反発するように男性が言った。


「守れましたー。あなたとは違って私は勤務中に酒なんて飲みませーん」


 女性が男性を挑発する様に返した。


「はっ、知ってんだぞ。お前昨日はウオッカ丸々一本飲んでてあいつらの反応に気づけなかったって知ってんだからな」


 男性が挑発に乗って言葉を返した。どうやらソレは本当の事であったようで、驚きのあまり頬を少し染めて、危なげにブランコから降りた。てか、ウオッカ丸々一本って、スゲーな。まぁ、ウオッカのアルコール度数がどれくらい高いのかは知らないけど。


「わ、私だって知ってんのよ。あなた昨日キャバクラ言って有り金ほとんど巻き上げられたって知ってんだからね」


「うるせー、お前、るりちゃんは俺にやさしくしてくれて、俺の悩みとか真剣に聞いてくれたんだからな!」


「誰よるりって、そんなの商売だからに決まってるでしょう」


「う、うるせぇ‼俺のるりちゃんを馬鹿にするんじゃねぇ!るりちゃんは親が残した借金のために水商売までして頑張っているんだぞ」


「うわぁ、そんなの嘘に決まっているでしょう。バッカじゃないの」


「う、うるせぇ!」


 いや、さすがにそれは嘘なんじゃないかと。

 それから子供の言い合いみたいな口喧嘩は続いた。

 あー、さっさと帰りてぇ。

 俺は口喧嘩をBGM にお茶をちびちび飲んだ。





 やっぱりと言うか、何と言うか、子供みたいな口喧嘩は女性の勝利で終わった。男性はと言うと、横であしたのジョー並みに燃え尽きていた。真っ白だ。


「ふぅー、悪かったわね岸峰君」


 ブランコの所にいた女性がこっちに歩いてきて、俺の横にある誰も座っていないベンチに座った。


「いえ、別に……」


 俺は遠慮気味に言うと、女性が「まだ、自己紹介をしてなかったわね」と言った。


「私の名前は雪ノ瀬静音ゆきのせしずね。そして、そこで燃えカスになっているのが寧々木智哉ねねきともや。よろしくね岸峰君」


 女性こと、雪ノ瀬静音さんは指を指しながら男性こと、寧々木智哉さんを紹介した。


「は、はぁ。よろしくお願いします」


 沈黙が続く。


「あの。質問してもいいですか」


 沈黙を破りたい一心でそんな事を口走ってしまった。


「ええ、いいわよ」


 質問することを許可されたが質問の内容なんて考えてなかったので少し、考えたが案外簡単に決まった。


「あの、さっきのアレは一体何なんですか」


「私たちの同業者」


 質問の答えがあっさりしていた。だが、引っかかるところもあった。


「同業者?」


「そう、同業者」


「同業者って、人を殺す同業者?」


 俺は若干恐れながら聞いた。すると、雪ノ瀬さんは「違う違う。いや、違くもないか」と言った。


「私らも彼らも本当の仕事は……簡単に言えば門番なの」


「門番?」


「そう門番」


 今の時代門番って……。もしかして警察?いやそれはないな。この二人が警察なのはギリギリ分かるが、さっきのアレが警察なら今頃日本はお化け屋敷だ。


「あ、言っておくけど警察と少し似ているけど警察ではないからね」


 何故か思考が読まれた。超怖い。だが、警察ではないなら一体なんだ。他に門番みたいのだとすると、警備員くらいしかないがこの二人かも想像ができないから却下だ。


「私たちは警察とか、警備員とかそういう直接的なものではなく、もっと間接的なものなの」


「間接的……?」


「そう。私達の仕事はそっち側からこっち側へ不可抗力とかで来るのを拒み、こっち側からそっち側に与える事件などを防ぐ役割があるの」

 まさしく門番だ。雪ノ瀬さんの言葉を聞いた瞬間そう思った。門番。そっち側(達)とこっち側、城内と城外を分ける境界に居るのが雪ノ瀬さん達なのだろう。


「それが私たち―――」


「それ以上は言うな」


 雪ノ瀬さんが言う言葉に被せてきたのは、今まで俺の隣で燃え尽きていた寧々木さんだった。


「な、なんでよ。現状把握させるのは発見者の義務でしょ」


「何でもだ。それ以上は言うな」


「チッ、わかったわよ」


 雪ノ瀬さんは若干怒り気味でベンチから立ち、また、物凄い勢いでブランコを乗り始めた。


「岸峰。これ以上の事を知りたいのなら別に言ってもいいが、それならそれ相応の覚悟を持てよ」


「……はい」


 寧々木さんはそういうと喋るのを止めた。どうやら考えがまとまるのを待っているらしい。

 寧々木さんの言葉はとても重くて、何より言う時の姿が、過去を思い出しているような目をしていた。

 覚悟を決める、か。はっきり言ってしまえば無理だ。そんな簡単に決まるわけがない。でも、それでも……。


「まぁ。そんな簡単に決まったら覚悟じゃないわな。一週間だ。七日後の十二時、またこの公園にこい。もし来なかったらその時は覚悟が無いと認識する。その場合、お前は今日あったことを忘れろ。そして、誰にも言うな。言わなければ敵になる事は無い」


 寧々木さんはそれだけ言うとベンチから立ち上がった。


「そうだ、これを渡しとく。もし何かあったらここに電話しろ」


 それだけ言うと電話番号が書かれた紙を渡してきた。小さい紙に九個の数字が、黒色のペンで書かれてあった。

 俺はそれを受け取ると寧々木さんは雪ノ瀬さんを呼び公園から何も言わず出ていった。


「覚悟かぁ・・・」


 俺は朝日が見えてくるまでそのベンチに座っていた。覚悟は決まらない。





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