心折ダンジョン取材記1話:特別号外

 ギルドの収入源は、もちろん寄せられる依頼の手数料が主だったものだ。他には規約違反者の装備没収や、素材買取の手数料と販売時の利益などが相当する。

 が、各種設備の維持やランカーたちに対する優遇、人件費修繕費その他諸々を含めるとその収支はギリギリであり、世界最大規模の組織だとは言え、常に金欠に悩まされている。

 そんなギルドが、少しでも財布を楽にしようと苦労した結果の1つが、定期的に発行される情報誌だった。ランカーに対するインタビュー、今買い取り額が上がっている素材一覧、新しく発生したダンジョンの位置、賞金首の目撃情報などが載せられたそれは、ある程度まとまった定期収入をギルドにもたらしていた。


 これは、そんな情報誌の編集担当に配属された、とある青年の奮闘記である。




「お前、今度特別誌の担当な」


 上司にそう言われて強制的に放り込まれた馬車の行先は、独特なルールと残酷な難易度で一躍有名になった『死の修行場・獄 ※心折れ注意』というダンジョンのダンジョン町、【エグゼスタティオ】でした。

 ハイランカーが集まったために急ピッチで進められた開発により、もう防壁が2つも出来、3つ目も着々と築き上げられていっているようです。まぁもっとも、その壁の中にあるのはほとんどが宿屋で、普通の住宅はまだ数えるほどしかないようですが。

 どうやらギルドはこの町とダンジョンだけの情報を集めた特別誌を発行するつもりのようです。世界中が注目している場所ですから、確かにそれなりに売り上げは伸びるのでしょう。

 さて、まずは話を聞いて回りましょう。



・比較的この町に来たばかりの冒険者

 え? あぁ、ギルドの情報誌? あんたも大変だね。そんで話? え、これが載るの? ……載るんだ。つってもあんま話す事ないぜ。何せ俺らまだダンジョンに挑んでないからな。

 何でかって? それがなぁ……ほら、あのダンジョンの侵入条件があるだろ? 食料の持ち込み量に応じて、装備のロスト率が減少する、ってやつ。あれ、知らない? まぁとにかく、あるんだよ。そういう条件が。

 で、そんな条件があったら当然食い物屋が集まるわな。で、似たような店が集まったら、自分とこの方が美味いぞって勝負が始まるわな。んでもって、他の場所より美味くなる訳だ。

 んでな、何でダンジョンに挑んでないかっていうと……その、何だ。うちのパーティにな、1人、居るんだよ…………食道楽が。

 いや、そんな薄い反応返されてもな。割と困るぞ? まぁリーダーだし一番腕が立つしで誰も文句言えないし、土産だーって持って帰って来る物は間違いなく美味いから前から放置はしてたけどさ。

 そんな訳だから、今の所空間神の神殿ダンジョンか、暗黒の森にしか入ってないんだよ。それでも前に居た所と同じか、時にはそれ以上に稼げてるから良いんだけど。

 え? 前に居た所? そんな名のある所じゃないよ。ふつーの狩場さ。まぁ転々としてたのもあったけど、大体西の方だったかな。あぁ、割がいいって訳じゃないぜ。それ相応のヤバさだから、ほいほい挑戦するんじゃないぞ。

 まぁこんなとこかな。こんなんでいいの? あぁ、いいならいいんだ。俺らこれから空間神の神殿ダンジョンに行くからさ、じゃあな。



 どうやらこの町の名物はダンジョンというより食事のようです。

 この線で取材を進めていきましょうか。



・食事目当ての観光客

 んん? ギルドの情報誌だと? それがどうかしたのか。……何、儂の言葉が世界中に知られるだと!? それを早く言わんか!!

 全く嘆かわしい事だが、大概の奴らは食事の楽しさという物を本当には分かっておらんのだ。どいつもこいつもガツガツと獣のように食い散らかしては貧弱な語彙で知ったかぶりおってからに!

 まぁ冒険者などそもそもが粗暴な輩の集まりだから良いとしてもだな。あの従軍兵士どもはどうにかならんのかと儂は言いたい。下級兵はそれなりにつましい生活なんじゃろうから、たまの贅沢ならもっと感謝して食えというのだ。

 これだけの店がひしめき合った果てにどれだけの研鑚をしておると思っておる! これだけの料理と作るだけの材料を運ぶのにどれだけの力が費やされておると思っておる! この町はもはや大陸でも五指に入るほどの激戦区なんじゃぞ!?

 ……知らなかった、だと? 貴様それでも情報誌を扱う者か!? 今すぐ載せんか!! 全くこれだから分かっておらんと言っておるのだ!! 儂の愛読しとる『世界美味珍味名所』ではもう何年も前に載った情報だというのに!!

 第一冒険者共は依頼を出して珍味を狩らせると肝心な部分をダメにしてしまう事が多すぎる! 何を目的として依頼を出しておるかぐらい把握しろというのだ! ギルドもギルドで中途半端な腕の奴に仕事を回すんじゃない! そもそもだな!(以下、延々食べ物の恨みが続く)



 ……大変な目に遭いました。まさかあそこまで暴走できる人がいるとは。

 ……おや? 何だか酷く落ち込んだ人たちが遠巻きにされていますね。

 酷く痛ましい物を見る目を向けられているようです。



・仕入れ途中の従業員

 ん? あんた一体、何、ギルドの情報誌? へー、そんなのあるんだ。で、何か用? 俺まだ忙しいんだけど……え、俺じゃない? あの人たちはどうしたんですかって、えっと……あー、あの人たちか……。

 心折ダンジョン、ああ、ダンジョン『死の修行場・獄 ※心折れ注意』の通称な。に挑んで、失敗した人たちだよ。エントランス階層、って言うんだっけ? あれが出来てから、俺だってあんまり見かける事は無くなったんだけどな。

 あんた、心折ダンジョンについてどのぐらい知ってる? ……そんなもんか。あぁいや、すまん。バカにした訳じゃないんだ。ただ、残酷程度の難易度だったら獄の字はついてないだろうな、って思っただけで。

 そ。まさに地獄だよ。鬼。どれだけ酷い形容詞をつけてもまだ足りないね。え? いいや、俺は入った事は無いよ。でも、あそこに挑んで返り討ちにあった冒険者を見たりその話を聞いたりすればそれだけで分かるさ。まぁもっとも、この町じゃ俺すらも知ったかぶりの範囲に入るんだろうけどな。

 まさに文字通り心が折れるんだ。そうなったら憐れなもんさ。俺の店にも冒険者止めた奴が働いてるけど、そりゃあ清々しい顔して働いてるよ。かと思えば仮眠中に大汗かいて跳ね起きたりな。

 全く、挑み続ける方の冒険者には頭が下がるね。素直にすげーって思うよ。まぁ、たまにお付き合いは遠慮したい類の奴が混ざってるけどさ……たとえば、痛みを快感に変換する奴、とかな……。

 話が逸れたな、すまん。後は、そうだな……そう、ダンジョンの主なんだけど変わり者らしくてさ。配下が自由にこの町を散歩できるらしいんだ。たま~にだけど、大勢に追い回されてる奴を見かけたらそいつがそうだ。匿ったら礼に何か教えてもらえたりしてな。



 有力な情報を得ました。

 しかし、通常ダンジョン主の配下と言えば、魔物よりも厄介な仇敵という扱いの筈ですが……何というか、何でしょう。この緩い感じは。

 さて、次に向かってみましょう。



・比較的以前から町にいる冒険者

 ん? あぁ、ギルドの情報誌の。世話になってるぜ。うん? 今話を聞いて回っている? で、俺の所に来たと。なるほど、俺で良けりゃ話そう。で、何を話せばいいんだ?

 ……ダンジョンの主? あぁ、どう考えても変わり者だろありゃあ。え、何で分かるかって? そりゃしばらくこの町に住んで、んでもってダンジョンに挑めば直ぐに分かる事だ。

 本気で侵入者を殺す気は欠片も無いくせに、罠の殺し度が本気を通り越してるんだよ。かと思えばいわゆるお宝はキリなしの上物だけで、けど見えるだけっていう生殺し状態。な、訳分からんだろ。

 ま、死なないだけいいんだけどな。空間神の神殿ダンジョンは『死の修行場・獄 ※心折れ注意』の難易度を参考にしてるらしいが、これが何とも親切仕様なんだよな。迷路は自動マップ付きだし、モンスターは全部致命弱点持ちだし。

 お陰で何とか生活できてるよ。何せ本家への挑戦は完全赤字だからな……。その位うまみのあるダンジョンが近くにないとどうしようもない。……あぁ、ちなみに空間神の神殿ダンジョンも緩いって訳じゃないぞ?

 簡単そうに語ってみたし、実際俺にとってあそこは稼ぎ場以外の何者でもないが、普通の冒険者やってきた奴らにとっちゃ十分難易度高いぞ? 本家……あぁ、『死の修行場・獄 ※心折れ注意』の事だ。あそこで十分鍛えられてるのが前提だからな?

 俺も自分がなってみるまでは分からなかったが、あそこで前に進めるのはもはや普通じゃない。あのダンジョンで普通っていうのは、何が起こったのか分からないまま瞬殺される奴の事だ。

 あぁ。だからさっきも言っただろ、俺も自分がなってみるまで分からなかった、ってな。あそこは正しく魔境だよ。心が折れるか、常識から外れるか、どちらにせよ未来が振り切れ過ぎてる。

 ……ん? そんなダンジョンの主はどんな姿だって? あー、残念ながら俺は直接見た事ないんだよなぁ。というか、直接見た奴なんて金鬼だけだし、あいつ配下になってるからな。確か、今この町の外れに建ってる空間神の神殿、あそこの神官長が召喚に成功してた筈だが……。



 どうにも興味深い話が聞けました。

 空間神の神官長、ですか……。高位神術にはダンジョンマスターを喚び出すものがあると聞いたことがありますが。



・【エグゼスタティオ】にある空間神の神殿の神官長

 よくいらっしゃいました。さて、本日は何のご用件で? ……ほう、ギルドの情報誌で、この町の事を別枠で取り扱う、と……。なるほど、お話は分かりました。ご協力いたしましょう。

 ……ほう、『死の修行場・獄 ※心折れ注意』のダンジョンマスターについて、ですか。いえいえ、少し前まではよく聞かれたものですので。ちゃんとお答えいたしますとも。

 神のお力をもって喚び出す事自体には成功いたしました。そこは間違いありません。ですが、ダンジョンマスターもさる者……神の業が完成した時には既に、認識妨害系の術を幾重にもその身に纏っていたのです。

 しかも当時は最初の階層……あぁいえ、今【檻迎の迷宮】と呼ばれている階層ではなく、【確殺回廊】と呼ばれている方の階層だったので、いきなり詠唱短縮で大規模魔法を撃たれましてね……。

 もちろん避ける暇も場所もありませんでしたとも。ですが、一応障壁は張ってみたのですよ? これでも高位神官ですからね。しかも神のお力をお借りした直後だったので、一瞬で構築したにしては強力な障壁が張れたと今でも思っています。

 ……ですが、実にあっさりと破られてしまいまして……。えぇ、1秒も持ちませんでした。後々あのダンジョンに関して“心が折れる”という表現が使われるようになりましたが、確かに的を得ていると思いますよ……。

 すみません、話が逸れてしまいましたね。それで、肝心のダンジョンマスターについてなのですが……その、私の技量をもってしても看破する事が出来ず……。

 酷く曖昧な情報になってしまい重ね重ね申し訳ないのですが、少なくとも一般的な人間より大きいという事はありません。また、杖をこちらに向けた以上一般的な人と同じく手があると思われます。

 容姿についてこれ以上言える事はありませんね……。ですが、もしダンジョンマスターが人の姿をしていたとしても、人だと思ってはいけません。喚び出されることを何らかの方法で察知し、事前に全ての詠唱を終えていたとしても、あれだけの威力の魔法を軽々と撃ち放てるのです。

 その後神殿にいらっしゃる方々の話を聞く限り、その魔法能力は桁外れと言って差し支えありません。ギルドの方なら知っているとは思いますが、把握できている配下だけで、十分に世界と戦争が出来るのですよ。

 ……まぁ、それだけの力を持ちながら世界が未だ平和である。この1点だけを見ても、あのダンジョンマスターが変わり者だという評価は下せるでしょうね。



 一応人と呼べる大きさ及び姿はしているらしいです。

 ……しかし、基本的に変わり者が多いとされる空間神の神官にすら変わり者扱いされるとは……。

 さて、これだけあれば記事は書けるでしょう。ギルドに戻るとしますか。

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