“クラウドの受難”5話:説明×理解=対話

 ソールが説得に向かった後、【エグゼスタティオ】の方で火事騒ぎがあったようだがそれはさておき。そこから更に1週間後。


「んもー、ルゥ君ったら。ダーリンが冥府神様から言われて、働く場所を変えるのに黄泉返ったっていうのなら、最初からそう言ってくれれば良かったのに。ねぇお嫁ちゃん? そう思わない?」

「心の底から思うけどボス部屋でする会話じゃないなぁとは思う」

「だって、誰に聞いてもダンジョンマスターに会うには最深部に行くしかないって言うんだもの。私だってお嫁ちゃんに会いたいわよぅ」


 今度は『素早さ宣言』の2人を引きずって、もとい、2人と一緒に挑戦する事でパズル階層を乗り越えた「白陽」さん。そしてそのまま、ボス部屋までほぼノンストップで辿り着いていた。ちなみにルゥ君とはソールの事だ。真名の一部を取ってそう呼んでいるらしい。

 ぷぅ、と頬を膨らませる「白陽」さんは、言っては悪いが子供がいるようには見えない。ちなみに今はボス部屋である水晶の広場で、「白陽」さんがイベントを踏んだ上で正対している。『素早さ宣言』の2人? そこらへんをうろうろ(=ボス部屋を見学)してるよ。

 にっこにこの笑顔でぶんぶん手を振りながら「お嫁ちゃーん、お話しましょー!」なんて言われれば、入れた気合も毒気も抜けようってもんだ。色んな意味で無敵だな、この人。


「お顔もほとんど見えないし、その姿も声も魔法で変えてるでしょう? お話してる気分が半減だわ……。やっぱり姑とは仲良くしたくない……?」

「いや、それ以前にここボス部屋なんで。状態的には戦闘中なんで」

「じゃあ私はどうやってお嫁ちゃんに会えばいいの? 外には出てこないんでしょ? 折角会えたのに、悲しい……」

「時々は外にも(様子見と偵察を兼ねて)出てるし、そもそも身内だから、話すだけなら特例枠でお客さん用の階層に招くっていうのも出来たりする。ボス部屋までくる必要は特にない」

「あら? そうなの? うらめん……? っていうところまで行かなきゃ素顔なんて見れないって聞いたわ?」

「それは赤の他人の場合」


 誰だこの実力だけある世間知らずもしくは子供にいらん事吹き込んだのは。

 っと、いかん。つい素直な感想が。しかし人格と実力が乖離してるにも程が無いか。これでうちのダンジョンを、最低難易度とはいえほぼノンストップ攻略したとか、ちょっと冗談だろ。本当だけど。

 結界殻の中で、ぽりぽりと頭をかく。何と言うか、自分のペースに巻き込むのが上手いんだよな。多分その辺本人は何も考えてないっぽいから、天然でやってるんだろうけど。


「じゃあ、お嫁ちゃんが私を嫌ってる、って訳じゃ……ない、のね?」

「んーまぁ……元が捨て子みたいなもんだし、育ててくれたのは父親1人だし、ついでに言えば友人も普通の母親ってものから縁遠かったから……よく分からないっていうのが正直な所かな」

「あら!? そうだったの!?」


 そうなんだよな。更に言うなら私に悪意を伴うちょっかいをかけて来たのは年の近い相手だが、それを見て見ぬふりしたり余計な入れ知恵をしたのは大人の女性だった。少なくとも私が知る限りは。だから、保護者と言うより敵なんだよな、大人の女性って。

 ノーカの場合、出会った時には両親が他界した直後だったし、カグの場合、家庭環境自体が色々と特殊なタイプだ。直接会える範囲という意味の身近に「母親」がいなかったんだよなぁ。だから、ぶっちゃけ、分からん。というのが本音となる。


『……マスターも、大概波乱万丈な人生を送って来てるわよね……』

『それな。いせかいにとばされるまえからいろいろありすぎだろ』


 自覚はあるからほっとけ。


「さて、ところで……えーと、お義母さん?」

「何かしら! あぁー、自分で産んだ子も可愛いけど、元気な男の子ばっかりだったから女の子は初めてね!」


 きゃー! と全力で嬉しそうな姿に入れ直したはずの気合が抜けていく気がした。頑張れシリアス、頑張れ緊張感、ボス部屋のボス戦真っ最中だぞ!


「まず前提として。こちらから招く場合は進入制限に引っ掛からないから、いつでも話は出来るっていうのが1点」

「うんうん」

「私にとって戦うっていうのは最終手段で、向こう何日か動きたくなくなるぐらいに滅茶苦茶疲れるっていうのが1点」

「ふんふん」

「そして、装備や権能の関係を含んだ諸々の都合で、基本的に素顔は身内以外に見せない方針でやってるっていうのが1点」

「そうなのね!」


 ちゃんと内容が伝わって、理解されている事をその反応で確認しつつ前提条件を説明し、元気な返事が返って来たところで本題だ。


「そしてここはボス部屋で、私はダンジョンマスター。つまり、挑戦してくるから返り討ちにしなきゃいけない。逆に言えば、見学で満足して帰ってくれるなら追う事は無い」

「まぁダンジョンマスターだものね、お嫁ちゃんは」

「だから、今……お義母さん、と、そっちの2人は。私と最低難易度基準の戦いをするか、ここで大人しく帰るかの選択肢がある。で、どっちを選ぶ? って話なんだけど」


 私は魔王では無いので、戦う気が無いのであれば普通に逃げられる。逃げる姿勢を見せた時点で追撃もしない。大体は戦う気満々でイベントを踏むからその場で戦闘に入るだけで、その態度とやる気によってはこうやって会話できる、っていうのは仕様だ。

 んんー、っと、唇に人差し指を当てて考えていた白陽さん。首を傾げた。


「戦ってもいいけど、お嫁ちゃんは疲れちゃうのよね?」

「大分相当かなり」

「疲れちゃうと、お話は先になっちゃうかしら?」

「少なくとも5日かそこらは先になるかな」


 これぐらいの質問が来ることは想定していた、問題ない。前提条件を理解していたのは確認したし大丈夫だ。

 ううーん、と更に考えていた白陽さん。えぇ、そこは帰ろうよ?


「ねぇお嫁ちゃん。お嫁ちゃんはダンジョンマスターで、ダーリンの雇い主でもあるのよね?」

「……この場ではダンジョンマスターだけど、神でもあるから、神と使徒って言うのが雇用関係になるなら……?」

「そうだったわ! お嫁ちゃんは神様だったのよね!」

「あくまでもこの場ではダンジョンマスターだし、権能は一切使ってないし、能力も既存生物の範疇に収めた状態だけど、一応は」


 何か話が斜めにずれた……と思ったが、それは白陽さんの中では繋がっていたようだ。ぽん、と、ゴージャスな見た目の割に可愛らしく手を打ち合わせた。


「じゃあ、ダーリンもそのお話の席に呼んでもらうのって出来るかしら! 出来ればその後、一緒にお出かけもしたいのだけど!」

「席についてくれるか意見を聞くのはするけど、その後は自分で交渉して欲しいかな」

「やぁん、とっても素敵な雇い主様だわ!」

『出来れば断ってほしかったかな主……! 彼女、無自覚で締め落した上で沈黙は肯定って解釈するから……!!』


 例によって会話を聞いていたらしいクラウドから念話で魂の叫びが届いたが、そこはあくまで本人の意思って事で。頑張れ。備品として自力蘇生アイテムの持ち出しは許可しておくから。

 きゃっきゃと顔を赤くして1人で楽しそうに「デートだわ! 2人っきりでデートなんて何年ぶりかしら!」と恋する乙女している白陽さんと、『ただの外出に自力蘇生アイテムが必要って時点でおかしくないか!!』『それでも受け入れた時点でお主の責任じゃ、クラウド』『……まぁ、頑張ってね』『生還をお祈りしておりマス』といういつもの会話を聞きながら待つ。

 ……ここから、でもやっぱり折角ここまで来たのだし、とか、実力を知りたい、とかで、戦闘に入る可能性もゼロじゃないからな。緊張し続けるって、結構しんどいぞ?


「……。ちなみに、そちらの2人は」

「仕掛けの解除係だから、もう仕事は終わったんだナー」

「巻き込まれたら助からないのが分かり切ってるから、さっさと逃げるつもりだなぁ」


 うん。『素早さ宣言』の2人は素直だな。





























死の修行所・獄 ※心折れ注意

属性:無・罠・境界・異次元位相

レベル:9

マスターレベル:8

挑戦者:2336637636人

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