第88話 準備^切り札=必殺

「それはひび割れた鏡が謡う過去の一片。過ぎ去りし日々に焼き付けられた記憶。今は誰も語らず知らず、故に訳も分からず痛む傷跡の物語」


 クウゲンが気合と共に両手を突きだすと、そこから生命っぽい気配のエネルギー塊が2つ飛んで行った。ズドドン!! と‘星’を2つ撃墜し、残りは4つ。


「鏡は囁くように謡う。誰が知らずとも己自身が忘れられても。ただただその身に刻まれた、その傷跡の理由を謡う」


 再びソールが飛び出し、カウンタースキルで1つを跳ね返し、別の物に命中させる。これで残りは2つ。


「それは遥か彼方に過ぎ去ってしまった日々の記憶。あるいは誰も何も知り得ぬ物語。または手から零れ落ちていった小さな欠片」


 リオとクラウドが協力して障壁を張る。たぶんクラウドが冥府神様に生み出された種族なんだろうなと何となく種族特性云々の辺りで気が付いた。生と死の力を合わせた護りか。そりゃ強力だよね。


「鏡は謡う、ただ謡う。その身に刻まれた、その身が映したその傷を。繰り返すなとは謡わない。知ってくれとも謡わない。ただ自分は覚えているよと、世界に囁くように謡い続ける」


 飛び出したソールと、乱射を続けている魔法を撃ち落としていたラートが結界の中に入って、‘星’が着弾した。まず1発、そして2発。


「今もまだひび割れた鏡は謡う。ただ自分は覚えていると。過去に何があったのか、自分はそれを証明できると。囁くようにただ謡う。何故なら全て一切が忘れた時、それは再び傷が与えられるその時だから」


 衝撃波が広がり周りの迷路に破壊が撒き散らされる。残念な事にブロック再構成には少々届かず、最後の関門への道が多少平坦になった程度だった。


「ひび割れた鏡は謡う、謡う、謡い続ける。自分が果てるその時まで。その時にはきっと与えられた傷は癒え、次の傷に耐えられるようになっている事だと信じつづけて」


 ソールが飛び出し最後の関門へ向かう。ラートは大技を撃ってしばらく動けない皆の護衛に残るようだ。まぁしばらくと言っても1分もかからないんだろうけど。


「やがて鏡のひびは大きくなる。謡う鏡も時を重ねて、囁くような謡う声も小さくなる。ひび割れは亀裂へと変化して、それでも鏡はまだ謡う」


 ソールが最後の関門へ突入し、そしてラートの頑張りが報われた。ソール以外の全員が続けて最後の関門へ突入するべく足並みをそろえる。


「しかしやがての必然として、ひび割れた鏡は砕けて壊れる。囁くような謡う声が途切れて消え去り、そして最後の引き金が引かれる」


 その、瞬間に。

 ぷつん、と。乱射していた魔法の全てを停止した。

 きっと嫌な予感がした事だろう。一瞬ぎょっとした顔を空へ向けた後続の6人は、防御をかなぐり捨ててソールへ合流。マッドシャドウもアサシンレイスもまとめて薙ぎ払いにかかった。


「繰り返す時に終わりは来ない。誰も知らない物語が再びその幕を開け、訳も分からず痛む傷跡が、これから与えられる痛みを主張する」

『思ったより早かったなァ?』

『速攻で抜けろ、少なくともお前だけでも一撃入れろ!!』

『あるじのしんさくだいきぼえいしょうだ!!』

『現時点でもう既に小節の数が桁で違うんです!!』

『あんな物撃たれたら確実に終わるわい!!』

「誰も知らない、語らない。けれど確かに予兆はあった。ひび割れた鏡が独り静かに護っていた平穏に、残された傷跡の訴えが」

『……単語の選び的に、私たちの過去に受けた傷が全部開くとかそんな感じかしら……?』

『ありえマスね。少なくともマスターのダンジョンに挑戦した事があれば一発でアウトデスし』

『あ、よく聞きゃマジだな。……つかもう終わりかけてねェか!?』


 ソールが今更ながらに魔法の乱射が止まっている事に気が付いた。ラートが何とか本命を探し出そうとしているらしいが、そう簡単に見つけられてたまるか。


「それは繰り返される物語。幾度も訪れる終わりにして節目たる痛み。今度こそは語られるのか、その口すらも滅びてしまうのか。迷う合間に傷跡さえも消え去って、訪れるのは失われた一幕」


 とかやってる間にもう半分以上壊されてる辺り普通じゃないな。間違ってもいるから出現スピードは上がってるんだが、よく耐えてるよ本当。


「知られざる過去は目前の明日に、語られぬ物語は誰もが話す当たり前に。新たな鏡は曇りもないまま光をはねて、その身にありのままを映し出す」


 そして、最後の関門が突破された。もう間にある迷路なんて障害にならないだろう。ここへ辿り着いて直接戦闘が始まるまで秒読みだ。


「時は巡り時代は移ろい、故に全ては回帰する。何もかもが忘れ去ってしまった頃に、決まってまた同じように。終わりは終わらず繰り返される――」


 ソールが花開いた結晶の殻、花びらに展開していた防御壁を反則剣の力のフル活用で押し通り、剣を振りかぶって、


「――抗え足掻け力の限り、さぁ終焉の始まりだ! 『ギャッラルホルン・リディリング』!!」


 振り下ろす、その、一瞬前に詠唱が完成した。

 最後の攻撃が発生し届く前に、私でさえもフル詠唱必須かつ前提条件が山のようにあるその魔法は形を持つ。

 すなわち。


「な――ッだこれはァ!?」

「どこから湧いて、いや本気で湧いて来てるだと!?」

「うわわこれは流石に捌ききれませんよ!?」

「ここまできてかずでおしつぶしにくるとかこれだからあるじは!!」


 私が召喚可能なモンスターの、最大最速連続召喚だ。

 剣が振り下ろされた時の一撃は目の前の出現したモンスターが文字通り壁となり、続くはずの攻撃は文字通り「光り輝くダンジョンの床から」湧いて出るモンスターの海の中に沈んでいった。

 もちろん全員揃っていても無理がある。お知らせ画面(仮)に目の前まで迫ったソール及び元配下の皆含め、ダンジョン中の挑戦者がほぼ同時に撃退された旨のメッセージが流れるのを流し見て、息を吐く。


《あー、ダンジョンマスター、念の為に聞いておくが、どんな手を使った?》


 挑戦者を一掃し、ダンジョン中から間欠泉のように文字通り湧きあがるモンスター達を眺めつつそれでも魔法を維持をしていると、空間神様からそんな問いかけが来た。やだな、反則チートなんて使ってないよ?


「まず、この魔法の前提条件が一番大きい括りだけで、召喚コスト減と術コスト減と魔力蓄積と回復速度上昇と召喚速度上昇と術行使速度と術処理速度上昇が必須」

《お、おう》

「で、魔法の全開を出す為に全属性の力場形成とそこへの魔力補充回路形成と魔力蓄積と各種族対応のシンボルと召喚陣と行動制限と最低命令が必要」

《……お、う》

「んでもってそれらを全部同時並行で準備しつつあの詠唱を一字一句間違えず噛まず唱えながら召喚できる種族のリストから対象の数と種類を設定。もちろん全部最大選択なんて便利な選択肢は無いから思考操作で1つ1つ選ぶ」

《…………おぉ》

「当然全部なんて処理できる訳ないから、力場とシンボルと召喚陣は予めダンジョンの形で作っておいた。各種ブースト系前提術は空に浮かんでるオブジェクトの位置関係で共鳴させて多重魔法陣を作って代用、制限と命令はダンジョン設定をいじって一括デフォルト設定。最後の詠唱と選択は慣れ。以上」


 種も仕掛けもどころかこのダンジョンが丸ごとこの術行使の為の構成だ。時間稼ぎをするなら数で押し潰すのが一番に決まってるじゃないか。


「あ、ちなみに今の私は全術コスト85%カットに魔力キャパシティ3000%アップに魔力回復速度30%+5万/秒かつ全術速度90%アップ状態だから。これだけ揃えても術自体の維持は5分強だから、戦争は無理だよ?」


 念のためにリジェネポーション飲んで7分前後まで伸ばしてるけどな。ってあれ? 空間神様の返事が無いぞ? おーいどうした、何かおかしい事でも言った?


《………………お前な。だから納得とか安定とか言われるんだよ》

「いや、何が」

《だからだな…………いや、いい、頭痛はするがそれだけだ。うん》

「?」


 何だろう、何か配下の皆が突っ込みを入れて来た時と同じ空気を感じる。私からすれば他の神様たちの方がずっと理不尽な能力持ってるんだけど。今回の場合このダンジョンと準備時間ありきだし。


《もうお前神になっちまえよ》

「ヤだよ。私は帰って平凡な人生送るんだから」

《どうせ双子神の空席なんだし、アレとセットで成れば結構自由に動けるぞ》

「セットとかもっと嫌。既に手遅れでも嫌」

《どう考えても第一位クラスが行使する術相当だからこれ》

「事前準備その他諸々全部ありきであって個人の力じゃない」


 湧きあがるモンスター達で埋め尽くされていくダンジョンの中、仕様書のチェックを再開したらしい空間神様とのそんな問答は、タイムリミットが来るまで続いた。













開放型疑似ダンジョン

属性:世界開拓拠点

レベル:1

マスターレベル:3

挑戦者:――――――(カウント中)

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