第86話 休息+構築=休戦

 影が徘徊する移動迷宮は、一旦静けさを取り戻していた。影たちや私のコピーが時間経過で消滅しないかという淡い希望のかかった、突入者たちの休養に当たられた空白の時間だ。

 残念ながら通常のモンスター召喚扱いだから消滅はしない。時間が経てば経つほど全域にまんべんなく広がって攻略は難しくなるんだが、その辺の判断は知った事では無い。


「……なんでレイスがレアスライム追い回してんだっていうのは、突っ込んだら負けなたぐい?」

《アサシンレイスは知能が高いから、遊んでいるんだろうな。あまりに暇で》


 ケケケー、という笑い声のした方を眺めて見えた光景に呟くと、仕様書と睨めっこしている筈の空間神様が声だけで解説を入れてきた。あぁ、それで時々突入者もいないのに迷路のブロックが入れ替わってんのな。ジェットコースターか。

 きゃわきゃわと楽しそうな事で。とその光景から目を離し、杖を振って上空に構築中の別ダンジョンをいじる。私も暇なので、今は空間神様から依頼された世界の果てを巡るダンジョンの設計中だ。

 望まれたのは命知らずを惹き付け、魔力を収集して生命を誘う生産型ダンジョン。霊草を、魔石を、経験値を餌に冒険者を誘い込み、その魔力を回収して世界へ散らす開拓補助型移動拠点だ。


「第零位の力や混沌の力を魔力に変換するんだから、モンスターの弱肉強食状態でも別に構わないんだよね。最悪冒険者が来なかったとしても賄えるなら」

《一向に構わないぞ。混沌の力はともかく、第零位はほぼ本神のちょっかいだしで世界に混ざる力だからな。むしろ回収するのに苦労している》

《うん。地味に、酷いよね。君たち》

「《何を今更》」


 私が発案・設計・構築し、そのスペックを空間神様が閲覧して注文を付け、それに合わせて改造し、そのスペックを見て、という作業を繰り返していると息も合おうという物だ。

 基本的にダンジョン内のみで全てのサイクルが完結するように構成していく。基本となるのはスライムもしくは植物。分解者、生産者、一次捕食者に二次捕食者。ピラミッドのコツは、強弱では無く相性で組むこと。

 数は力に弱く、力は技に弱く、技は数に弱い。そんな3すくみ状態でなければ、強い程寿命が長い傾向のこの世界の生き物たちはうまく回っていかない。


「精霊神様ー?」

《なに~?》

「前に預かったあの植物たち、移動拠点に植えて適当に増えたら分離とか考えてるんですけどどうです?」

《あ~それいいね~。めーちゃんにもそんな子いないか聞いてみる~》


 もちろん循環する最低レベルである、小さな森を1単位としての話だ。上手い事組み合わされれば山でも川でも勝手に出来上がっていくだろう。もちろんその辺の調節は空間神様の管轄だから、どうにでもするとは思うが。

 生命神様から保護指定の生き物とその生息環境の一覧を送られ、限定捕食(霊体)なる生き物が居たのでこのダンジョンに呼んでみてもらう。

 現れたのはバクにもったりした長毛を生やしたような生き物で、まず蜘蛛の子を散らすようにアサシンレイスが逃走。それに追随してマッドシャドウも逃げ出し、その後をもてもてとその生き物は追いかけて行った。


「とろくさ」

《そういう子なんですよー。鼻が美味しいとか毛皮が即死無効とかで狙われ続けてましてー》

「そりゃ乱獲もされるわって話だと思いますよ」


 しばらく眺めていると、追いつけないと見たその生き物は、垂れ下がっているように見えた鼻を上に向けた。ぷくーっと半透明に白いシャボン玉のようなものを膨らませ、ぽん、と軽い音を立てて空中に放つ。

 直径10~20㎝ほどのシャボン玉? はふわふわと空中に漂うように浮いている。生き物はそれに構わず、10秒に一個ぐらいのペースでシャボン玉? を打ち上げ続ける。

 5分ほどその行動を続けて、シャボン玉? が辺り一杯に漂うようになると、その生き物はまたもてもてと移動を開始した。もちろん進行方向からは脱兎の勢いでゴースト達が逃げ出している。そんなに怖いか、お前ら。


「まあいいか。この環境なら餌にも困らんだろうし」

《それもそうだな。ところで生命の、アレは冥府産ゴースト食って大丈夫なのか?》

《大丈夫だと思いますー。元々あの子が居る事でゴーストの自浄作用としていたのでー、いくら強力と言えど霊体である以上は無理がありますねー》


 なおこれは後で分かった事なのだが、あのシャボン玉? は霊体には見えず分からず、触れるとその中に閉じ込められて結晶化する捕獲用の罠のようなものだった。

 あの生き物は特定のルートを巡回する性質があり、そのルート上にあの罠を張って、捕まえるのに成功していたら、パリパリと美味しくいただくのだそうだ。

 そしてある程度腹が膨れると番を探し、繁殖するらしい。子供は両親のルート上でしばらく生活し、親の罠にかかった結晶を食べて成体まで成長して、新たなルートを開拓しに行くんだそうだ。


「念の為にゴースト設定の自動湧きシンボルいくつか追加しとくか。直接召喚かトラップ扱いでないと冥府産は喚べないみたいだし」

《冥府の、許可出してや……いや、俺が許可する。好きなだけスポットから吸い上げろ》

《…………まぁ、困っていたのは確かだから、構わんが》

「言質ゲット。踏んだら冥府産ゴースト召喚の罠を全域にランダム設置っと。更に召喚された個体に行動制限、アレのルート半径は……一番でかいので30mもないのか。ルート外縁+5m以内」


 完全に餌としての召喚だが、アサシンレイスは知能が高く、逃げ回るだけならどうとでもするだろう。それに個体が増えれば行動半径も増えるし、何よりうまく迷路の入れ替わりを利用すればアレのルートの一部を切り離して安全圏を作る事だって出来るはずだ。


「切り離し時の最低単位に自動湧きシンボル含んで、シンボルガーディアンに『アンノウンサイス・サイズ』を設定。空間神様、自動湧きシンボルって魔力蓄積で形成できないもん?」

《出来ない事は無いぞ。ゴースト系なら精霊のの預けた植物の、青い葉に直接赤い花が咲く奴を触媒に魔力変質させて魔晶以上に溜めてみろ》

「えーと……これか。元々岩に寄生する奴だし最初から晶木に植えてそのまま実をシンボル化させよう。同時並行でガーディアン召喚の魔力も葉っぱに溜めて、シンボル同士の距離は最低300mから」


 干渉しないように距離を離し、その移動は同時召喚される(予定の)ガーディアンに運ばせる。他にも細かい設定を調節して、と。

 やっている事は大規模だが、実際の操作としてはちまちました作業をこなしていると、たぶん聞かせるつもりは無かったんだろう、空間神様の呟きが聞こえた。


《勿体ない。こっちに住んでくれる気さえあれば、第一位の空席に据えようかって話になってんのに》


 どうやら、ダンジョン(もとい移動中略拠点)作成の褒美と言うのは神様になる事だったらしい。確かに私が置いて行かれてさみしいと思う相手は義父さんに華楽と真野花ぐらいなものだが。

 ……あれ、よく考えたら私はあんまり拒否する理由って持ってないのか? もしかして押し切られると断りきれない?

 作業は続けつつぐるぐる回りだした私の思考を余所にカウントは進む。残り時間が3時間を切り、それと同時に、侵入者を示すサイレンが、鳴り響いた。














開放型疑似ダンジョン

属性:世界開拓拠点

レベル:1

マスターレベル:3

挑戦者:――――――(カウント中)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る