第78話 平穏-経過=非常

 そして、1ヵ月後。

 年の暮れが近づいてどこもかしこもバタバタと慌ただしい空気の中、私は結局異世界拉致発覚以来、就職活動どころかまともに大学へ顔を出す事も出来ず、華楽の家で魔法の検証に付き合わされていた。

 成果と言えば、結局どんな貴金属にどんな宝石を使っても1回魔法を使用すれば激しく劣化して使い物にならなくなるという悲しい事実のみ。まぁ提供主である華楽は、魔法をたくさん見れて満足そうだったが。


「資源が先細りだっつってんのにこんな所に使ってていいのか……?」


 そんな疑問を独り言で呟きながら、もうすっかり寝泊りになれてしまった華楽の家の一室で布団から起き上がった。感覚的に魔力残量はおおよそ1割強、小結界なら5発程度だろうか。

 寝ぼけた頭をそのまままずは着替えていると、その途中で電話が鳴った。着信音は真野花のものだったので、とりあえずシャツに首を通しつつ通話ボタンを押す。


「おはよう真野花。どした、こんな朝から」

『お、おはよう“あー”ちゃん……。え、えっとねー、まずは通じて良かったっていうかなんて言うかー』


 返ってきた声は、潜められた上に混乱の響きを伴っていた。一度手を止め、次いで頭が完全に覚醒する。


「……何があった?」

『えっとー、何から言えばいいかなー、えーとー。あっ、“あー”ちゃんが異世界の話してくれたでしょー?』

「したな」

『で、魔法使ってくれたよねー?』

「使ったな」

『それでー、木がいきなり大きくなったのがあったからー、もしかしたら、あの『ど根性雑木』も、異世界産の何かかなーって思ってー、そしたら魔力? 回復とか、なんかできないかなーって思ったんだよねー』

「反省してないのか轢かれかけた癖に?」

『ご、ごめんなさいー……。え、えっとねそれでねー、木が3m位になって伸びるのが止まってー、今度は枝がみっちり生えてー、先週それも止まったんだよねー』

「…………登って突っ込んだのか」


 この時点で流石に心配を怒りが上回った。


『う、うんー……で、でねー!? がさがさしてる間緑が一杯で、そこを抜けたら、なんか妙に白いばっかりで床がふかふかな広い部屋に出たんだけどー……天井から落ちたみたいで、戻れないみたいですごめんなさいー』

「この……アホ娘……」


 私が怒った気配を察したのか、声を潜めたまま慌て声を上げると言う器用な真似をする真野花。が、その内容を要約すると、どことも知れない一方通行の空間に閉じ込められたという事だ。

 思わず脱力しそうになるのを気力で耐える。携帯で会話をしながら着替えを終えて、スーツコートを羽織って帽子を手に取り、携帯を通話状態にしたまま部屋を出た。


「他に何か分からない?」

『あ、えっとねー、他にも何人も同じように困った感じの人が居てー、部屋の向こうの方に梯子……うーん、階段かな? みたいなのがあってー……あ、また人が落ちてきたー』

「何時に木に登ってそこに落ちたの?」

『朝8時ぐらいかなー? あと不思議なんだけどねー、この部屋、なんか人の数で大きさ変わってるみたいー』


 明らかにこちらの世界の法則を無視した空間と木に頭痛を耐える。またしても向こうの世界で大事になっているらしい。いい加減、自分の世界の手綱位きっちり制御しておけっての……!!


「あら、“りゅうせい”さん。おはようございますわ。急いでおられるようですけれど、どうされました?」

「おはよう。真野花がまたやらかした。ヤバそうだから迎えに行く」


 電話の向こうに、「とにかく下手に動くな。可能そうなら空間解除、無理そうでも少なくとも迎えに行く」と告げて玄関にたどり着き、そこで何故か出かける支度を終えた華楽に出会った。とりあえず時間が惜しいので、さくっと説明して靴を探す。


「そうですの……。私(わたくし)、これからあの駅に生えた木に向かうのですわ。明らかに乗り切らない人数が登ったというのに1人も下りてこないというおかし過ぎることになっているようですの」

「真野花がソレをやらかしたんだ。今泣きそうな声でヘルプかけてきた」


 のんびりわくわく告げる華楽だが、私の携帯をかざす動きと共に返した一言に目を見開いた。即座に自分の携帯を取り出してコールする。


「……出ませんわ。“りゅうせい”さん、どういう事か分かります?」

「確実に空間異常が起きてる。詳細は調べないと分からないけど、間違いなく向こうの世界がらみの厄介事。下手をすれば世界間の狭間の亜空間に捕らわれてるかも知れない」

「そうだとして……どうなりますの?」


 靴を履き、一瞬ためらってから、最悪の想像だけは言っておくことにした。


「最悪の最悪……世界間の、偶然できた隙間みたいな空間だとしたら。もしそんなところに入り込んだら、もう二度とどちらの世界にも出れない上、時間からも切り離されて、永遠にそこに居る事になる」

「な……っ!? そ、それでは、どうすれば!?」


 華楽は狼狽するが、それも承知の上だ。顔を隠すように帽子を深くかぶり、自分に言い聞かせるように言いきる。


「腐っても弱っても規格外やってたんだ。最悪でも足の封印解除して、全力で魔法ぶつけてこじ開けるぐらいの事は出来る。とにかく、現地に行ってあの木を魔法で調べないと手の打ちようが無い」


 さわらぬ神にたたりなし、と、1ヵ月前スルーしたのが痛い。あの時きっちり調べておくんだった。探査魔法なら別に目視だけの狙いで発動できたのに。

 だから華楽は、アレに近づくのを止めて自宅待機、と言いかけた時には、既に玄関前に車が到着していた。


「舐めないでくださいまし。私(わたくし)だって何の覚悟も無く首を突っ込んだわけではありませんわ。異世界が干渉している、その時点で何らかの政治的または経済的な対策が必要なのは自明の理でしょう?」

「……華楽」

「ですので、置いて行くのは許しませんわ。私(わたくし)は砂糖元家の娘でしてよ? とりあえず出来る事が増えるのは間違いありませんでしょう?」


 それはそうだが、と言いかけて、これはもう何を言っても聞かないなと悟る。真野花が緊急事態に陥って何も思わない訳が無かった。代わりにため息を1つついて、大人しく車に向かう。


「そうだな。……あの木とその周辺、根と枝先と空間まで含めて治外法権にしたい。華楽、頼めるか」

「お安いご用ですわ」


 一応仮にも一等地の、しかも建物の中の一部分だけなのでちょっと躊躇いがあったのだが、華楽は車に乗り込みながらまさしく気軽に請け負い、エンジンがかかって走り出す時には既に通話を終えていた。


「木が生えたフロアとその下のフロア、買い取れましてよ。設備ごとですのでエスカレーターも使えますし、これ以上被害者が増えない為に人払いも始めましたわ」

「さすが。助かる」


 大財閥とはいえそう安い買い物では無かった筈だが、そこまでは私の想像の範囲外だ。とりあえず、あの木の周辺が気安く立ち入れなくなったという事実だけで十分だ。

 そうこうしている間に目的地へ到着。ざわざわと人ごみを縫って進み、最短距離で謎の木まで向かう。広場に到着するなり、私はスキルを発動した。


【スキル『深層眼』対象:神代ダンジョン『狭間ハシノキ』】


 いきなり訳の分からない名前が出た。ごっそり魔力が持って行かれる感覚に耐えつつ解析を進め、小結界一回分を残して中断する。

 頭を振って情報を整理していると、人払いと目隠しを指示してきたらしい華楽が寄ってきた。


「どうでしたの?」

「……さて、どう読んだものか」


 脳裏に浮かび上がったのは、私が異世界で散々見ていたダンジョン概要とほぼ同じだった。


【神代ダンジョン『狭間ハシノキ』

 侵入条件

 ・会話可能

 ・魔力保持可能

 ・行動制限:戦闘・干渉

 ・特殊ルール

  ・再侵入条件:24時間

  ・編集不可

  ・破壊不可

  ・生産不可

  ・取引不可

  ・一方通行×2

 属性:境界・回廊

レベル:なし

階層:10                   】


 まず神代ダンジョンというのが何なんだろうか。そもそも編集不可というのも分からないし、レベルなしというのも意味不明だ。その割に階層はしっかり区切られているし、再侵入条件も決まっている。


「……向こうにはさ、ダンジョンがあるって話したよね」

「ええ、聞きましたわ」

「構造的には、そのダンジョンに似ている、んだけど……ちょっと色々、腑に落ちない部分がある」


 そう、どちらかというと、


「何というか……今までに類似品も何もない、突然降って湧いたかのような存在を、無理矢理今までの枠に当てはめてみると、こうなった、みたいな……?」

「……つまり、最悪の事態では、ない?」

「多分……。少なくとも、誰かが人為的に作った、もしくは、作ろうとした結果の物であるのは間違いない。出口も、何処に繋がってるのかは分からないけど、確定で存在してる」


 最大の懸案事項を尋ねてきた華楽に、そこだけは言い切る。そう。誰が何を想定して作ったかは分からないが、コレは意図して作られたものだ。どれほど偶然が挟まっていようと、少なくとも入り口も出口も存在するのだから。


「華楽。そういえば何だけど、根の方はどうなってる?」

「お待ちくださいな。……そう、そう、ええ、そのまま観察の方をお願いしますわ。特に何も見えないようですけれど、やはり根元の方は見通せないとの事でしたわ」

「と、いう事は…………考えたくなかったけど、向こうと双方向で繋がってる、って事で確定でいいか……」


 華楽は即座に携帯で誰かと連絡を取り、その結果を教えてくれた。それに、ため息を吐いて認めたくなかった事実を飲み込む。その、ほとんど呟きの言葉を拾って、華楽は見た目落ち着いたままそわそわし始めた。


「向こう、と言いますと、あれですわよね。スキルで魔法が使えるという。剣と魔法の世界だという。神様が普通に存在していて加護とかが目に見える形でもたらされるという」

「落ち着け華楽。当然その分死を含めた色々が近いって事だからな。……普通に奴隷制度もあったし」

「!」


 後半は声を潜めて言ったが、驚いた顔をしたのだから大丈夫だろう。そう。向こうの世界は優しくなんかない。厳しく不条理で何も思う通りになんか行かない、要はこちらの世界となんら変わらない場所だ。

 戻りたいかと聞かれれば否の即答だ。だからこそ私は今ここにいるんだから。その他にも色々と理由はある。

 あるが。


「とにかく……もうこうなったら、一度、突入してみるしかないな……」


 それらを推してでも譲れないものぐらい、私にだって存在していた。

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