第21話 激闘/経過=結果

『ダンジョンに1人の△@★◇*が●&+∥ました』




「雫よ、雫よ、降り注げ」

【スキル『水属性適正』水弾×25】


 ナックルガードに隠した口元で小さく詠唱。杖は左右に振りながらなるべく広範囲を射程に収める。文字通り水の弾丸がばらまかれたその後を追うように更に詠唱。


「集え水、集え水、形を成して後を引け」

【スキル『水属性適正』水球×13】


 今度はスイカ程の水の塊がダガガン! と杖の先から発射される。それら全てが雷並みの電圧と電流を帯びている。掠りでもすれば決着はつくはずだ。

 そう。掠りでもすれば。


「くっ、はっは! らァあああ!!」


 楽しそうな笑みを全開にした金鬼は、すぅ、と一度大きく息を吸うと気合を乗せて吐き出した。その口から放たれるのは黄金色の炎。本人の色そのままの炎は太陽のようで美しかったが、威力も太陽並みらしく、3秒あぶられただけで一番表面の結界にヒビが入った。

 どんな高温の炎にただの水が耐えられるかと言うと、もちろんそんな事は無い。その身に秘めた雷を放つことなく、文字通り蒸発。当然直後に踏み込んでくる。

 5mほどの距離をたった数歩で詰め、黄金の炎を纏ったバスターソードは既に下段に構えられ済み。思い切り振りあげられたら結界を張ってあるとはいえ絶対にただでは済まない。


「遍く水、遍く水、集いて大きな一塊となれ。雫よ、雫よ、降り注げ。捉えたものを大きく映すは鏡に非ず、魔に属する1つの空間」

【スキル『水属性適正』大水球×4】

【スキル『水属性適正』水弾×25】

【スキル『結界術』威力拡大結界:結界内発動スキル】

「おォっとォ!?」


 もちろん魔法職にとって接近されるのは致命的なので、カウンターとして某超高難易度シューティングゲーム並みの面攻撃として魔法を放つ。振り上げかけの一番姿勢修正が効きにくい瞬間を狙ったものの、バスターソードの重心移動を利用して回避される。距離が出来たのでここぞとばかり待機させていた魔法を発動。


【スキル『水属性適正』フォールダウン】

「せェあァっ!!」


 雷を纏ったこちらは正真正銘の面攻撃。直上から降り注ぐ大量の水だったが、金鬼は気合と共にバスターソードの炎を強め、局所的な滝を文字通りに斬り裂いた。

 この部屋は防水加工をしていない。なので現れた水は謎排水によっていずこへかあっという間に消えていく。その流れに紛れるように『結界術』の方をいくつか放ってみるが、やはりこちらも距離を取る事による回避で綺麗に空を切った。


「――――――――――、」


 距離が離れると、流石に金鬼でも間合いに入るまで数秒かかるらしい。その間に更なる小声で詠唱続行。普通なら水蒸気の煙で自分の手も見えないだろうが、ダンジョンの謎排気は本当に優秀だ。

 一体今の時点でどれだけ時間がたったのかは不明だが、既に纏っていた結界も表面から60層ほどが砕かれ消えている。雷のエンチャントが切れたタイミングが一番怖かった。なにせ掛け直さないと金鬼は体の頑丈さを頼んで強行突破してくるだろうし、再エンチャントしている間はほぼ一方的に攻撃されてしまう。

 本当に、魔法職と近接職が1対1で戦って、魔法職に勝ち目がある訳ないだろーがっていう話だ。しかも相手は化け物と呼ばれる世界最強、こちらは魔法を扱いだしてどころかこの世界に来てまだ11ヶ月弱。


(勝てる要素が見当たらない勝負っていうのは、分かってたけどやっぱキツい……!)


 次から次へと新たな魔法を放ちつつ、隙を見ては大技を待機させていく。今の所、なんとかギリギリ反応は間に合っている。あとはこの集中がいつまで続くのかという事。

 拮抗した勝負は、削りあいの様相を呈していたといってもいい。金鬼の体力と集中が切れるのが先か、私の魔力と集中が切れるのが先か。


(まぁこの勝負になった時点で、私の負けは確定していたりするんだけど)


 もちろん、はっきり言ってそんなものは分かりきっている。戦闘という行為に対する文字通りの経験値、それが圧倒的に違うのだ。何をどう頑張ったところで勝てる訳がない。

 それでもこんなことを続けるのは――


(一分一秒でも、長く生きていたいからに決まってる……!)

【スキル『水属性適正』水弾×25】

【スキル『水属性適正』大水球×4】


 ドドドドドッ、ドンドンドンドン、と魔力の過剰投入で威力の上がった魔法が飛んでいく。もちろん当たり前のようにブレスで蒸発させられ、バスターソードで斬り裂かれる。その進みは止まらない。


「魔法型だって聞ィてたから、直接戦闘はどォかと思ってたが――楽しいじゃねェか! やっぱ最高だなァお前はァ!!」

「微塵たりとも嬉しくないっ!!」

【スキル『水属性適正』スプラッシュ×2】


 唐突に吹き上がった間欠泉は、しかし直線であるために簡単に避けられる。接近されるがそれには構わず杖をタクトのように振って集中し、魔法を発動。


【スキル『結界術』反射結界】

【スキル『結界術』威力拡大結界:反射結界内魔法】

【スキル『雷属性適正』帯電付与Lv2:反射結界内魔法】

「げ」


 クン、と糸に引かれたように噴き出した水の方向が変化し、水柱の直径に加え纏う紫電までもを倍増して、回避直後の金鬼へと襲い掛かった。

 金鬼は流石に回避しきれないと踏んだのか翼とバスターソードを使って防御姿勢を取ると同時、水の向きと同じ方向に体を倒し、少しでも衝撃を吸収する体勢に入った。


「それを許すと?」

【スキル『結界術』反射結界】

【スキル『結界術』反射結界】

【スキル『結界術』威力拡大結界:反射結界内魔法】

【スキル『雷属性適正』帯電付与Lv2:反射結界内魔法】


 小さく呟きながら魔法を重ねる。カカクン、と更に2回折り返して、水は金鬼の背後から襲いかかった。当然ながら、その水柱の直径と纏う紫電の量は4乗倍だ。

 急に方向の変わった攻撃に、金鬼がぎょっとする顔が見えたような見えなかったような。とにかく元々中級クラス魔法であるところのスプラッシュを威力4乗倍で、しかも雷と同等の付与魔法の4乗倍がかかったものを受けて無事ではいられない筈だ。


【スキル『水属性適正』大水球×4】

【スキル『水属性適正』スプラッシュ×2】

【スキル『水属性適正』水球×13】

【スキル『水属性適正』フォールダウン】


 いられない筈だが、構わず魔法を連射した。

 何でそんなオーバーキルって、『お知らせ画面』に侵入者撃退のお知らせが流れないからに決まってる。文字化け起こしていたしもしかしたらあの状態では流れないのかとも思ったけど、それでも確証が無い以上手加減は禁物だ。

 並行して纏っている結界の補修と張り直し。そして一瞬だけダンジョン管理画面を開いてこの部屋を確認し、深呼吸をして呼吸を落ち着かせる。


【スキル『水属性適正』大水球×4】

【スキル『雷属性適正』帯電付与Lv2:DMダンジョンマスターのワンド】

【スキル『水属性適正』水球×13】

【スキル『雷属性適正』帯電付与Lv2:DMのワンド】

【スキル『水属性適正』スプラッシュ×2】

【スキル『雷属性適正』帯電付与Lv2:DMのワンド】

【スキル『水属性適正』フォールダウン】


 杖の帯電付与が切れて来たので連射の合間にかけ直し。もちろん連射は止めはしない。魔力の方がそろそろ危ないと思うけど、ここできっちり仕留めておかないと――


「っ!!?」


 何、と思う間もなく振り返り、護剣の内側に、杖を十字になるように重ねて防御姿勢を取っていた。直後、ガッギィイイイン!! と、とんでもない金属音が鳴り響く。

 たまらず吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。おかしい、結界は張り直したばかりだった筈だ、なんで直接壁に体が……!?


「獲ったと思ったんだが、まだまだだなァオレも」


 水蒸気の向こう側からそんな声。っていうか、金属音がしたって事は、一撃で結界が全部貫通されてるって事で……! ちょ、何重に張ってたと思うんだ結界の殻!! アレを一撃でか!!

 思いっきり叩きつけられたせいで立ち上がれない。息が苦しいから結構と言わず危険な状態だろう。幸いと言うか、どうにか左手の護剣と右手の杖は手放していなかった。

 右手をついて悲鳴を上げる体を壁に合わせて引きずり起こし、足を引き寄せて護剣をその前にまっすぐ突き立てる。右手に杖を持ったまま口元をぬぐうようにして隠し、晴れていく水蒸気の向こうから、悠々こちらへ向かってくる影の様子を伺う。


「……あァ、わり、ちィっと加減すんの忘れてたわ」


 はっはっは、とカラカラ笑う金鬼にパッと見外傷は見当たらない。いや、服の一部に焦げ目が見えるから感電はしている筈で、つまりドラゴンという生き物の頑丈さ・再生力を見誤った、という事だろう。

 姿を見失った時点で全体範囲攻撃に切り替えておけばよかったか。と、後の祭りな思考を巡らせている間に、既にバスターソードの間合いに入っている。一応、数枚結界を張り直してはいるのだが、あの張り直した直後の結界殻を貫通した攻撃力を考えると、気休め以外の何物でもないだろう。


「ッて、もォ結界張り直してやがンのかよ。魔力ねェだろォに無茶すンなァお前も」


 るっさいわ。自分の命狙いに来てる相手が目の前に居るのに無防備でなんかいられるか。つーかそういう心配するくらいなら最初からこのダンジョンに挑むな。

 上から降ってきた呆れ声にはそういう意を込めて睨みを返す。もちろん右手の袖で口元は隠したままだが。

 もちろん金鬼がそんなものを意に介する筈も無く、右手の中でバスターソードをくるりと逆手に持ちかえる。そのままざっくり頭に落とされるのかと、魔力の残りを無視して頭上中心に結界を展開しようと護剣に魔力を流し込み、


「まァ動けねェようだし、オレの方の用事にうつるンだがなァ?」


 そんな言葉と共に、金鬼が目の前に腰を下ろした事で、発動は寸前で取りやめる事になった。バスターソードが今のまま斜めに振り上げられた場合の防御を前提とした構成だけは頭の中で組んでおくことにする。

 オレの方の用事? えーと、あぁ、確か本気を出す直前、世間話の最後になんかくっついてたな。確か、個人的な用事が1つあるだけだから、とか。出来るだけ咳き込みの音を隠すよう、仕方なく袖口を噛みしめて大きな呼吸を我慢する。


「まァ、単刀直入に言うと、だ」


 これから殺す相手に何を要求するつもりだ、と警戒心最大で待ち受けた、その用事とは一体――



「惚れた。結婚してくれ」



 ………………………………………………。


 は?


 この戦闘狂、今何て言った?


 けっこん。血痕? いや、その前にもっと信じられない単語がくっついていたような。ほれた、ホレタ……掘れた? いや、違うだろう。


「なンだよ、嘘なんか言ってねェぞ。性格も見目もドストライク、一生大事にするから結婚してくれ」


 …………………………えーと…………………………。


 つまり、けっこんは、血痕ではなく結婚だと。

 ダンジョンが掘れたとかではなく、私に惚れたと。


 …………………………………………へぇ?


「はは、っ、」


 途中で思わず咳き込んでしまったが、思わず零れたのは笑いだった。2・3回えずいただけで液体の音が混ざったから、最悪肺の中に血液が溜まっている。非常に危険な状態には変わりない、というか、現在進行形で状態は悪化中だ。

 断じて笑っている場合ではない。笑っている場合なんかではない。

 の、だが。


「は、はは……そう。私に。惚れたって? だから、結婚?」


 そんなの、知った事か。


「へえ――」


 護剣に込めたままになってた魔力を術式の形に練り上げると同時、それ以上の魔力を右手の杖に限界一杯まで叩き込む。流石に異常に気が付いたのか金鬼が口を開こうとして、


ヂッ

ドゴン!!


 その眼前を、姿勢そのまま、思い切り杖を振りぬいた。順手に持っていた杖は結構な音を立てて半分以上壁にめり込んでいる。鈍い音の直前の短い音は、杖が金鬼の顔のどこかを掠めた音だ。

 そこでやっと私の様子が常軌を逸したものであることに気づいたらしい。金鬼は初めて顔をひきつらせた。恐らく、私の口元の血と、立ち上る異様な雰囲気の、2重の意味で。

 そんな金鬼の目の前で、にい、と口を笑みの形に歪ませて、唯一言いたいことにして心からの叫びを、スイッチ代わりの掛け声として、言い放った。


「――ふっざけんなこの大馬鹿野郎!!」




『侵入者の撃退に成功しました

 90の職業ポイントを入手しました

 3120の経験値を入手しました

 1560のダンジョン経験値を入手しました

 以下のアイテムを入手しました

 ・精霊石(小火)×1

 ・赤い携帯薪×3

 ・草豚のベーコン×8

 ・暴れ麦の黒パン×2

 ・天雲輝の硝子肉×3

 ・トレインルーラーのアラ×5

 称号【生かして帰さぬ主】を入手しました

 称号【誇りを失わない主】を入手しました

 称号【倫理を考える者】を入手しました

 称号【道徳を備えた者】を入手しました

 称号【考えの尽きない者】を入手しました

 称号【己が身も罠】を入手しました

 称号【考えの尽きない者】を職業【策士】の熟練度100に変換します

 称号【己が身も罠】を職業【罠職人】の熟練度150に変換します

 悪戯神がちょっと神妙にしています

 情報神がちょっと神妙にしています

 職人神の興味を引いたようです

 天脈龍が覗き込もうとしています

 地脈龍が何かを思いつきました

 最高神の興味をほんの少し引いたようです

 生命神が慌てふためいています

 冥府神がお茶の準備をしています』




 金鬼撃退後、例によって『お知らせ画面』に長々と並ぶ文字達。中に重要なのもあった気がしたが、今は正直、それどころじゃない。


(……これは、本格的に、まずい……)


 最奥の部屋、その仕掛けを発動させた姿勢のまま、浅い呼吸を繰り返していたが、両手に力が入らなくなり、床に突き立った護剣も、壁に刺さっている杖も掴んでいられなくなった。

 ずるり、と一度手が滑ってしまえばもう持ち上げる事は出来ず、しかも感じる気分の悪さから言って、魔力も底をついているだろう。


(………………あぁ、死んだか、これは)


 後悔はしてもしきれない。せめてもう一度と思う事は数知れず。

 しかし、その思考を最後に、私の意識は闇へと閉ざされた。






死の修行所・獄 ※心折れ注意

属性:無・罠・境界・異次元位相

レベル:2

マスターレベル:1

挑戦者:2739人


Error!

ダンジョンマスターの存在がダンジョン内に感知されません

24時間の間ダンジョンは封鎖されます

ダンジョンマスターの存在が24時間経過してもダンジョン内に感知されない場合このダンジョンは時空の狭間に飲み込まれ、消滅します

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