第18話 条件1 マスターに望むもの

「えー、それじゃーただいまよりー、第7回死の修行所・獄 ※心折れ注意こと、心折(ここおれ)ダンジョン攻略、大っ反 省 会! を始めまーす」


 『義兄弟』の三番目、金髪の青年がどこかと言うまでも無くやる気無げにそう声を上げた。うおーす、と続く声はもっとやる気が無く揃っただけで、やはり食事の音がそのあとに続く。

 宿屋『心休めに一服』の奥座敷とでも呼ぶべき大部屋に集まった常連さんたちもとい初期組の冒険者たち。結構長い間食事の音が続いて、ひと段落した辺りで兄貴さんと呼ばれた黒髪の青年が声をかける。


「……とりあえず、前回から今回までで、心折ダンジョンに挑んだ奴は手を上げてから話してみろ」


 その声に、手を上げずに周りを見回す冒険者多数。というか、誰も手を上げなかった。それに、自分も手を上げなかったのは置いておくことにした兄貴さんがため息をつく。


「……また挑戦者0か」

「いや、自分の事を棚に上げるなよ『義兄弟』」


 ざっくりとした切り返しに再びの沈黙。


「あーっとな、まぁそれは置いとくとして、なんかギルドから問い合わせ来てんだけどどーする?」


 場を何とかしようと、若干慌てた声で金髪の青年もとい盗賊係が声を上げた。そんな彼に集まる疑問の視線。それには、トラ耳剣士と呼ばれている青年が回答。


「なんでも、ここにいる俺たち……初期組とか呼ばれてるらしいが、それ以外の挑戦成功例がほとんどないそうだ。まだ未発見の条件が何なのか考えてみてくれ、なんだってよ」

「そんな事を言われてもなぁ」

「逆に困るよナー」

「でも俺らは全員通ってる訳だろ」

「俺らに共通してることか? 脳筋とか?」

「素早さ重視近接系とかいえよせめて」

「いや、でも金持ちさんが『旋風魔女と盾勇者』を連れて行っただろ」

「職業制限でもランク制限でも種族制限でもないらしいのは確定だってさー」

「空間神の高位神官と赤札青札も入れたんだそうだ」

「……『アンロック』と灰兎も通ったそうだ。金持ちさんに連れられて」

「うーん、それで何で通れない冒険者が多数になるのかが分からないなぁ」

「もう条件なんてあって無いようなもんだよナー」

「自力蘇生アイテム、2つ以上持って入ろうとしたんじゃねェの?」

「えー、こいつ、『生命樹の三つ葉』2つ持って入ったけど、6枚中1枚しか散って無かったぞ」

「恨めしそうな顔すんなお前ら。森の主に餞別で貰ったんだ」

「ともかく、自力蘇生アイテムの数制限じゃないっていうのも確定だな」

「となると…………後一体なんだよ?」


 その言葉にまた沈黙。

 それぞれ考えて考えて、誰だかが「あのマスターだから、また常識無視の条件なんじゃね?」と呟いた時、


コンコン


 と、大部屋のドアがノックされた。この部屋をノックする人物なんてはっきり言っていない。女将も慣れたものでスルーして料理を運んでくるし、そもそも参加者は普通に開ける。

 一番不意打ちに強い盗賊係がドアの所へ移動し、短剣の鞘を瞬時に抜けるようさりげなく調節してから、ドアノブに手をかけた。


「ほいほい、どちらさ――」

「金髪くぅうううん!!」

「ぬぉあ!?」


 だがしかし、そんな彼をもってしても避けれない速さで誰だかはドアを押し開け、叫びながら思いっきり抱き着いた。回避に失敗し、完全に捕獲される盗賊係。


「会いたかった会いたかったぁああ! 私まだあのダンジョンに挑めてないから自重してたの、でも寂しかった会えて嬉しいぃいいい!!」

「あ、姉御、ちょ、苦し……っ! てか野郎どもの視線がヤバいから一回放してお願い!!」

「姉御じゃないよお姉ちゃんだよ、そう呼んでくれるまで放さなーい」

「姉ちゃん頼みますから放してください命の危機を感じます!!」


 この場にいる大半の冒険者から、器用にも盗賊係のみに殺気が集中する。その理由は、盗賊係を捕獲した人物の分厚い布で作られた神官服、それを纏ってなお強烈に存在を主張する、胸だった。

 そこに顔をうずめられているとなれば、まぁ、喜ぶ暇も無い程の殺気を向けられても仕方がないと言えば仕方がない。


「もー、何で金髪君はそんなすぐ離れようとするのかなー。普通は喜んで飛び込んでくるものだよ、ほらほら」

「普通はな! 状況が違えば普通も変わるんだよ!!」


 ずざざっ! と飛び退った盗賊係と腕を広げる豊満美女の会話。「窒息しそうになれば殺気と嫉妬が向けられ、断ればそれはそれで嫉妬と憤怒が向けられる、俺にどうしろと……!」と盗賊係は割と切実に呟いていたが、それをくみ取る人物はここにはいない様だった。

 一瞬で混沌に陥った大部屋に、兄貴さんが深々とため息をついて疑問を投げた。


「……で、何でその自重を止めてここに来たんだ?」

「あまりにも飲んだくれて酷いありさまだったものでな……すまんとは思っている」


 それに対する回答は、豊満美女を押しのけて入ってきた新たな人物から与えられた。こちらはこちらでまたしても美女。違いを上げるとするなら、バランスのとれた石膏像のような均整美だということか。


「生命神の神官、それも『百花繚乱』の紅桃と星蘭が揃い踏みとは、なんとも眼福な事で」

「うむ、今のうちに存分に堪能しておけ、目だけでな」


 トラ耳剣士のどこか呆れた声に、ふふん、と威張って返す均整美女。しかしすぐ真面目な顔になってじりじり盗賊係を追い回していた豊満美女の襟首を捕まえて引き戻し、改めて、と前置きして口を開いた。


「まぁ今名前が挙がったが、私は生命神様の神官精鋭『百花繚乱』所属の星蘭だ。こっちは以下同文、紅桃という。知っている人物も多いとは思うが、一応名乗っておく。突然押しかけてすまない」


 頭を下げる星蘭と、下げさせられる紅桃。いえいえ、と男ばかりの冒険者たちもつられて頭を下げて、その全員の頭に疑問符が浮かぶ。


「それで……まぁ、何だ。何というのか……」


 星蘭はその妙な沈黙の中、紅桃を捕まえたまま言葉を選ぶように何事か呟く。更に冒険者側の疑問符が増えた所で、割り込む声が1つ。


「あのダンジョンに、神柱を設置しろって神託でも下ったンだろォ? でも何度挑戦しても跳ねられるから、入口条件の情報を求めて来たッてとこかァ?」


 隅っこの方でやっぱり酒を飲んでいる、金鬼だった。第5回から続けて参加しているせいか、あんまり誰も気にしなくなってきている。慣れとは恐ろしい。

 割り込み発言で金鬼に向いていた視線が、また星蘭に向いた。瞑目して何か考えていた星蘭は、ふと目を開けて、


「もしかしてどこかで見ていたのか、と疑いたいほどの正鵠だな」


 うむ、と頷いて、全面肯定した。ガタガタン、と一部で椅子から滑り落ちるような音がしたがきっと関係ないだろう。


「自分で言わなければ問題ない。正直助かった。それで、出来れば私たちの支払い得る範囲の代価で教えてもらえないだろうか」

「本音漏れてンぞ聖職者。つッてもなァ、今散々その話をして、行き詰ったとこだぜェ?」


 むしろ開き直った星蘭に即座に突っ込む金鬼。続く言葉でぐるりと冒険者たちの方を見回すと、若干目をそらしつつも頷き多数。その反応に、紅桃を捕まえたまま星蘭は唸った。


「……困ったな。流石に延べ100人が弾かれて、生命神様がやきも、気が気ではないのか、今までにも増して神殿をうろ、いやはいか……ごほん、ご視察される回数が増えているのだ」


 その言葉にまた「だァから、本音漏れてンぞ聖職者」と突っ込みが突き刺さるが、さらっと無視している。

 その言葉に、再び口を開いて一緒に悩みだす冒険者たち。


「……アイテム持ち込み制限は守ってるんだな?」

「分かっている範囲の条件は全て守っているとも」

「女も男も関係ないのは『旋風魔女と盾勇者』で分かってるし、年齢が関係ないのも金持ちさんで分かってるしなぁ」

「獣人もドワーフもエルフも入れた時点で種族制限無いのは確定だしナー」

「加護持ちがアウトだとか?」

「ねェよ、オレが加護持ちだッつの。あァ、転生回数でもレベル制限でもねェのは確定だからな?」

「……お前、加護持ちだったのか」

「見えないな。てっきり【己が手で未来を切り開く者】の称号持ってると思ってたぜ」

「同じくー。つかここに居る全員同じ事思ってんじゃね?」

「てめェら……、まとめてケンカ売ってるなら買ってやらァ、表出やがれ」

「だが断る! それより侵入条件だ侵入条件!」

「述べ100人って事は、神官がもうだめなんじゃないのか?」

「だーかーらー、空間神の神官、それもダンジョンマスター召喚できる奴が入れたんだってば」

「ちょっと待て、そこ詳しく。っていうかダンジョンマスターはどんなのだ!?」

「それによって今後の難易度が全然変わるんだ詳細早く!」

「性別だ! 特に性別!」

「女か男かどっちだ!? 頼む、男であってくれ!!」

「てめェら、やっぱケンカ売ってんだろ…………!」


 途中から混沌とした騒ぎになったため、女将登場。何があったかの詳細は省くが、とりあえず落ち着きを取り戻した冒険者たち。


「だが本当に何がいけないんだ?」

「話を聞く限り、禁止条件の方みたいだけどなぁ」

「つまり俺らは持ってないけど他は持っているものってことか」

「と、言われても……ちょっと思いつかないナー」

「布装備も金属鎧もいるもんな」

「遠距離も近距離も魔法も揃ってるしな」

「ランクも1から9まで揃ってるだろ」

「むしろねェ物の方がねェんじゃ――あ」

「……どうした?」

「え、まさか何か思いついた?」

「よし、話せ。遠慮はいらん、対価は払おう」


 途中で金鬼が挟んだ一言。食いついたのは発言した3人だけではなく、周りも息をひそめて次の発言を待っている。

 金鬼は若干居心地悪そうに杯を干した後、何気なく。


「もしかすッとォ、他者蘇生系アイテムなりスキルなりがアウトなんじゃねェの? ここにいる奴らでねェのってそンぐらいだろ。お前らどっちかがスキルを授けりゃ検証可能だしなァ」

「成程……それなら授けたそれを対価という事で、誰か希望者はいるか?」

「はいっ! 私金髪君にあげたいです!」

「却下だ。冒険者の意見を聞いている」


 星蘭はあっさり納得し、さらりと流れるように周囲に聞いた。即座に上がった紅桃の発言は物理的にも叩き伏せられた。

 その提案に、ふむ、と顔を見合わせる冒険者たち。


「よし、ちょっと表出るか」

「だなぁ。久しぶりで体なまってないかなぁ」

「女将ー、ちょっと裏に結界使える奴呼んでくれー」


 そんな風に言い合いながら、ぞろぞろと大部屋から出て行った。かつてない程の激闘がこれから繰り広げられるのだろう。何故なら……スキルを授ける方法が、口付である為だ。

 残ったのは盗賊係を含む『義兄弟』と、別に必要ないと思ったらしい金鬼の4人。紅桃は星蘭に引きずられていった。

 残された料理を黙々と食べる4人。そこでふと兄貴さんが手を止めて、しかし振り向く事は無く口を開いた。


「……ところで、金鬼。……随分と悩んでいるようだが、どうかしたか?」

「「は?」」

「その目は相変わらずよく見えてンなァ……」


 思わず聞き返す盗賊係とトラ耳剣士。金鬼は呆れたような諦めたような声を放ってよこした。兄貴さんはただ黙ってかるく肩をすくめ、


「……ほとんどそれのみでここまで来たからな」


 ニヤリ、と珍しく勝った笑みを浮かべて金鬼を振り返った。大して金鬼は軽く鼻を鳴らして負けを認める。大口でかぶりついていた肉を飲み込んで、さきほど呟いた時よりなお一層、ぼそりと、半ば問いかけるように言葉をこぼした。


「…………上から数えた方が早い国から、依頼が来た。ダンジョンマスターの姿……特に、顔をご所望だそォだ。しかも、殺す必要は無いどころか、前金だけで500万とか、バカじゃねェのか」

「……それはまた、きな臭いどころじゃないな」

「下手したら軍を動かしてでも潰しに来るって事かよ……?」

「立地的にもっと最悪、周り中から押し潰すのも可能性あるぜそれ……」


 恐らく断る事が出来なかったのだろう。感情が抜け落ちたような淡々としたその内容に、『義兄弟』は3人そろって目を細めた。

 金額だけを見れば、破格、と言っていいだろう。期限は恐らくダンジョンが出来てから1年が経過するまでとしても、普通は有り得ない程おいしい依頼だ。

 だが。


「おめェらはたぶん黄泉の花を使ってンだろォから、関係ねェが……生命晶石の裏相場、ここ最近で30倍になッてんだよなァ。身代わり人形に至っちゃ80倍だぜェ?」

「……いくらなんでもおかしい、どころではないな」

「完全に戦争する気だろ、もう……」

「むしろ、それで疑うなって方が無理があるんじゃ……」


 生命晶石と身代わり人形は、ともにレア度7の自力蘇生アイテムだ。下限ギリギリ、つまり金の力で何とかなるアイテムであるだけに、買占めが発生すれば露骨にそうとわかる。


「……金鬼」

「ンだよ?」

「……行くなら警告を頼む。……求婚するなら早めにしろ」

「あぁ、もうクリア不可能になってもしょうがない」

「この村に居る奴でダンジョン無くなるの心から望んでる奴なんていないし」


 兄貴さんの言葉に乗っかるトラ耳剣士と盗賊係。金鬼はそれにまた1つ鼻を鳴らして、


「言われンでも、やるッつゥの」


 とだけ返して、最後の杯を呷った。

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