第27話 ニコウ山
次の日、早朝――クローバーと共にジルニアを後にした。
戦争に参加した冒険者やギルド関係者と遭遇するかと肝を冷やしたが、杞憂に終わった。
「道はわかってるの?」
「一先ずは道なりで大丈夫です。今日中に着くのは難しいので途中で野宿をすることになると思いますが……まずはそこを目指しましょう」
そして、舗装された道を進んでいく。
本来であれば行商の馬車であったり冒険者が行き交っていてもおかしくは無いが、ここは戦争があった旧魔法領に近い場所だ。余程の命知らずか腕に覚えのある冒険者以外は通らない。各地に情報が回って動き出すのは早くても今日の午後だろうから、その前に道を逸れるとしよう。
「そういえばさ。気になっていたんだけど、どうしていきなり戦争になんてなったんだろうね? 私達がジルニアにいた時はそんな雰囲気一切なかったのに」
隣を歩くクローバーの不意な問い掛けに、小さく息を吐いた。
「簡単な話です。腐っても英雄は英雄だった、ということです」
「……どういうこと?」
「ジルニアにいた英雄のブラフ――どれだけ私腹を肥やしていたとしてもその強さは本物だったのでしょう。本人曰く『私がいなくなれば旧魔王領に対する抑止力がなくなる』と。眉唾だとは思っていましたが」
「つまり、ロロくんがブラフを倒したから、戦争になった?」
「それだけが要因とは思えませんが……大方、そんなところでしょう」
そう言った瞬間にクローバーが立ち止まった。
「じゃあ、これからも英雄を殺し続けて――そうしたら、戦争も続くのかな?」
「否定はできません。とはいえ、それとこれとは別の話です。英雄がいなくなれば旧魔王領の魔物や魔族が勢いづくかもしれない。大河を越えて攻めてくるかもしれない。戦争になるかもしれない。だからといって、それが英雄を許す理由にはなりません。殺さない理由には、成り得ないのです」
「……そう、だね。私も、許せない」
「まぁ、あくまでも僕の意見です。クローバーさんは――」
その時、近付いてくる人の気配にクローバーの腕を取って森の中に這入り込んだ。
「どうしたの?」
「静かに」
息を殺して身を潜めれば、向かっていた先から赤い装備を身に付けた冒険者が二人――英雄教団か。
「それにしても緊急招集とはな。こっちから王都にまでは珍しいよな?」
「ああ。だから、戦争で集まっている冒険者に便乗して転移魔法で戻れ、って。話は付けているらしい」
「亡くなられた英雄様方と、現王のためならばこの命いくらでも捧げる覚悟は出来ている」
「当然だ。英雄様に手を掛けた奴は我々が必ず――」
話ながら通り過ぎていく二人を見送って、肩を落とした。
「今のは、英雄教団、だよね?」
「そうですね。会話から察するに、英雄教団はみんな王都に集められている、と。今なら邪魔が入ることなく英雄とやり合えそうですね」
「うん。じゃあ、急ごう」
「念のためにここからは樹々の間を進んでいきましょう。それに伴い速度も上げますが大丈夫ですか?」
「大丈夫。ちゃんと付いていくよ」
それから速足で後ろを付いてくるクローバーを気にしながら山の中を進み――途中、魔物と遭遇し戦闘になりながらも、無傷のまま
来るのは初めてだが、この岩石群は不思議な力を発しているようで魔物が寄り付かず、冒険者が山の中で一夜を超すには重宝されているらしい。唯一の懸念はその冒険者と遭遇する可能性があることだ。他の冒険者同士なら未だしも、さすがに今の僕らが出くわすのはマズいわけだが――やはり、まだ戦争が尾を引いているのか近くに人の気配は無い。
「今日はここで野営です。明日の朝一に出発すれば昼前には目的の場所に着けると思います」
「じゃあ、今から色々用意するねー」
毎晩そうそう問題が起こるわけでもない。ここ数日――戦地で寝て、ベッドで寝て、野営をして。少なくとも僕はあの日から一度も穏やかに眠れたことは無いけれど、それでいい。忘れないように、記憶と思い出は常に背負っている。
そして翌日――日の出と共に出発した。
五時間ほど歩けば目的の場所に着く予定だったのが、三時間ほど進んだところでおかしな光景を目にした。
「……町、だよね?」
「そうですね。地図にも無く、聞いたこともありませんが……」
ニコウ山の麓に町があるのなら知られていないのはおかしい。とはいえ、僕の得ている知識はあくまでも十年くらい前のものだし、その後に出来たのなら知らなくても当然か。
「どうする? ……泊まる?」
「知っていれば昨夜のうちに辿り着くことを考えていましたが……下山してきた時のことを考えて部屋だけは取っておきましょうか」
町にある宿屋は一つだけ。他の建物も民家では無くほとんどが店のようだが……商店町ってところか?
「いらっしゃい。宿泊かい?」
宿屋に入れば、恰幅の良いお姉さんがいた。
「はい。今日の夜なのですが、この時間から部屋を取っておくことは可能ですか?」
「ああ、出来るよ。というか、ここはそういう冒険者用の宿なのさ」
「そういう冒険者、とは?」
「この町を訪れるのは山の上にいる英雄様に戦いを挑みに来る腕っぷし自慢だけさ。まぁ、アタシらはそんな冒険者目掛けて商売をしているわけだけどね」
「……なるほど」
「まぁ、私からすれば泊まってくれりゃあなんでも構わないけどね。そんで? 部屋は一人部屋を二つかい? それとも二人部屋を一つ?」
「二人部屋を一つでお願いします!」
「はいよ」
僕が答えるよりも先にクローバーに言われてお姉さんが対応してしまった。まぁ、それでいいのなら、いいのだが。
「じゃあ、これが鍵で、退出時間は明日の昼だ。支払いはその時に」
「わかりました」
「先に部屋に行く? それとも――」
「山に向かいます。そのために来ましたから」
そして、クローバーを連れ立って宿を後にした。
想定はここから二時間程度だったが、進む先の舗装された道を見る限りではそれほど時間も掛かりそうにない。もはや観光地化しているような感じだが、それでも町自体が知られていないということは知る人ぞ知る、というところなのだろう。宿のお姉さんの言動から察するに腕に覚えのある一部の冒険者だけがやってくる、と。
「ねぇ、ロロくん。ここにいる英雄が誰かはわかっているの?」
「ラヴァナの本によれば不立のトヴィーです。魔法の無い単純戦闘であれば英雄の中で一、二位を争う強さだとか」
「私は、何をする?」
「いつも通りです。巻き込まれないように離れていてください」
「いつでも、手を貸すから」
「その時はよろしくお願いします」
気配が強くなる。この先に実力者がいるのは間違いない、のだが――
「あの、さ……さすがに見て見ぬ振り出来なくなってきた、よね?」
「まぁ、そうですね」
道の端で倒れている冒険者たち。力尽きている様子ではあるが死んではいないから見て見ぬ振りを続けてきたが、十人二十人と続くとどうしてそうなったのか話を聞きたくなる。というか、聞いていおいたほうがいいのだろう。
英雄の情報を聞き出すために立ち止まれば、すぐ横の木を背凭れに座り込む男と目が合った。
「お前は……あの時の小僧かぁ」
「たしか、エンドゥルの街で会ったジンさん、ですよね?」
「ああ、オレぁジンだ。また会ったなぁ、小僧」
明らかに戦闘後の疲労感を漂わせているが、初めて会った時に背負っていた長い棒を杖に立ち上がると、その背の大きさが際立つ。
「英雄と戦ってきたんですか?」
「戦って、無様に負けた姿だ。お前もそのつもりで来たんだろう?」
「はい。戦って――殺すつもりで、来ました」
ジンと向かい合っていると、その威圧感からかクローバーが僕の後ろでローブを掴んでいる。
「そうかぁ……だが、残念だったなぁ。奴を殺すのはこのオレ――っ」
倒れそうになった体を支えれば、ジンはすぐに脚に力を入れて体勢を立て直した。
第四位、岩砕のジン――立ち居振る舞いからして三位のボルトにも引けを取らないようにも思えるが、それはさて置き。
「倒す、ではなく、殺す、と言いましたね?」
「ああ。妻と娘を殺した英雄――いや、英雄なんてもんじゃあねぇ。トヴィーを殺した後は、他の十二人も全員殺してやる。奴らに英雄を名乗る資格はねぇ。全員等しく同罪だぁ」
憎しみに歪む顔。まるで鏡映しだな。
「……残念ながら残りの英雄は九人です。そして、すでに死んだ四人と同様に、トヴィーは僕が殺します」
「ちょっと待て、意味がわからねぇ……英雄が四人も死んでいて、それを殺したのはお前だとぉ?」
「はい。本来であれば後ろにいるクローバーさん以外に教えるつもりは無かったのですが、おそらくジンさんと僕は同じ気持ちだと思うので……僕も、両親を英雄に殺されました」
そう言えば、ジンは呆れたように溜め息を吐いた。
「はぁ……そういうのは言わねぇもんだろうがよぉ。ここに来るのは力試しをしたい馬鹿ばかりだ。つまり、オレらのように本気で英雄を殺そうなんて奴ぁほとんどいねぇ。だのにお前は……」
「ロロです。僕はこれから英雄のトヴィーを殺しに行きますが、付いてくるならお好きにどうぞ。但し、邪魔だけはしないでください」
「はい、そうですかってぇわけにはいかねぇ。隙がありゃあ、いつでも英雄の首を取るつもりだが……やっぱ、真っ向勝負で殺してやらなきゃ意味がねぇ。一先ずは見守っててやらぁ」
「ありがとうございます。では、行きましょうか」
そして、すでに満身創痍のジンと、知らぬ相手が一緒で緊張するクローバーと共に英雄の下を目指す。
ルール四・不意討ちはするな――どうやら鏡映しじゃなかったな。これじゃあ、まるで生き映しだ。違うのは多分、意識だけ。確実に全員を殺そうと考えるジンと、目の前の一人ずつを殺そうと考える僕と。
先のことはどうでもいい。もちろん英雄は皆殺しにする。それでも――まずは目の前の一人を確実に殺す。話はそれからだ。
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