第26話 祝杯。そして

 戦争が終わった日の夜――ジルニアの酒場は戦争に参加していた冒険者だけが集まっていた。


「皆の者! 此度の戦争ご苦労であった! 幸いにも死者は無く、怪我人が数名のみ! それも治癒魔法で完治した! 今宵は飲んで食って勝利を祝え!」


 ジョーイルの言葉と共に、全員が木製のジョッキを掲げて打ち付けた。


 この空間には英雄教団の冒険者もいないし、英雄もいない。端のほうにいれば目立つことも無いだろう。


 酒場の中を見回せば――全員では無いのか。ウォードベル神父もウギさんもザジさんもいない。おそらく元冒険者勢はすでに帰ったのだろう。依頼を熟して生活している冒険者とは違い、あくまでも元冒険者だ。今の生活がある。


「……酒を酌み交わすのはもう少し先になりそうですね」


 独り言を呟いて、ジョッキに入ったミルクを飲んだ。


「よぉよぉロロ! 飲んでるか!?」


「はい。ミルクですが。ボルトさんは……飲んでいるようですね」


「そりゃあそうだろ。今回の戦争で今の五位と六位は順位が上がるんだからな! それでこそ参加した意味があるってもんだ!」


 それはまた……僕にとっては悲報だな。


「あれ? でも、ボルトさんは第三位ですよね? 関係ないんじゃないですか?」


「おいおい、これでも俺ちゃんは雷鳴のボルトって言ってそこそこ有名人なんだぜ? 二つ名持ちが増えるのはそれだけで嬉しいもんだ」


「そういうものですか」


 そんな相槌を打っていると、ボルトの肩に肘を掛けた背の高い女性が近寄ってきた。


「そんでアタシが稲妻のエクレール。あんたがロロだね。昨晩は挨拶できなかったから」


 差し出された手を握り返せば、笑顔を向けられた。


「弓での援護、助かりました」


「それがアタシたち遠距離魔法を使う冒険者の仕事だよ。うちなんかは特にこの馬鹿が突っ走っていくから大変だ。そっちは? チームは組んでいるのかい?」


「はい。一応は。順位が低いので今回の戦争には参加できませんでしたが」


「じゃあ、その相棒を大事にすることだ。うちみたいに少人数のチームは一人抜けるだけで厳しいからね」


「心に留めておきます」


 ミルクを飲みながらボルトとエクレールの会話を聞いていると、酒場の入口からギルド職員が入ってきたのが見えた。真っ直ぐにジョーイルの下へ向かうと、紙を渡してそのまま去っていった。タイミングを考えれば戦争終結について王都からの謝状でも来た可能性はあるが、少なくとも僕には関係ない。


 とりあえず、今飲んでいるミルクを飲み干したらクローバーの泊まっている宿に向かうとしよう。


「おい! 全員聞けぇ!」


 声を上げたジョーイルはただでさえデカい体で椅子に乗って注目を集めた。


「今し方、ギルドより順位昇格の知らせが届いた! 正式には後日、ギルドで更新する必要があるが今日は昇格した者に付いた二つ名を発表しよう!」


 そして酒場内が盛り上がる。冒険者というのは本来こういうバカ騒ぎをする集団なのだろうな。


 続々と発表されていく中で、僕の名前が載っていないことを願っていたのだけれど。


「――次だ! 第六位のロロ! 二つ名は虎狼! 虎狼のロロだ!」


「……どちらかというと魔物よりっぽい呼び名ですね」


「本来であれば魔法を元に付けられることが多いが、ロロの場合はそのすばしっこさと手数の多さで名付けられたようだな。じゃあ、次だ!」


 向けられていた視線が無くなり、残っていたミルクを飲み干した。


「まぁ、最初は慣れねぇもんだ。俺ちゃんだって二つ名を付けられた頃は自分から名乗ることもなかったが、次第に二つ名だけで呼ばれることも出てくる。死なねぇ限りはな」


「それはどちらも困りものですが、一先ずは死なないことを第一に考えることにします。では、僕はこの辺で」


「なんだ、もう行くのか」


「はい。チームの仲間も待っていますので」


「そうか。じゃあ、ロロ。また会えるのを楽しみにしているぜ」


「アタシもな」


 求められた握手に応じていれば、後ろから頭を鷲掴みにされた。


「私に挨拶もなく行くつもりか? ロロ」


「ジョーイルさん。いえ、ちゃんと挨拶をしてから出て行くつもりでした。魔族討伐と戦争の勝利、おめでとうございます」


「何を他人事みたいに言っているんだ。魔族を殺せたことも戦争に勝利できたことも、お前が居たからだ。ロロ。もちろん、ボルトもな。もしもこの先、何か困ったことが起きた時はギルド伝いで良いから私に連絡しろ。いつでも力を貸そう」


「ありがとうございます。その時は、頼らせていただきます」


 握手を交わして、酒場を後にした。


「……」


 改めて理解した。僕にとって英雄は殺すべき憎む相手だが、たぶん冒険者そのものも苦手なんだと思う。それはノリとか雰囲気もそうだけど、もっと根本的に――人を救いたいという感覚こそ、僕に欠けているものなのだろう。命を賭けるのは無理だ。少なくとも、両親の仇を討つまでは。


 宿に入り用意されていた部屋へと向かえば――ドアの前に立つ人影が見えた。


「ロロくん。良かった。帰ってきた」


「もちろん、帰ってきますよ。……部屋に入りましょうか」


 一人部屋の中に二人。必然的に僕はベッドに座ってクローバーは椅子に腰を下ろした。


「それで、戦争には勝ったんだよね?」


「はい。恙無く。クローバーさんは昨日も部屋の前に居たんですか?」


「ううん。今日の昼間に戦争に勝ったことが噂になっていたから。……どうだった?」


「どう、と訊かれると難しいですが……それほど苦労はしませんでしたね。第二位のジョーイルさんを始めとして、頼りになる方も多くいましたから」


「そうじゃなくて、私が言いたいのはロロくんが……その……」


 口籠る姿を見て、何を言いたいのかがわかった。


「僕が英雄を殺した犯人だとバレなかったか、ってことですね。それはおそらく問題無いと思います。あの場でそれだけのことを気にしていた人がいるとは思えませんし、何よりも――皆、勝利に酔っています。これ以上に依頼でも無い戦いをすることは無いでしょう」


「そっか。なら良かった。じゃあ、しばらくゆっくり出来るの?」


「いえ、可能ならできるだけ早く……明日の朝にでもジルニアを離れたいです」


「次はどこに向かうの?」


「ここより西にある山――ニコウ山に英雄の一人がいるようなのでそちらに向かいます」


「わかった。あ、ロロくんがいない間に準備は整えてあるからいつでも出発できるよ」


「助かります。それでは明日の朝一に宿を発つとしましょう」


「うん。じゃあまた……私、邪魔になってない、よね?」


 不意な質問に、息が漏れた。


「今更ですね」


「ロロくんは一人で戦って、それで帰ってきたから……私は――」


「元々これは僕一人の復讐だったことをお忘れですか? それでもクローバーさんと共に行動することを選んだんです。今の僕らは仲間――チームです。クローバーさんが僕と共に行動することを選ぶのであれば、感謝しかありません」


「……わかった。じゃあ、また明日ね」


「はい。また、明日」


 去っていく背中を見送って、脱いだロープをベッドに広げて全てのナイフを並べた。


 荷物は多い。そんな中で圧縮魔法を使えるクローバーは重宝しているが、さすがに荷物持ちだからってわけではない。


 おそらく英雄を前に理性を失い掛ける僕を止めることが出来るのは今のところクローバーだけだ。たぶん、似たような憎しみを抱えているから――だからこそ、共に行動することにストレスは無い。


 ルール二・人は嘘を吐く。信用するなら後悔するな――わかっている。それでいい。それでこそ、僕だから。

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