第16話 中央都市・アルデゴ

 整備された道を進んでいくと、馬車や荷車が並ぶ列を見付けた。


「あれって、街に入るために並んでるの?」


「そうですね。商人の列です」


「商人の……アルデゴって私でも聞いたことあるんだけど、有名なの?」


「有名と言いますか……どこから説明しましょうか。中央都市・アルデゴは旧王都です。魔王と敵対していた頃は今よりも治安が悪かったので、情勢を把握するためにその名の通り中央に位置するアルデゴを王都とするのが都合が良かった、ということですね。魔王が倒された一年後に王都が南側へ移されたのは知っていると思いますが、アルデゴは中央に位置するその利便性を活かして、今は商人が統治する街へと変わり大陸の流通を担っています」


「そうなんだ。私、知らないことばっかりだ」


「まぁ、あくまでも商人に必須の知識であって冒険者には然程関係ありませんからね」


「そういうものかなぁ」


「はい。そういうものです」


 会話をしながら、グラスライノゥを引き摺りながら商人の列の横を通ってアルデゴに向かっていく。


「ん? あれ? 私たちは並ばなくていいの?」


「はい。商人が街に入るには荷物や商品に取扱禁止の物がないか、危険な物がないかなどを調べなければいけないので時間が掛かりますが、冒険者などは他の入口があります」


「ロロくんは来たことあるの?」


「幼い頃に一度。ですが、その時はまだ王都でしたので、今よりも出入りは厳重だったと思います」


 そうこうしているうちに兵士の立っている門に辿り着いた。


「冒険者か?」


 その問い掛けにローブの間から認識票を出した。


「それは換金所に持っていくのか?」


「そのつもりです」


「じゃあ、こちらから早馬を出して伝えておく。ギルドは街に入って真っ直ぐ進んだ突き当りにある」


「わかりました。ありがとうございます」


 駆けていく馬を見送って、開けられた門から街の中へと入ることが出来た。ほぼ素通りだな。


「あの人達も冒険者?」


「いえ、あの方々はアルデゴの商人が共同でお金を出して雇っている兵士です」


「……何が違うの?」


「ん~、例えば冒険者であれば元の依頼者とは別に、より高い金額で雇ってくれる依頼者がいれば、そちらに乗り換えることが出来ます。もちろん色々と条件はありますが、冒険者にはそれが許されています。悪評が立とうとも腕が良ければ雇われますからね。ですが、兵士の場合は固定の金額で長期の仕事をするので安定した収入を得ることが出来ます。そんな兵士が金で寝返ったとなれば、その後の生活は想像に難くありません」


「は~……つまり、兵士は安定で安全! 冒険者は不安定で心配! ってこと?」


「まぁ、大体そんな感じです」


 しかし、実際にはもう少し複雑な契約を結んでいるはずだ。この街を訪れるのは何も冒険者やひと稼ぎしようと考える商人だけではない。流通禁止物で稼ぐ悪い商人に加え、この場に集まる商品を狙う盗賊などもいる。故に書類仕事以上に腕が立つことが条件だ。兵士になるのもそう簡単ではないのだろう。


 そんな兵士が街の至る所にいるわけだ。良く言えば安全だが、悪く言えば問題を起こせば即拘束、連行されて、下手をすればこの街への立ち入り禁止になる可能性もある。先のことを考えれば、あまり目立たないほうが良さそうだ。


「それにしても周りの人たち、全然こっちを見ないねぇ。こんな大きな魔物を運んでるのに」


「商人が扱う商品に驚いていては仕方ないですからね。生きている魔物なら未だしも、見慣れているんだと思います」


 などと話している間に突き当りまでやってくると、出入りの激しいギルドの横の建物の前に立つ小汚い男性が駆け寄ってきた。


「おぉおぉ、来たな! こりゃあいい! グラスライノゥか!」


「換金所の方ですか?」


「その通り! 中に入れ! 早速鑑定しよう!」


 嫌にテンションの高い男だが手際は良い。


 グラスライノゥも問題なく通れる入口から鑑定所の中へと入れば、男は建物内に響き渡らせるように手を叩いた。


「おい、お前ら! 大物がおいでなすったぞ! 今日の競りの目玉だ! すぐに鑑定しろ!」


 その言葉に一斉に駆け寄ってきた男たちがロープを受け取ってグラスライノゥを引き摺って行った。


「忙しなくて済まねぇ。ここはいつもこんな感じでな。血抜きは?」


「八割方済んでいます」


「そんなら鮮度は落ちてねぇな。しかもメスとくりゃあ良い値が付くはずだぜ」


「オスかメスか、見ただけでわかるんですか?」


「おうよ。まぁ、魔物にもよるがグラスライノゥはわかりやすい。お前さんらが連れてきたのは体が蔓に覆われていただろ? あれがメスの証だ。オスの場合は頭から角に掛けてが蔓に覆われているからな」


「なるほど。そういう見分け方があるんですね」


「ロロくんでも知らないことあるんだね?」


「むしろ知らないことばかりですよ。こうやって一つずつ知っていくんです」


「おっと、そういや認識票を確認してなかったな」


 言われてローブの間から認識票を出した。


「ロロと、クローバー、だな」


 書類に書き込む姿を見ながら、先程の会話を思い出した。


「そういえば先程、競りと言いましたか?」


「なんだ、お前さんらこの街は初めてか? 他の街じゃあ鑑定所が引き取った魔物や素材はギルド指定の店に卸すことになっているが、ここアルデゴでは規定以外の魔物や素材は商会ごとで競りを行う。競り勝った商会が、そこから鍛冶屋や装備屋に卸し、加工を施して街にやってきた冒険者などに高く売るってのがここのやり方だな」


 商人を自由にさせておくのではなく、むしろギルド主導で取り仕切っているってことか。


「だからこそ、この街に人が集まるんですね」


「まぁ、そのすべてが善人ってわけでもないがな!」


「人が増えればそれだけ面倒事も増えますからね」


 自分で言っていて言い得て妙だと納得してしまう。


 そんなやり取りをしていると、先程グラスライノゥを運んでいった一人が書類を手に戻ってきた。


「おっ、来たな。……鑑定額は金貨二十枚ってなところでどうだ?」


「……多いですよね?」


「この街じゃあ競りに出すもんは相場に上乗せってのが常識だ。理由がわかるか?」


「競りでつり上がるから、ですよね?」


「そうだ。もしも落札額が二倍以上になったらその内の一割が冒険者に支払われる。そんでもってだ」


 差し出された二本の細い棒を受け取れば、細かい模様が彫られていた。


「これは?」


「それを持っていれば競りに参加できる。まぁ、参加と言っても見学できるだけだが――興味があれば行ってみるといい。夜の八時、旧王城にて行われている。一見の価値あり、だ」


「検討しておきます」


 金貨を受け取り換金所を出ると、踵を返したクローバーがギルドの背後に聳え立つ旧王城を見上げた。


「……行かないの?」


「現状ではなんとも言えませんが……行きたいですか?」


「うん。行ってみたい、かも」


「わかりました。では、行くことを前提にして――まずは食事にしましょう」


「はいっ! 私がお店選ぶ!」


「どうぞ」


 そうしてクローバーの選んだ店に入り、席に付いた。


「いらっしゃい。ご注文は?」


「ミルクをお願いします」


「私も!」


「はいよ。ミルクが二つ、と。料理はどうする?」


「何かオススメのものを適当にお願いします」


「かしこまりー」


 ノリの軽い店員が下がり、ミルクと料理が一頻り揃ったところでクローバーがグラスを傾けてきた。


「はいっ、かんぱ~い」


「乾杯、です」


 グラスを合わせて、まずは失った血を取り戻すために黙々と食事を済ませ――クローバーが徐に口を開いた。


「それで……これからどうするの?」


 今日この後、ではなく、これから先どうするのか、だろう。


「まずは手掛かりを探します。商人の街なので多くの情報が得られるはずです」


「この街に居るって可能性は?」


「どうでしょう……居るなら居るでもう少し名前が聞こえてきてもおかしくない気もします。すでに所在が知れているのは二人で、残りが九人。大陸の広さから考えると――探ってみましょうか」


「私は何をすればいい?」


「とりあえず、時間です。そろそろ王城へ向かいましょう」


「おぉー、競りだ!」


 意気揚々と立ち上がったクローバーを見た店員が近寄ってきた。


「代金は銅貨二十枚だ。競りに行くのか?」


「はい。これから」


 銀貨を手渡し、差額分の銅貨を受け取れば企むような笑みを浮かべて見せた。


「今日の競りには面白いもんが出るらしいぞ」


「面白いもの、ですか」


「ああ。詳しくは知らないがクエストが出品されるって噂だ。冒険者なんだろ? その目で確かめて来いよ」


「そうします。ご馳走様でした」


「でした~」


 時刻は八時よりも少し手前。


 旧王城へと向かえば入口の前に立っている門番に止められた。


「参加証は?」


 言われて換金所で渡された模様の入った棒を差し出した。


「冒険者か。始まるギリギリで来るとは大物だな。もう良い席は残っていないが、後ろのほうなら空いているはずだ。急げよ」


「わかりました」


「皆そんなに早く来てるんだねぇ」


「まぁ、僕らは競りに参加しに来たわけではありませんから」


 長い廊下を進んでいけば、また兵士の立つ入口があり、そこを通れば――円形のステージを扇状に囲む客席があった。段差になっている席の前から中程までは人で埋め尽くされている。


「ロロくん、こっち!」


 手招きするクローバーは全体を見回せる一番後ろの席に座っていた。


「そろそろ始まりそうですね」


 腰を下ろしローブのフードを目深に被れば、ステージを照らす明かりが切り替わった。


 さぁ、競りが始まる。

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