第15話 一夜の成長

 荒れ果てた墓地を望める一本樹の風見丘で、少しの休憩を取ることにした。


 流し過ぎた血を補うために干し肉を食べながら、地面に落ちた大岩や樹を圧縮し直すクローバーを見て、それもそれで面倒な魔法だな、と静かに肩を落とした。


 さて――気が付いたことがある。


 英雄たちは強い。確かに強いが、傲りがあるし慢心もある。故に付け入る隙もあるわけだがそれ以上に、おそらくは互いを補い合っていたのだろう。英雄譚を読む限りでは、十三人がそれぞれに最強だという印象を受けるけれど、そんなはずはない。ブラフは攻撃魔法に劣り、ヴァルトは物理的な力が劣っていた。そうでなければ大鎌を受け止めた僕の手は斬り飛ばされていたはずだ。


 つまり、本からでは読み取りにくい英雄たちの弱点を見極めることが出来れば、この先も復讐を遂げることができるというわけだ。


「……それにしても……」


 使ったポーションや干し肉を抜いた雑嚢の中を整頓しているが、やはり煙玉などは普段から使っていないと、いざという時に使えないな。


 しかし、人と魔物とでは戦い方が違う。組手や模擬戦は数え切れないほどやってきたけれど、同じ相手と戦い過ぎると癖が付く、とウルステ村を出る数年前からは山の中で魔物と戦うことも多かった。


 とりあえず対人で試してみるとしても、装備だけじゃなく、防具に関しても考え直したほうが良さそうだ。


「今は次への手掛かりが欲しいですね」


 墓地へと降りて、生気のないヴァルトの死体に近寄った。


 長年この場に留まっていたにしては軽装過ぎる。ポケットには何も無く、腰の雑嚢には木の実の入った袋と水が。この近くに小屋か何か、寝泊まりする場所があると考えるべきだろう。


「ロロくん!? 何やってるの、まだ傷が塞がってないでしょ!?」


 駆け寄ってきたクローバーに掌を向けて、開いて閉じてとやって見せた。


「傷は塞がっています。問題は貧血と疲労感ですね」


「そんなのうそっ! そんなわけが――」


 腕に触れ、包帯を捲れば傷口の無い肌が出てきた。


「この通りです」


「凄い。本当に塞がってる……」


「前に話したナチュラル・ギフトも要因の一つですが、一番は針養豊樹の実のおかげです。あれは体の治癒力を爆発的に上げるので」


「そうなんだ……ヴァルトは持っていなかったのかな?」


「持っていたとしても意味はありません。治癒力を上げるだけであって、破壊された臓器までは修復されませんので。どういう状況であっても、僕は致命傷を与えていました」


「そう、だよね」


「まぁ、過ぎたことはいいとして――おそらくこの近くに寝泊まりできる小屋などがあるはずです。探しましょう」


「うん。一緒に行く」


 森の中には魔物がいるから、ではなく、ふらつく僕が心配だから共に行動したいんだろう。まぁ、こちらとしてもクローバー一人で森を歩かせるつもりはない。


「では、付いてきてください」


 伊達に山での鬼ごっこを繰り返してきたわけじゃない。人が通った跡などは簡単に見つけられる。


 丘から奥へと進み、森の中へ。


 微かに沈んで踏み固められている地面と、草木の生え方が不自然なほうへ向かう。


 すると、樹々の間に焚き火跡と張られているテントを見付けた。小屋では無かったか。


「お~、テントだ。……そっか。テントなら持ち運びできるんだ」


 呟くクローバーを背に、テントの入口を開けた。


「中央樹海に住んでいる時点で予想はしていましたが……世捨て人ですね」


「何も無い?」


「はい。必要最低限の生活を送れるものだけです。次の英雄に繋がるものは無さそうですね」


 雨水を溜めたのであろう樽に、木の実と干し肉が少々。寝袋は置いてあるが、火の番をしながら外で寝ることが多かったんじゃないかと思う。あの大鎌は、このテントには入らないしな。


「じゃあ、ジルニアに戻る?」


「……いえ、このまま進んで中央都市・アルデゴに向かいましょう。大きい街ならそれだけ情報も集まりやすいですから」


「近いの?」


「それほど遠くはないはずですが、出発は明日の朝にしましょう」


 木の実と水を貰って、風見丘へと戻った。


「そういえば、森の中だったのにテントもあの周辺も綺麗なままだったね。私たちみたいに襲われてなかったのかな?」


「早贄で狙うのは生物のみです。ヴァルト自身が襲われなかったのは……これは僕の想像ですが、おそらく長年この森に住み続けた結果、森と同化したのでしょう。認められた、と言い換えても良いですが」


「森全体が一つの生物として存在している感じ? ……私たち大丈夫かな」


 言いたいことはわかる。


「そうですね。ですが、あくまでも植物です。枝葉の先が切られたところで気にすることはないでしょう。さぁ、野営の準備を」


 焚き火と食事を用意している間に日は落ちた。


 干し肉や豆ではない新鮮な木の実にクローバーの顔は綻んでいるけれど、こちらを見ると途端に口を結んだ。


「ねぇ、ロロくん。聞いてほしいことがあるんだけど」


「……なんでしょう?」


「私ね……私の両親がいなくなった後、引き取られた家でも暴力を受けていたの。ああ、私の人生はこうやって終わっていくんだなーって思った時に、今度は奴隷として売られた。それで、もう駄目かなって時にロロくんが閉じていた幕を開いてくれた。しかも――助けてくれた。その時に決めたの。私はロロくんに付いていって、ロロくんの力になりたいって。だから、何を言われても付いていくよ。私の命はもう、貴方のものだから」


「それは荷が重いのでやめてください。クローバーさんの命はクローバーさんのものです。ですが、その気持ちは有り難く受け取らせていただきます」


「そっか……ありがとう」


 本当は――僕の命に代えてもクローバーさんを守ります――とか言えたらよかったのかもしれないけれど、僕の命は僕の裁量でどうにかできるものではない。


 の命の向かう先は、一つしかないのだから。



 ――――



 翌朝、風見丘では早贄が行われなかった。


 この場所だけが樹海とは切り離されている空間だからかもしれないが、昨夜まであったヴァルトの死体が大鎌を残してその場から消えていた。生気が無くとも血肉は栄養になるから養分にされたのかもしれない。


 そのことを敢えて口にすることもなく、アルデゴに向かって出発した。


 太陽の位置で方角を見極めて樹海の中を進んでいく。入ってきた時とは違い、植物の魔物もほとんど居らず安心して歩くことが出来る。


「また針養豊樹でもいればいいんだけどね~」


「確かにあの実は便利ですが、六十年物のような長寿樹に出くわすのは稀なことです」


「そっか~。残念」


 針養豊樹は強いほうだが、比較的弱い魔物でも出て来ればクローバーに戦ってもらおうと思っていたのが、それも叶いそうにない。


 経験も必要だが、それと同じくらいに自信も必要だ。自分の手で、自分の技術で魔物を倒せるという自信が。


 アルデゴに付いたらギルドに寄って、何か簡単な討伐クエストでも受けようか――などと考えていた時、目の前まで魔物が迫ってきていた。


 完全に気が緩んでいた。


「ロロくん、ここって植物の魔物だけなんじゃ……」


「いえ、植物系が多いというだけで他の魔物も普通に生息しています」


 睨み合っているのはグラスライノゥ――鼻先から突き出た大小二本の角と体を覆う蔓が特徴の四足の魔物だが、基本的には真っ直ぐに突進することしかできない。故に対処法はいくらでもあるが、さすがにクローバーには任せられないな。


「どうする? 襲って来ないなら逃げられるんじゃない?」


「いえ、背を向けた瞬間に襲われます。僕が倒すのでクローバーさんは下がっていてくださ――っ」


 ナイフを抜いて一歩踏み出した時、視界が歪み体の力が抜けて地面に膝を着いた。こんなタイミングで貧血か。さすがに干し肉や木の実だけでは万全にはならなかったようだ。


 とはいえ、そんなことも言っていられない。グラスライノゥは僕がナイフを抜いた時の殺気に中てられたのか、すでに戦闘態勢に入っている。


「ブルルッ――フゴォオオオ!」


 突進してくるグラスライノゥが見えているが、体が起こせない。


「私に任せて! 圧縮解除!」


 すると、飛び出したクローバーの前に地面に減り込むほど巨大な盾が現れてグラスライノゥの突進を防いだ。これぞ圧縮魔法の真骨頂、みたいな使い方だな。


 ガンッガンッと角を突き付けられているせいでこちら側に押し込まれているが、倒れることは無さそうだ。


「ありがとうございます。僕が行きます」


 大きく息を吐いて立ち上がり、クローバーと盾を越えてグラスライノゥの眉間にナイフの柄を振り下ろした――が、それと同時に頭を振り上げられて弾かれた。


 元より皮膚が厚い魔物だから打撃で脳を揺らすつもりだったが無理だった。ならばと、空中で体を回転させて地面に落ちる直前でグラスライノゥの前脚内側の付け根の柔らかい場所を斬り裂いた。


 すると、一気に血が溢れ出したが倒れることなく暴れ出した。


「っ――マズい」


 致命傷になるはずだが、こちらも貧血で動けなくなってしまった。この場から移動しなければ巻き込まれる。


「ロロくん!」


 声と共に体を盾の陰に引っ張られ、クローバーに抱えられた。


 盾の向こう側で動き暴れるグラスライノゥの声と音を聞きていると――徐々に静かになり、最後には地面に倒れる振動を感じた。


「クローバーさん。もう大丈夫です」


「あ、うん」


 腕を放され立ち上がれば、未だ意識はぼんやりとしているが動けないほどではない。


 倒れたグラスライノゥの周りには血溜りが出来ていた。体はまだ温かいけれど、すでに息絶えている。傷口から零れ落ちる血を見て、雑嚢から取り出した水筒に流し込み、飲み込んだ。


「っ――ふぅ……不味い」


 だが、これで暫くは貧血から解放される。まぁ、あくまでも街に付くまでの急場凌ぎだ。食べて寝れば治る。


「ロロくん、大丈夫?」


「はい。もう動けます。……クローバーさん。ロープか何か持っていませんか?」


「持ってるよ~」


 投げ渡されたロープをグラスライノゥの体に巻き付けていると、流れ続けていた血がようやく止まった。血抜きには不十分かもしれないが、そのために大きな血管を切ったんだ。問題ないだろう。


「もう少しで樹海を抜けます。行きましょう」


「私も手伝うよ」


 一本のロープを二人で握り、樹海の中を進んでいく。


「……そういえば、圧縮魔法には詠唱が必要ないんですよね? ヴァルトの時もそうですが、なぜ圧縮解除、と?」


「ああ、それね。体感だけど、解除する時は考えるよりも口に出したほうが早いんだと思う。自然と意識できるからかも」


「なるほど。そういうものですか」


 魔法に関しては何も言えないけれど、使うタイミングがわかるのはこちらとしても有り難い。


 会話もそこそこに、やっと樹海を抜け出した。


「出た~」


「ついでに、すでに街壁が見えていますね」


「あの大きいところ? ……ジルニアより大きい?」


「大きいです。おそらくは二倍から三倍程度には」


「へぇ~」


 しかし、まだまだ距離がある。


 一先ずは街へと続く整備された道に出ることを目標にしよう。

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