第13話 風見丘の墓地

 翌日、クローバーと共に鍛冶屋を訪れた。


「おう、待ってたぞ」


 すると、男性は布に包んだ二本のナイフを差し出してきた。


「確かめてくれ」


「ありがとうございます」


 取り出したナイフを手の中で遊ばせてみるが、重さなどには変化が無い。黒い刀身もそのままだが、刃に触れて気が付いた。明らかに硬度が増している。


「どうだ?」


「素晴らしいです」


「元の加工に癖が無かったから、こっちも加工し易くて助かったよ。ただ少し刃が痛んでいたからな。この先も使い続けるつもりなら丁寧に扱うことだ」


「ご助言痛み入ります」


「いやなに、こっちも昔の仕事を思い出せて楽しかったぜ」


「昔の仕事って?」


「お、気になるかい嬢ちゃん。まぁ、大した話でも無いんだがな。魔王討伐後にこの町に立ち寄った英雄の話だ。その時は俺の師匠が工房を回していたんだが、受けた依頼が今回と同じ聖物を使った武器の加工。仕事自体は大したことなかったが、それが魔王亡き後だったこともあって訊いたんだよ。なんのために? ってな」


「その英雄はなんと答えたんですか?」


「救済するため、だとさ」


「救済?」


 クローバーは疑問符を浮かべているが、僕には心当たりがある。


「その英雄というのは、もしかしてヴァルトですか?」


「おお、よくわかったな。英雄の一人であるヴァルトだ。まぁ、金払いも良かったから理由がどうあれ仕事は受けたし、結果的に人生で最高の仕事が出来たってことでそれを機に師匠も引退した。有りがちだよな?」


「そうですね。良くある話です。そのお師匠さんとは話せますか?」


「いや、二年前に死んだよ。何か訊きたいことでもあるのか?」


「その英雄がどこに向かうつもりだったのか、などを。知っていることがあれば訊きたかっただけですので……」


「ああ、それなら聞いた気もするが、なにぶん十年近く前のことだから……なんと言ったか……墓地? あの時はなんとかっていう墓地に行くって言ってたな」


「墓地、ですか……それだけでも十分です。ありがとうございました」


「こちらこそ良い仕事をさせてもらった」


 握手を交わし、鍛冶屋を出たところでクローバーが視線を向けてきた。


「墓地って、場所わかるの?」


「おそらくですが、風見丘の墓地だと思います」


「風見丘? 聞いたことないかも……」


「知らないのも無理はありません。魔王が討伐されるよりも以前のこと――十三人の英雄が現れる前に魔王討伐へ向かった冒険者たちが埋葬された墓地です。人も寄り付かず管理もされていない場所ですが、行ってみる価値はありますね」


「ロロくんはなんでそんなに物知りなの?」


「知り合いに元冒険者の方が多かったので、その関係で色々と教えていただきました」


「へぇ~、なるほど。すぐに向かう?」


「そうですね。僕は必要なものを買い揃えてくるので、クローバーさんは宿に戻って支度を整えてきてください」


「わかった!」


 さて、こちらは買い物だ。


 食べる物は現地調達を基本とするが、念のために干し肉と豆を。あとは金があるうちに煙玉などの道具を買っておこう。


 必要なものを買い揃えて宿へ向かえば、出てきたクローバーと鉢合わせた。


「行けますか?」


「うん。準備万端! グリークさんには会っていかなくていいの?」


「現状では生きていることを知っている者すら少ないので、僕らのような他所から来た冒険者が度々屋敷に出入りするのも迷惑でしょう」


「それもそっか。じゃあ出発しよ~」


 町を出て南へと向かう。


 風見丘の墓地は人が住む地域のほぼ真ん中に位置していて、中央樹海の中にある。


 中央樹海にいる魔物はそれほど強くないが、植物系の魔物が多いこともあって実入りの少なさから冒険者はあまり足を踏み入れない。加えて墓地もあることから行商人などの通り道になることもない。


 樹海に入って半日――日が暮れてきた。


「そろそろ野宿する場所を決めたいのですが、どこが良いですか?」


「魔物の来ないところ?」


「ですね。しかし、樹海の中で確実な安全は保障できません。洞窟などがあれば比較的に危険は少ないのですが……」


「はいっ! 木の上は?」


「……そうしましょうか。太めの樹で、枝に乗れるものが良いですね」


「魔物かどうか確かめる方法はあるの?」


「いくつかありますが、今回は手っ取り早い方法を使いましょう」


 そう言って取り出した火打ち石を手に巨木に近寄って火花を散らした。


「それでわかるの?」


「はい。剣で傷付けたり魔法を使ったり色々と試す方法はありますが、それだけ樹が傷んでしまいます。このやり方だと手間はありますが確実です――っと、この樹は大丈夫です。登れますか?」


「問題なーし。よいしょ――っと」


 すると、クローバーは軽々と木に登って太い枝に腰掛けた。


 ロジャーズ縦穴の時にも思ったが、やはりクローバーの身体能力は高い。戦いという意味ではまだまだ発展途上もいいところだけれど、武器の扱いに関しても勘が良い。とはいえ、体力の無さは否めないし経験もないから、まだまだ安心はできないが。


 僕も同じ樹の別の枝に登って腰を下ろした。


「クローバーさん。食事は持ってきていますか?」


「うん。言われた通り干し肉と豆をね」


「では、軽く食事を済ませたら寝てください。夜明けと共に行動を開始します」


「はーい」


 そうして夜は更けていく。



 ――――



 翌朝、刺すような気配と共に目が覚めた。


 直前まで迫った鋭い枝を視認するのと同時に、樹から飛び降りた。


「クローバーさん!?」


「こっち! 大丈夫!」


 樹の上ではなく、すでに地上に降りていた。


「身を低くして、呼吸を停めてください!」


「っ――」


 頭上で虫や鳥が木の枝に突き刺さるのを眺めて三分が経った。


「……ようやく落ち着きましたね」


「っ、はぁ――今の、なんだったの?」


「すみません。ついうっかり忘れていました。今のは早贄です。植物系の魔物の中には活動時間を極端に減らして養分を取り込もうとするものがいます。その方法が夜明けと共に樹海の中にいる生き物を捕食する先程の行動です」


「……もう平気なの?」


「一日に一回、早朝で生き物が油断している時を狙うので、もう大丈夫です」


「そっか……びっくりした……」


「それにしても僕よりも先に目覚めているのは意外でした」


「女の子は色々と準備があるからね」


「ああ……そういうことですか。ともかく、無事でよかったです。……出発しましょう」


 干し肉を齧りながら、再び樹海を進んでいく。


「そういえばさ、ロロくん。英雄のヴァルトってどういう人か知っているの?」


「僕の知識は本で得たものですが……ヴァルト――処刑人ヴァルト。英雄の中で最も死に対して意味を持たせようとした男です」


「処刑人? それだと救済とは逆っぽいけど」


「魔物も人間も、等しく魂を救済するには首を斬り離す必要がある、と」


「……なんで首? というか救済の意味もよくわからないんだけど」


「僕にもわかりません。ですが、本によれば――魂は体に縛り付けられていて、首を落とすことで空へ旅立つ、とか。それ故に処刑人と呼ばれていたようです。実態はその逆で、死を尊ぶ者、だとか」


「死を、尊ぶ? 誰が、誰の死を尊ぶって? 勝手な都合で殺しておいて、尊ぶも何も――っ」


 その瞬間、手でクローバーの口を塞いで地面にしゃがみ込んだ。


 口元に人差し指を立てて見せれば、うんうんと頷いたのを確認して手を放した。


「話の途中ですみません。あそこを」


 指差した先には根を脚のように蠢かし、樹々の中を歩く大樹がいる。


「……あれは?」


針養しんよう豊樹ほうじゅです。運が良いですね」


「え、好戦的に見えるけど……運、良いの?」


「はい。クローバーさんはそこに居てください」


 そう言ってナイフを手に飛び出せば、こちらに気が付いた針養豊樹は無数の枝を伸ばしてきた。


 避けた枝は地面に突き刺さっていく。


 針養豊樹に限らず、植物系の魔物の倒し方は核を破壊することだ。そうしなければ仮に燃やしたとしても再生してしまう。


 近付くにつれて増える枝をナイフで斬り弾きながら、一気に距離を詰めた。


「核の位置は――」


 特に守られている場所にナイフを突き刺し、柄に回し蹴りをして刃を押し込んだ。すると、メキメキと音を立てながら針養豊樹の体が崩れていった。そして、落ちてきた果実を受け止めた。


「それは?」


 やってきたクローバーに果実を手渡せば、首を傾げて鼻を寄せた。


「針養豊樹の実です。万能薬としても売れますし、そのまま食べても病気や怪我を治すことが出来ます。十年単位で一個なので、この個体は六十年生きていたことになりますね」


「おおっ、じゃあレアモノってことだ。大事に保管しておく!」


「お願いします」


 クローバーが果実を圧縮して仕舞い、再び樹海を進む。


 何度か魔物との戦闘を繰り広げ――樹海の終わりが見えてきた。


「結構遠かったねぇ」


「僕としては順調に来られたほうだと思っています。クローバーさんの歩くペースも速くなってきたので」


「徐々に慣れてきたからねー」


 墓石の並ぶ墓地の様子を確かめるために草むらに身を潜めるようにしゃがみ込めば、隣に来たクローバーが手を伸ばして指を差した。


「あれが風見丘?」


「そうです。あそこにある一本樹の丘が風見丘と呼ばれて――」


 そう言い掛けたところで息を呑んだ。


 風見丘の上に――一本樹の下に、一人の男が立っている。肩に担いだ大鎌と、その立ち姿からすぐに確信した。


 あれが処刑人ヴァルト。が殺すべき十三人の英雄の一人だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る