第12話 余波
町を出発してから三日後、無事に帰還を果たした。
まずはギルドへ。
さすがに三日も経てばギルド内に詰めている冒険者たちも落ち着いているが、どうやら英雄の死は未だに知られていないらしい。揉み消し――というよりは、町そのものがブラフの存在を無かったものとして処理をした、って感じの雰囲気だ。
こちらとしては英雄の死の話が出回ったほうが他の英雄の居場所も割り出しやすいかと思ったのだが……まぁ、仕方が無い。
「クエスト報告に来ました。ロジエント結晶の採掘です」
「はい。ロロさんと、クローバーさん、ですね。それで……ロジエント結晶はどこに?」
「ここだと危ないかもね」
すると、首を傾げたお姉さんはカウンターの下で資料を捲るのような仕草を見せた。
「……ああ、クローバーさんは圧縮魔法をお使いになるんですね。では、ギルドの裏にご案内します」
カウンターの向こう側に通されて、その先にあったドアを抜ければ建物の外に出た。そこには鉱石の他にも木片や植物などもあるからギルドの素材置き場なのだろう。
「ここでしたら大丈夫です」
「じゃあ――」
取り出したロジエント結晶の圧縮を解けば、空いていたスペースの半分ほどを埋め尽くした。
「これはまた……この量だと依頼の三倍はありますね。なので、達成報酬に加えて余剰分は正規の換金価格で引き取らせていただきます」
「はい」
「え~っと、依頼報酬が銀貨三枚で余剰分を合わせると――銀貨十二枚ですね」
「ありがとうございます」
渡された布袋を受け取って、ギルドの中を通って外へ。その足で隣の換金所へ向かった。
「換金をお願いしたいのですが」
「はい。何を換金なさいますか?」
その言葉に、クローバーに視線を向けた。
「全部出す?」
「いえ、まずは半分で大丈夫です」
幸いにも今、この場には僕たちしかいない。稀少な圧縮魔法を使っても問題はないだろう。
こちら側で圧縮を解いたクリスタルヘッジホッグの外皮と鉱石を出せば、それを見たお姉さんは目を丸くしてカウンターから出てきた。
「これは……クリスタルヘッジホッグですね。おそらく二十年物……しかも、体内に含んだ鉱石が長い時間を掛けて密度が増したことで聖物化しています。全てを換金してしまうんですか?」
「とりあえず、これと同じ量のクリスタルヘッジホッグの外皮鉱石がありますが、その中でナイフ二本分だけこちらに戻していただければ、と」
「だとすると……金貨三枚ですね」
「ナイフ分を抜いてもですか?」
「その程度は誤差なので査定は変わりません。如何ですか?」
その問い掛けにクローバーに視線を送れば、頷いてきた。
「それで大丈夫です。お願いします」
「では、まずは金貨をお渡しします。そうしたら残りのクリスタルヘッジホッグも出していただいて」
金貨を受け取って、残りのクリスタルヘッジホッグの鉱石を出せば換金所の奥から出てきた職員がそれを回収し始めた。
「すぐに確認を済ませてナイフ二本分の鉱石をお返し致しますので少々お待ちください」
「そんなに急がなくても大丈夫ですので」
そう言って、カウンターの向こう側で行われている作業を眺めていれば、不意にクローバーが体を寄せてきた。
「金貨三枚って大金だよね!?」
「そうですね。金貨一枚でも大金ですが、クローバーさんの取り分は金貨一枚と銀貨十枚です。それに合わせて先程のギルドからの報酬もあるので使い道を考えておいてください」
「ん~、ロロくんに任せるけどね~」
そんな会話をしていると、お姉さんが布に包んだ塊を持ってきた。
「お待たせ致しました。外皮鉱石の中でも特に純度が高いものを削り取りましたので、どうぞお持ちください」
「ありがとうございます。……ちなみにですが、聖物化とはなんですか?」
「聖物化とは浄化の力を付与された素材のことです。現在ではあまり使われていないので知っている方も多くないですが……鍛冶屋に向かわれるのであれば、そこの職人さんに訊いたほうが良いかもしれません」
「そうですか。では、そうします」
換金所を出て、次は鍛冶屋へ。
「僕は鍛冶屋へ向かいますが、クローバーさんはこのお金で必要だと思う装備を買い揃えてください」
そう言って所持金の半分を手渡した。
「こんなに……でも、何か買うならロロくんと一緒のほうが……」
「いえ、僕が指示する必要も、すべてを把握しておく必要もありません。大事なのはクローバーさん自身がどう考え、何を必要としているのか、です。ただ、武器や防具でしたら使うお金は手持ちの半分くらいにしてください。無駄遣いはしないように」
「……わかった。終わったらどこで待ち合わせる?」
「あそこの酒場にしましょう。おそらくは僕のほうが先に居ると思いますが、情報収集も兼ねているので買い物は急がなくても大丈夫です」
「うん。じゃあ、またあとで」
別れて、僕は鍛冶屋を訪れた。
「いらっしゃい」
そこに居たのは筋骨隆々の若い男性だった。
「ナイフの加工をお願いしたいのですが……これです」
クリスタルヘッジホッグの鉱石と共に二本のナイフをカウンターに置けば、それらを手に取った男性はまじまじと眺めながら頷いて見せた。
「これはまた……久し振りに見たな。聖物化した素材なんてのは稀少どころか忘れられた遺物みたいなもんだぞ?」
「その、聖物化について教えてもらえますか?」
「聖物化ってのは魔物が体内に入れた毒素を中和するために進化した状態のことだ。大抵は大型魔物の臓器の一部だったり、特定の魔物の一部だったりするが、極稀に長生きした魔物が変化することもある。こいつはクリスタルヘッジホッグだな? どこにいた?」
「ロジャーズ縦穴の最下層でロジエント結晶を食べて育っていました」
「なるほどな。道理で純度が高いわけだ」
「その素材でナイフの加工はできますか?」
「当然、出来る。聖物化した素材で加工をすれば浄化の力も付与されるが大丈夫か?」
「浄化、ですか?」
「魔王がいた頃にはアンデッド系の魔物を倒すのに必須の武器だったわけだが、今となっては数も少ないし聖水を買ったほうが割が良い。一昔前には料理人が聖物化素材で包丁を作って、魔物の毒素を浄化することで食えるようにしていた頃もあったが今では使われていないなぁ」
「どうしてですか? 便利そうなのに」
「料理の味ってのは雑味や苦みやらがあってこそ美味くなるらしいが、聖物の包丁ではそういうのも浄化しちまうらしい。要は毒も使いようってことだ。なんでもかんでも浄化していたら不味いもんが出来ちまう、と。だから、もしも料理をするつもりなら加工は待ったほうがいい」
「それでしたら大丈夫です。予備のナイフをあと二本持っているので」
「そうか。なら引き受けるが――この鉱石を合わせれば強度が上がり、切れ味も増し、浄化の力も付与される。だが、この重さは変えられないがそれでも良いか?」
「問題ありません」
「そんじゃあ二本で銀貨十枚だな」
「はい。それでお願いします」
銀貨を受け取った男性が作業に入ろうと動き出したが、思い出したように立ち止まって振り返ってきた。
「ああ、そういえば今は運良く冒険者からの依頼が取り消されたりなんだりで手が空いてる。また明日にでも来てくれ。たぶん、完成品を渡せるだろう」
「わかりました。では、また明日お伺いさせていただきます」
冒険者からの依頼取り消し……おそらくはそれもブラフが死んだことによる余波だろう。まぁ、そういうこともある。
鍛冶屋を後にして酒場に入れば、そこにはまだクローバーの姿は無かった。
それはそれとして――どうにも殺伐とした雰囲気だ。漏れ聞こえてくる会話と状況から察するに英雄が失踪、クエストが白紙、報酬の支払いも補填も無し。それでやさぐれているってところか。
「ご注文は?」
「ミルクをお願いします」
「はいよ」
店としては愚痴を言い合うために集まった冒険者が酒が
ミルクを飲みながらどう切り出して情報収集しようかと考えていれば、横の椅子にクローバーが腰を下ろした。
「いらっしゃい。ご注文は?」
「同じので」
「はいよ」
出されたミルクをクローバーが一口飲むと、こちらに視線を向けてきた。
「どうだった?」
「鍛冶屋のほうは
「うん。ちゃんと買って来たよ。情報収集って英雄のことを訊けばいいんだよね?」
その瞬間、酒場の空気が凍り付いた。集まる視線が痛い。
「それは……言い方に語弊があります。僕らが探しているのは魔王討伐後、各地へ散った十三人の英雄の居場所です。すでに失脚した方ではなく。何かご存知ですか?」
店主に問い掛ければ、途端に顔を曇らせた。
「あ~……知っての通り、この町には数年前から対外的な情報が入ってきていない。酒場の店主なんてのをやってはいるが、そういうことには疎くなっちまっているな」
「そう、ですか……」
この町に入るには制限があったが、この数日で実情が変わった。僕たちがロジャーズ縦穴に向かう時、入る時に居た門番の姿はなく、すでに出入りは自由になっていた。ブラフに加担していた冒険者は追放されたか自ら姿を消したのか……どちらにしても、この町は変わるだろう。戻る、と言ったほうが正しいか?
諦めた様にミルクを飲み干すと、新しいミルクを差し出してきた。
「だがな、坊主。情報収集に酒場って考え方は悪くねぇが、この町では間違いだ。なんたって、この町に来る冒険者連中のお目当ては酒なんかじゃねぇのさ」
「……娼館ですか。なるほど。これで合点がいきました」
この町の仕組み――いや、ブラフの策略だ。
ジルニアに入るには制限があるが、おそらくブラフのクエストを受けた冒険者や奴隷売買に関係している者の出入りは比較的容易く、それ以外は難しい。そして、なぜこの町に入りたがるのか。それは娼館があるからだ。つまり、冒険者たちは娼館で楽しむためにクエストを熟す。そうやって人を切らすことなく奴隷売買を続けてきたわけだ。
まぁ、今更それを知ったところで、だな。
それに娼館に入れるのは十八歳以上だ。これで現状では次に進む手立てが無くなった。
「……どうする?」
「大きな街にでも向かうか、この町に立ち寄る冒険者から話を聞くか……どちらにしても、今日は食事を済ませて宿を取りましょう。詳しいことは明日また話し合うということで」
「じゃあ、今日は私が奢ってあげる!」
「いえ、それは結構です」
「……ルール?」
「はい。ルールです」
「そっかー、じゃあしょうがない」
そう。しょうがないんだ。僕のルールは僕の一存でどうにか出来るものではない。縛りというよりも、むしろの呪いのようなもので――本当に、どうしようもない。
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