リリスについて

 事件が落ち着いて四日が経った。


 ミアはまだ目を覚ましていない。


 リリスの攻撃が余程深く入ったんだろうと、私は予想していた。


 でも詳しく調べてみると、原因は他にもあることが判明した。


 ミアがいつまで経っても起きない理由は、悪魔であるリリスの魔力が、彼女の中で暴走していることが原因だった。


 私が攫われたと知ったリリスが暴走して、ミアの腹を突き刺した時、無意識に体を蝕む魔法を同時に掛けていたのだろう。その魔力はミアの腹部から広がり、全身に行き渡っていた。


 リリスは地下にあるポーションを勝手に使ったことを謝ってきたけど、むしろそれで良かった。リリスが掛けた魔法は『病原菌』と同じようなものだ。しかも魔力の菌なので、ポーションで治すことは出来ない。普通の病気よりも厄介な代物だ。


 もしポーションを服用せず体が弱っている状態にしていたら、間違いなくミアは死んでいた。だから傷だけでも回復させておいて正解だったんだ。


 ──後は、ミア本人がリリスの魔法に打ち勝つだけ。


 私達に出来ることはない。


 私がミアを見守り続けて、ちょうど一週間。


 リリスも仲間に手を出してしまった罪悪感があるのだろう。彼女の世話をしていたいと申し出てきたけど、それは拒否しておいた。私ならミアの体調が急変した時、すぐに対応可能だ。だから私がつきっきりで看病していた方が良い。


 その代わり、リリスには店の方を任せている。彼女なら棚に入っている商品を全て覚えているし、何か問題があった時でも最良の働きをしてくれる。だから私は、安心してミアのお世話に集中出来るんだ。


「…………ぅ……ん、ぅ……あ、れ……わたし、は……」


 そんな時、ミアが目を覚ました。


 私は騒ぐことをせず、ミアの状態を観察した。


 呼吸は正常。魔力反応に問題はなし。若干顔が悪いけど、それは長い睡眠による体力の低下が影響しているのだろう。飯を食って安静にしていればすぐに治る。


 ……大丈夫そうだ。

 リリスの魔法による後遺症は残らないと思って良いだろう。


「目が覚めた? 良かった」


「あなたは……?」


「私はティア。リリスから聞いているでしょう?」


「……あなたが、ティアちゃんなの、ね」


 ミアが体を起こそうとするのを、私は手で制する。


「まだ起き上がらないで。あなたは一週間も寝ていたの。無理をしたらダメだよ」


「……はは、リリスに聞いた通りだわ。見た目によらず、ちゃんとしているって」


「ありがと。ほら、早く横になって」


 私はリリスを呼ぼうとして腰を浮かした……けれど結局その場を離れず、再び椅子に座り直した。


 リリスと会わせる前に、聞いておきたいことがあったんだ。


「本当のリリスを、あなたは見たんでしょう?」


「──っ、ええ」


 ミアは肯定した。


「……じゃあ、どうするつもり?」


「どう、って……?」


「リリスは悪魔だ。人間にとっては、魔族や魔物と同じくらいの敵なんでしょう? 存在するだけで、敵扱い。それは契約者も同じだ」


「……ええ、そうね」


「だからどうするのかを聞いているんだ。……ああ、心配しないで。最悪の結果となっても、ここに居られなくなったとしても、私はミアのことを恨まない。勿論、それはリリスも同じだと思う。……あの子はね、すごく嬉しそうにミアのことを話していたんだ。私にも仲間が出来ましたわ! ってね」


 あの時のリリスは、とても生き生きしていた。

 だから、もしミアが彼女のことを悪魔だと告げ口をしても、恨むことなんてしないだろう。


 ミアは俯き、悩んでいた。


 一週間ぶりの目覚めで混乱しているところ悪いけど、私には重要なことなんだ。


 ここで商売が出来なくなることは、別にいい。

 私達の知らない場所に行って、そこで新しく商売を始めればいいから。


 でも、リリスが悪く言われることは許せない。だって彼女は、何も悪いことをしていない。……時々、独り身の男性のところに行き、夢の中で精気を吸っているらしいけど、別に命に関わることではない。むしろ、町の平和に貢献している。


 悪魔だからって理由だけで、悪く言われる筋合いはないんだ。


「私は……何も言わないわ」


「本当?」


「ここで嘘を言ってどうするのよ。私にとって、リリスが悪魔とか関係ない。彼女が良い人だというのは、話していてわかった」


 正直、意外だった。


「私は勇者パーティーの仲間だった。様々な国や街を旅していたわ。様々な人に出会った。その中には正体を隠している悪魔や魔族が混ざっていた。……私はそういうのを見分ける眼があるからすぐに気が付いたけど、本当に平和を望んでいる彼らは、みんな良い人だった。……リリスは隠すのが巧妙で、全然気が付かなかったけどね」


「まぁ『悪魔公デーモンロード』だからね」


「悪魔公!? 悪魔の中でほぼ最上位じゃないの……はぁ、規格外な力を持っている理由がわかったわ。私が敵わないわけだ」


「それでミアは、本当にこのままリリスの仲間になってくれるの?」


「ええ、そう言ったはずよ──って何、どうしたの?」


 私は思わず、ミアの手を取っていた。


「──ありがとう」


「え?」


「リリスと仲良くしてくれて、ありがとう。本当に感謝している」


 私は何も出来ない。


 依頼に一緒に行くことは出来る。でも絶対に足手纏いになることはわかっていた。リリスは気にしないと言ってくれるだろうけれど、私がリリスの邪魔をしたくないって理由で、彼女を一人にしてしまっていた。


 だから、そんなリリスと仲良くなってくれたミアに、感謝をしていたんだ。


 ……これは内緒だけど、もしミアが助からなかったら、創造神の権能を使ってでも生き返らせるつもりだった。

 それくらいの感謝だ。こうして直接感謝の言葉を言うのは恥ずかしいけど。


 ──でも、これだけは言っておかなければならないと思った。


「これからもリリスと仲良くなってくれたら嬉しいな」


「勿論よ。私も良い仲間が出来て嬉しいわ」


 私のお願いに、ミアは真剣な眼差しで答えてくれた。

 彼女なら、リリスの良い相棒になってくれるだろう。私が埋められない穴を、補ってくれるだろう。


「本当にありがとう」


 私はもう一度礼を言い、深々と頭を下げた。

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