嵐の夜に 1
「──よし、出来た!」
戦場という名のキッチンに立ち、三時間が経った頃。
私はテーブルに並んだ料理達を見て、満足気に頷いた。
おばさんズにやばいほど訓練された私が身につけたのは、四種の料理だ。
全ての基本、ご飯を炊く。
リリスの好きなステーキ。
甘いデザートのパンケーキ。
最後に紅茶。
この四つを、地獄を乗り越えた私は習得した。
ご飯以外はリリスの好きなものを用意した。
どれも普通の人からしたら、作るのは簡単そうなものばかりなんだろうけど……ダークマターを量産していた私にとって、これは十分過ぎる成長だと思う。
リリスは私に色々なことをしてくれている。
彼女の負担を少しでも解消出来て、彼女が喜んでくれるような何かを考えた時、私は代わりに料理を作ることを思いついた。
……ここまで精神をすり減らすことになるとは思っていなかったけど、これを見せた時のリリスの顔を想像したら、なんか嬉しくて、今からワクワクが止まらない。
勿論、いつも料理を作ってくれるリリス以上のものを作れたとは思っていない。
それでも頑張って作った料理だ。食べてくれると信じたい。
……いつか、料理だけで満足しないで、他の家事も出来るようになりたいな。
そうしたらリリスの負担をもっと軽くさせられるし、いざという時──リリスが依頼で何処か遠くに行ったり、手が離せなくなったりした時に、代わりに私が色々と家事をしてあげられるかもしれない。
リリスは、そんなことをしなくてもいい。私が全部やるから、心配しないで。と言いそうだけど、自堕落が好きな私だって、もらってばかりなのは嫌なんだ。
それが例え従者からであっても、感謝の気持ちくらいは伝えたい。……でも、言葉で言うのは恥ずかしいので、こうした行動や何かのプレゼントで感謝をしたい。
「早く帰ってこないかなぁ……」
リリスは遅くても午後の6時に帰ってくると言っていた。
後はそれまで待っていればいい。
──リリスの帰りを待っていたら、外はもう暗くなり始めていた。
ふと時計を見ると、針は6時50分を指していた。
リリスが帰ると言っていた時間から、30分以上も過ぎている。
「どうしたんだろう?」
あのリリスが自分の言ったことを破るなんて、珍しい。
もしかしたら、何か問題が起きて遅くなっているのかもしれない。
……心配だけど、リリスなら大丈夫だ。今は勇者の仲間だったミアも付いているんだし、身の危険は何もないはずだ。
それに、心配だからってギルドに様子を見に行って、入れ違いになるのも嫌だ。
だから私は、ここでリリスが帰ってくるのを待つしかない。
リリスが出る直前に言っていた通り、嵐が近づいているのか、外はポツポツと雨が降り始めていた。
家を出る時に傘を持っていなかった気がするけど……大丈夫かな。雨に濡れていないと良いけど。
「早く、帰ってきてよ。リリス……」
料理が冷めてしまわないようにラップを掛けて、私はソファに横になる。
今日は色々あった。
横になった瞬間、その疲れがドッと襲いかかって来て、私はそれに逆らうことなく瞼を閉じた。
◆◇◆
──ドンドンドンッ!
「ん、んん……」
──ドンドン!
「……んにゃ……もう、なぁに」
扉を激しく叩く音に目を覚ました私は、欠伸を噛み殺して起き上がる。
音のする方向から考えて、叩かれているのは店の入り口の方? ……こんな時間、しかも嵐の夜にどうしたんだろう。何か急用かな。
外は本格的に降り始めていて、風の塊が何度も窓ガラスに当たっていた。
この程度で割れるような強度にしていないけど、騒音のせいで少し心配になってしまう。
「あーい、今行くよー……ふ、ぁあ……ねむ……」
こうして私が向かっている間も、誰かが扉を叩いている。
一体誰だ?
リリスが仕事から帰ってくる時は、裏口の玄関から入ってくから、彼女じゃないことはわかっている。
「はいはい。一体誰ですか……って、シュメルじゃん。どうしたの?」
先程から扉を叩いていたのは、町唯一のエルフにして医者のシュメルだった。
随分と急いで走ってきたのか、彼は傘もささず、大雨に当たってずぶ濡れだ。いつも落ち着いたシュメルを知っている私は、その姿に驚いた。
「……そんなに必死な顔して、どうしたの?」
「はぁ……はぁ、夜遅くにすまん。……助けてくれ」
シュメルが助けを乞うのは珍しい。
彼の腕は、技術が廃れたこの世界の中では、結構上の部類にある。
そんなシュメルが、私に助けを求めた。
つまり、私にしか出来ない事件が起きたということなんだろう。彼は私のお得意様で、この町では数少ない友達だ。助けない理由がない。
「わかった。何が必要?」
「薬を、ありったけ。怪我人が沢山いる。それと──」
「ちょっと待って。現場に向かいながら話してもらったほうが早い。大抵の薬は、その場で作れる」
「……助かる。こっちだ」
リリスと入れ違いになってしまうかもしれない。
それでも助けられる命があるのなら、その人を助けなければいけない。それが力を持つ者の使命だ。
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