近況を報告し合いました
それから私達は、互いの近況を報告しあうことになった。
「アイヴィスはどうしてここに? 魔王が人間の領地に来るのは危険でしょ」
「そこにティア様がおられるのであれば、行かない訳にはいきません」
「そうなの。でも、良く私が居るって気が付いたね」
「唐突に出現した魔力の反応がティア様に酷似していましたが……最初は気のせいだと思っていました」
そうか。私の存在は下界に落ちた瞬間から気付かれていたという訳だ。
いったいどんな魔力感知の広さだと呆れるけど、流石は魔王といったところかな。
「どうして私だと?」
「……正直なことを申しますと、こうしてティア様と会うまでは疑っていました。ティア様の反応に酷似しているとはいっても、神が下界に降りて来るのは珍しい。ましてやティア様は数千年の間、全く降りて来ませんでした」
「うぐっ……それはごめん」
私は最初に神託を告げてから、世界を部下に任せて深い眠りについた。世界創造で消費した私の力を蓄えるためだったけれど、残された我が子達は寂しい思いをしただろう。
そのことに申し訳なく感じた私は、頭を下げて謝罪した。
「世界を創った影響で深い眠りに付いていたんだ。時々起きる時はあったけど、まさか世界がこんなになっているとは想像もしていなかったんだよ」
「いえ、ティア様を責めているのではありません。そうだろうなと、こちらも予想していましたので」
なんと物分かりのいい我が子だろうか。
誇らしいよ、本当に。
──でも、一つ訂正だ。
私は降りて来たのではない。落ちてしまったのだ。
……でもこれは言わなくていいな。色々と説明するのが面倒だ。
もし言ったら、アイヴィスはどんな手段を使ってでも、私が天界に帰ることを手伝おうとする。彼は魔王だ。私以上に忙しい身なのに、私が招いた不注意のせいで余計な手間を掛けるわけにはいかない。
「その反応を感知した時、俺は色々と思考を巡らせました。ティア様が降りて来たのか。それともティア様がこの世界に、俺と同じような存在を新たに創り出したのかと。……どちらにしろ、俺はその者と会わなければならない。そう思い、機会を伺っておりました」
「すぐに来れなかったのは、魔王としての仕事があったからか」
「その通りです。小競り合いは続いているといっても、今や戦争はほぼ起こりません。ですが、事務処理というものが山のように残っており、配下にもそれが終わってからにしろと言われてしまいました……」
「その辛さわかるよ。事務処理は面倒だよね」
やっぱり、魔王は多忙らしい。
彼の気持ちは痛いほどに理解しているので、遠い目をして上──天界を眺めた。
「私も、最高神なんだから仕事をしろと、部下に何度も怒られたなぁ……」
「ティア様もでしたか」
「うん。お互いに苦労するね」
「ええ、全くです」
あれほど面倒でつまらない仕事はないと思う。まだ何かを作業的に作っていた方が楽しい。
思わぬところで悩みを共有した私達は、クスリと笑いあった。
「そうして処理に追われている時、ふと噂を小耳に挟んだのです」
「噂……?」
「どうやら俺が感知した者は、錬金術師を広めようとしている。そして新たにポーションという回復薬を作り上げたらしいと。そしてしばらく経ったころ、ポーションだけではなく様々な物を開発し、売り出して注目を集めている。それで余計に会いたくなったのです」
「だから無理言って来ちゃった?」
「…………はい」
「お茶目か」
「言い返す言葉もありません」
流石は我が子。私と同じで行動力はあるらしい。
「仕方ない──ほら、これをあげる」
そう言って渡したのは、一枚の鉄板だ。
普通の人にはただの鉄板に見えるだろう。でも、見る人が異なれば、反応は全く別のものとなる。
「お、おお! これは……!」
私は内心安堵の息を吐いた。
どうやら、アイヴィスはその領域に至っているらしい。となれば合格だ。
「こんな小さな鉄板に魔術刻印とは……しかも一つではない。二つ三つ……五つ!?」
アイヴィスは驚愕に目を見開くけれど、私は彼の言葉を否定する。
「残念、四つだ。これとこれ、この組み合わせをすると魔術刻印は融合して一つになるんだ。それなのに二つの効果は倍になる。魔術刻印の融合はドワーフでも開発していないんじゃないかな?」
「そんな貴重な技術を……よろしいのですか?」
「別にいいよ。それにこれはやろうと思えばそこまで難しいものじゃない。ただそこにいくまでの過程が難しいってだけでね。どうかこれを持ち帰って研究してよ」
これを見せれば、魔族の研究員は椅子から転がり落ちることだろう。
これでただ私に会いに行ったと言えなくなる。アイヴィスが文句を言われることはないと思う。
「ですが……」
「いいの。これは私からのお礼でもあり、母からの贈り物だよ。折角再開出来たんだから受け取ってよ」
母親……というには身長差がありすぎる。むしろアイヴィスがお父さんだ。もしこの町でアイヴィスを紹介したら、皆は絶対に逆だと思うことだろう。
「…………ありがとうございます。丁重に持ち帰り、大切に研究すると誓います」
「大袈裟だなぁ……」
ただの鉄板を恭しく受け取る様は、見ていて少しおかしい。
実践には使えない魔術刻印を埋め込んだだけの鉄板だ。この程度の物は別に壊してしまっても構わない。
むしろ研究が終わったら壊してくれとお願いしたい。こんな無意味な物を創ったことは、私の意義に反する。でも、魔族の技術が一歩でも向上するためには仕方がない。
だから一つだけ約束をした。
魔族がこれを研究し、本当に全てを解析し終わった時、これを完全に消滅すると。
最初は難色を示していたアイヴィスだけど、私からのお願いを断ることはなく、最終的には渋々と了承してくれた。
「……さて、と……これからどうする?」
「どう、とは?」
「もし時間があるのであれば、私に今の魔族の技術を見せてくれないかな。無理にとは言わない。時間がないのなら、またの機会でいいよ」
当分は帰ることがないだろうと踏んでいるので、またアイヴィスと会う機会はあるだろう。
今日は無理して来てしまったこともあり、なるべく早めに帰ったほうが彼のためでもある。それは本人もよくわかっているのか、申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。これ以上は部下に締められてしまう故、ここで帰ろうかと思います」
「うんわかった。別に気に病まなくていいよ──っとそうだ。また急に来られるとビックリするから、アイヴィスにこれをあげるよ」
「……これは?」
「通信機。この家と繋がっているから、何かあれば連絡して」
「おお、これはありがたい!」
プレゼントを貰った子供のようにはしゃぐ魔王。
……何だろう、見ていてとてもほっこりする。
体は大きくても、やっぱりアイヴィスは私の子供なんだなと、私は微笑むのだった。
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