取引成立です
「──何で!?」
これ以上ない必需品なのに、返ってきた答えは喜ばしいものではなかった。
私は声を荒げる。
どうして商品化が厳しいのか。
これがあれば、冒険者の死亡率はぐんと下がる。
冒険者の仕事が危険なのは、ヴァーナガンドさん──冒険者ギルドのギルドマスターが一番よくわかっているはずだ。
なのに、なぜポーションを否定するのか。
「ティアさんもよくわかっているはずです。この町は田舎だ。国家から支援金は多少出ているものの、これを大量受注は……出来ません」
…………ああ、そういうことか。
二人揃ってポーションがダメだと言った理由を、今理解した。
「あなたが狙っているのは商品化。つまり大量生産をしたいのでしょう。ですが、私達ではそれを買い取ることが出来ません」
「資金が枯渇してでも欲しい物ではあるんだが……他の奴らの迷惑を考えるとなぁ」
「…………ねぇ、ちなみに聞くけど、このポーションはいくらだと思っているの?」
その問いかけに、二人は顔を見合わせる。
「キッドさんの傷が全回復したことから、私は一つ1万ゴルドだと。プラス3千でも出しましょう」
「俺もそのくらいだと思っている。間違いなく、それだけの価値があるだろうな」
はぁーーーーーーーー…………この人達、本気か?
いや、この二人は本当に本気で考えて、この程度のポーションを『1万』と設定したのだろう。
でも残念かな。
ポーションというのは庶民の必需品。
そんなに高い訳がない。
「このポーションは500ゴルドだよ」
「「はぁ!?」」
うおっ、びっくりしたぁ。
二人が同時に詰め寄ってくるもんだから、反射的にソファの影に逃げてしまった。
「い、いやいや! ちょっと待て!」
「これが、これが500ゴルドですか!? はぁ!?」
ポーションの値段を教えたら、面白い反応が返ってきた。
まぁ、1万ゴルドだと思っていた薬が、500ゴルドなんだ。驚くのも仕方がない。
「ほ、本当に……?」
「うん、本当に500ゴルドで売ろうと思っていたよ?」
これの材料はそこら辺に生えている薬草と、適当な魔石だ。
純度が高くなる度、作るのに必要な素材と作業工程は増えていくけど、70パーセントくらいならその二つだけで十分だ。
「まずはお試しに一つ500ゴルド。どう?」
「いえ、それではダメです」
──ガクッ。
これでもダメなんかい。
「500ゴルドでは安すぎて、治療術士と医者が仕事を失くしてしまいます」
「あぁ……なるほど?」
確かに私のポーションを使えば、治療術士と医者は必要とされないな。
でも、その二つにはそれぞれの役割がある。
治療術士はポーションが無くなった時や、窮地に陥った時の対応に重要だ。ポケットから取り出すより、無詠唱で回復魔法を撃った方が早い。それに、パーティーに一人居るだけで安心感が段違いだ。
医者はポーションを買えない人のために必要だ。冒険者にとって医者は必要ないけれど、そうじゃない人──町で暮らす一般人には重要なジョブとなる。怪我や病に精通している人は、その場で最大限の処置が可能だ。
ポーションを500ゴルドで売れば、その人達が仕事を無くしてしまう。
それは確かに問題だな。他の世界では十分に役割を分担出来ていたから、忘れていたよ。
「なので、1000ゴルドにしましょう」
「──ブフッ!」
一つ1000ゴルド!?
何と二倍の値段になって返ってきましたよ奥さん──って誰が奥さんじゃ。
「それ、ちゃんと売れるの? 高すぎない?」
「私が真剣に考え、考えた末に1万ゴルドすると思っていた物が、500ゴルドだったのですよ? 余裕で売れるに決まっています! この機会に儲けてしまおうとは思わないのですか!? あなたそれでも商人ですか!」
「い、いや……私、錬金術師……」
「そんなことどうでも良いのです!」
どうでも良くないでしょう!?
結構重要なこと話していますけれど!?
……もう私では手に負えない。
ヴァーナガンドさんに助けを求めるけど、彼は首を振って一言。
「諦めろ」
……酷い。
「俺だって500ゴルドには反対なんだ。ジュドーの言う通り、1000ゴルドなら問題はないだろう。大丈夫だ。こいつが言うなら、ちゃんと売れるだろうよ」
「まぁ、私も沢山お金が入ってくるなら、それで良いよ」
本当の値段は200ゴルドなんだけどね。
予想外の儲けが出て嬉しいよ。
「では、詳しく話を……と言いたいところですが、もう遅い時間になって来ましたね」
「……そうだね、私はこのまま続けても良いけど、二人は忙しいよね。わかった。今日のところはお暇しようかな」
「お気遣いありがとうございます。ティアさんは何処に身を置く予定ですか?」
「え? …………あーーー、考えてなかったな」
この町にも宿はあるけど、いつまでもそこにいる訳にはいかない。
「お店……うん、その内、私のお店を開きたいな。どこか……空いてる土地はない?」
クラフターは数々の道具や整った環境が必要だ。
それなら私のお家を造るのも一つの手だ。
どうやらこの世界は、私の予想していたことにズレが生じているらしい。
知らない物質が生まれていても不思議じゃない。その物質を見つけた時に研究する施設が欲しい。
ついでに道具屋として店を構えれば、稼ぎもあって研究も出来る。ついでにスローライフを満喫。
一石三鳥だ。最高じゃないか。
「でしたら、私が所有している土地を紹介しましょう。正直、管理するのも面倒だったんです。ティアさんになら、安心して任せられます」
その土地は何もないらしい。
家が建っている訳ではなく、誰かが使っている訳でもない。
本当に持っているだけの土地だ。
むしろ、それは私にとって好物件だ。
だって自分に合った家を建てられるし、改造し放題なんだよ?
言い忘れていたけど、錬金術師は改造が大好きなんだ。
そうでなければ、適当な物質を金属に変換しようとは思わないだろう。
「これがこの町の地図です。この赤い印がついている所。ここがその空き地です」
渡された地図を見る。
その空き地は、町の中心から少し離れた場所にあるらしい。
ギルドから普通に歩いて10分くらいの距離かな。
「わかった。ありがとう。早速行ってみるよ」
地図を折りたたみ、私は立ち上がる。
「え、いや……今行っても何もありませんが」
「大丈夫大丈夫。安心してって」
「待ってください。その言葉は安心出来ないのですが──」
「それじゃ、また明日〜。……あ、サンプルのポーションを五個置いとくね」
何か言っているジュドーさんを置き去りにし、私は空き地に向かってギルドを飛び出した。
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