取引します
「実力を試す、ですか?」
「うん、二人はまだ完全に私の錬金術を信用していないみたいだ。だから、ちょうど主要人物が揃っているこの機会に、錬金術の素晴らしさを見せつけておこうと思ってね」
私の目的は、この町でスローライフを送ることだった。
でも、ここで新たな目的を追加しよう。
我が子達がいらないと捨てた錬金術。
それを私──創造神ララティエル自ら広めてやる。
……では、そのためには何をすれば効率が良いのか。
まずは認識させること。
どれだけ錬金術が凄いと言っても、それを証明出来なければ意味がない。
そして技を見せるのは、なるべく上の立場、影響力のある立場にいる人物が良い。
例えば、ギルドマスターのような……。
「ですが、それだけではないでしょう?」
「勿論。それだけで満足する訳がない」
「……単刀直入に聞きましょう。何が目的です?」
「言ったでしょう? 錬金術を見せつけるって。あとはそうだね……二人には後ろ盾になってほしいな。ジュドーさんは他の商人に口添えする。伝があればあるほど助かるからね。商業ギルドのギルマスからの紹介なら、信用も高い。ヴァーナガンドさんは──私と取引をしよう」
「…………取引だぁ? 俺とか?」
「ヴァーナガンドさんと……ってのは少し違うかな。私が取引するのは、この町の冒険者ギルドとだよ」
ヴァーナガンドさんは、こいつ何を言っているんだと言いたげな怪訝な顔を。
ジュドーさんは興味深そうに目を細め、口元を三日月状に歪めた。
「錬金術の基礎は、創成と錬成。頭の中に材料のレシピさえあれば、どんな物でも創り出せる」
「どんなものでも、ですか? では、実力を試すついでに注文しましょう。──水晶玉を一つ。もし作れたのなら、原価の二倍、4万ゴルドを渡しましょう」
「おいジュドー……流石にそれは」
「登録をする時に使っていたような半透明のやつでいいんだよね? ……えっと、水晶玉水晶玉……あ、あった。水と高濃度の魔鉄、ガラス、酸性液。ふむふむ……」
私は虚空から手帳を取り出し、水晶玉の素材と形質、必要な分量を調べる。
「あのティアさん? その手帳は……」
「これは『データベース』だよ。私が今まで創ったものの詳細をメモしてあるんだ。……ああ、盗ろうとしたり、買い取ろうとしたりしても無駄だから。これは魔法で鍵を掛けていて、私以外が見ると文字化けするようにしてあるからね」
冒険者が剣や盾を武器として使う。
それと同じく、この手帳は私の武器でもある。
「ふむ……水晶玉は希少って聞いていたんだけど、案外簡単だね。……ねぇ、ジュドーさん」
「はい、何でしょう?」
「六個創る代わりに10万ゴルド。どう?」
原価は2万らしい。
五個買ってもらって、サービスで一個無料。
お得な値段だと思う。
私は彼らに認めてもらわなければいけない。
ジュドーさんが提示したのは、彼が求める最低限のこと。
十分に認めてもらうには、それ以上のことをしなければならない。
「……いいでしょう。ですが、出来るのですか?」
「問題ないよ──ほら出来た」
「…………は?」
両手を合わせる。
テーブルの上には、六つの水晶玉が並んでいた。
感覚を取り戻すために最初から調合して作りたかったんだけど、今はそんなことを言っている場合ではない。
「な、ななな……何ですかこれはぁーーーー!?」
──ビクゥッ!?
ジュドーさんの叫びに、私は驚いて体を震わせる。
あまり叫ばない人なんだろう。親しげだったヴァーナガンドさんも同じように驚き、彼を心配するように顔を覗き込んだ。
「おいジュドー? 大丈夫か?」
「あれ、私何か間違ったかな? 材料に誤差はないはずなんだけど……あれぇ?」
水晶玉はこれで良かったはずだ。
分量も何一つ誤差はなく、そこまで難しくない物だったから手が狂ったとかはないと思う。
ジュドーさんは私達の困惑に気づかず、胸ポケットから眼鏡を取り出し、私の水晶玉をマジマジと見つめていた。
あの眼鏡からは僅かに魔力を感じる。
多分、商品の質とかを視るための『鑑定』という魔法が施されているんだろう。
「やはり……やはりこれは……!」
興奮したように頬を赤く染め、呼吸が荒くなっている。
正直、怖い。
「ヴァーナガンド! これは凄いですよ!」
「あー、すまん。何が凄いんだ?」
「水晶ですよ! もっと良く見てください。ここまで純度の高い水晶は初めて見ました!」
その言葉を聞いて、私はなるほどと頷いた。
ギルドで使っていたのは、半透明な水晶玉だ。
でも私が創り出したのは、濁りが何一つない透明な水晶玉。
つまり、私の水晶玉は普通よりも高品質ということだ。
「これは三倍……いえ、四倍の値段で買い取らせてください! お願いします!」
「──っ、んん!」
想像を超えた値段を提示された私は、飲みかけのお茶を吹き出しそうになった。
どうにか堪えたけど……四倍ってまじか。
私はただいつものように水晶玉を創っただけなんだけど、何がどうして四倍の金を払うなんてことになったのか。
相方の暴走に、流石のヴァーナガンドさんも慌てて立ち上がる。
「ジュドー!? 流石にそれは──!」
「黙ってくださいヴァーナガンド!」
「えぇ……?」
はっきりとした拒絶に、困り顔のギルドマスター。
本気でどうしようこいつと思っているようで、彼が可哀想に思えてきた。
「これがあれば、魔力効率が何倍にも上がりますよ。最低でも二年分の出費は抑えられます。それほどの物なんですよこれはぁ!」
「……そ、そうか」
とてつもない迫力で迫られて、ついには何も言えなくなったヴァーナガンドさん。
「それで、どうでしょうかティアさん!?」
ずいっとテーブルから身を乗り出すジュドーさん。
やばい、この人やばい。めっちゃ怖いよ。シャル助けてぇ……ってダメダメ。心を強くだよ、私!
「いや……約束通り10万で良いよ。その代わり……」
「ええ、他の方々への紹介はお任せください!」
今の私に大金は要らない。
そんなもの、信頼する伝を得ることが出来れば、一瞬でその倍以上の金で儲けることだ可能だ。
そして、これで商業ギルドとの信頼関係は築けたと思っていいだろう。
後は──
「後はヴァーナガンドさん、冒険者ギルドとの取引だね」
「……お前の錬金術は認める。だが、冒険者ギルドとどうやって取引をしようと言うんだ? 俺はこれでもギルマスだ。こちらが不利だと思ったなら、容赦無く断らせてもらう」
「それで十分だよ。そんな風に本気で来てくれた方が、私もやりやすい」
その分、こちらも一切の妥協なしでいかせてもらう。
【吹っ掛けられるのなら容赦なく、常に隙を狙い、一瞬で喉元を噛み千切れ】
私は、この世界ではないけど、商売にも精通していた。
交渉術はシャルから教えてもらったものだ。
流石に初手から酷いことはしないけれど、警戒だけは解かないように交渉を続けるつもりだ。
「私が提示するのは──ポーションだ」
ポーションには種類がある。
回復ポーションは、傷や状態異常を癒す。戦いの多い冒険者には必需品だ。
魔力ポーションは、消費した魔力の回復を促進する。これは魔法使いや、私達のような魔力を使うクラフタージョブに必要な物だ。
その他にも一定時間姿を隠すポーションや、魔力回路を増幅させるポーションと色々ある。でもこれは希少で、値段も通常価格より高く取引されている。
はず、なんだけど…………何やら雰囲気がよろしくない。
ヴァーナガンドさんもジュドーさんも、あまり喜んでいない。というより、理解していない?
「ポーション? なんだそれは」
「え、ポーションだよ。…………まさか、知らないの!?」
「聞いたことがない。ジュドー、お前はどうだ?」
「……いえ、私も残念ながら」
「ガッデムッッ!!」
私はテーブルを強く叩く。
これは予想外だ。
この世界は錬金術だけではなく、全ての技術が大幅に低下していたんだ。
私が見てきた他の世界で、ポーションは全ての人に必要不可欠だった。
飲んでも良し、負傷した部位に掛けても良しな万能薬……とまではいかないけれど、簡単に手に入る薬ではあった。
作るのも難しくない。
その人の技量によって効果が大きく揺れる。という扱いづらさはあったものの、どのクラフタージョブでも作れた。
ちなみに人の技術では純度80パーセントが限界だった。
でも創造神である私なら、純度99パーセントまで生成可能だ。勿論、純度は自由に変更出来る。
「ポーションは私が作れる回復薬だよ。いい機会だ。その効果を実演してあげる」
私の取引は、まだまだ続きそうだ。
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