第8話 その日

「中野のおばちゃんは、まだらボケが進んでるから」

 ケアマネから念押しされ、深香は乗車した。


 訪問介護である。


 担当初日であった。


 時節では初夏であるというのに、姿を見せた陽光はやはり、今日も既に殺人的焦熱を振り撒いている。


 車内温度はあっという間に急上昇、たまらず冷房に頼った。


 そのまま30分程移動する。


 通勤ラッシュが終わっても、相変わらずのコロナ除け車列に圧された、さいたま市の中山道は変わらず交通量を維持したままだ。


 もうそこなのに、なかなか右折のタイミングが取れない。


 諦めて迂回しようとしたらシルバーマークの、初老の紳士セダンは譲ってくれた。

 お礼パッシング、歩行者、自転車、安全確認、慎重に路地へ乗り入れる。

 介護の看板で人身でも起こしたら大事である、零細なので一発廃業だ。


 目的地宅を確認、素通りし、これも事前確認済の最寄りのコインパーキングへ。

 申し訳程度ささやか小ぶりな社名ロゴを記す、使い込まれた、ホワイトがくすんだ社用プリウスをそこに駐車し、徒歩で引き返す。


 と。


 後方から、爆音が轟いた。


 凄まじい速度で漆黒のワゴンが、爆走して来る。

 振り返り、それを認め、反射的に脇に身を寄せた。


 何事、と思う間も無かった。


 訝しかったのは、後方のナンバープレートがガムテープで目張りされていた。


 理由は直ぐに判明した。


 そのワゴンは正に『中野のおばちゃん』の自宅前でブレーキをきしらせ急停車するとサイドドアが引き開けられ人相風体の知れない中肉中背の姿が身を乗り出す。


 ただただ、ぽかんと口を開けている眼前で。


「ヒャッハー!! 汚物は消毒だー!!」


 担ぎだした筒状の、


 バズーカ、砲??。


 轟音。


 更に車内から断続的な銃声、嬌声。


 止めとばかりに何やら、『中野のおばちゃん』の自宅に向かい投擲される。


 本能的にその場に身を伏せた。


 間を置かず断続する爆音。


 恐る恐る身を起こすと、もちろんワゴンの姿は無い。


 慌てて、『中野のおばちゃん』の自宅に向け駆け出し、力なく立ち止った。


 眼の前の惨状を茫然と眺めながら、無意識に代表をコールしていた。

 繋がらない、話し中。

 

 警察、消防、


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」


 狂人か? 叫びが聞こえる。


 否、自分だ。


 

 

 

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