眼球スナイパーライフルは手元がみえない

ちびまるフォイ

君のスポットにロックオン

自分の眼球がスナイパーライフルになっているのに気がついたのは

その症状になってから時間がだいぶ経過してからだった。


「どうなってる!? 俺どうなってる!?」


「こっち向くな危ないだろ!?」


「スコープの視点でしか見えないから手元がわからないんだよ!」


遠くのビルの窓際のオフィスまで鮮明に見えるものの、

自分の手元や足元はまるでわからない。


見ようとしても鮮明なコンクリートの粒までズームされてしまう。


「ズームの度合いとか調整できないの?」

「できたら苦労してねぇわ!!」


眼球スナイパーライフルとなってしまっても腹は減るらしく、

ゾンビのように腕を前に出して、手探りながら近くのコンビニに行った。


「ひえええ! お、お金はありません!」


「え? いや肉まんを……」


「肉まんで勘弁してください!」


「それじゃ500円で」

「もしもし警察ですか!? 今、コンビニ強盗が押しかけています!」


「はい!?」


一瞬だけスコープの視界に人の顔らしき肌色が見えたかと思うと、

あっという間に逮捕されてしまった。


「貴様、その目に取り付けているスナイパーライフルを外せ」


「そんなことできるわけないでしょう!?

 こっちが外してほしいくらいですよ!」


「警部、このライフル外せません!」

「いだだだだ! 目が~~! 目がぁぁあ!!」


「どうします?」

「とりあえずぶちこんどけ」


ライン作業のように牢獄に入れられてしまった。

ライフルのスコープ越しでは鉄格子もよく見えない。

反対側の監獄にいる受刑者の毛穴はしっかり見えるのに……。


「うぅ……なんでこんなことに……」


これでは日常生活もままならないだろう。

自分の家とかどこになにがあるかわかる場所ならまだしも

知らない場所でまともに移動できる気がしない。


「おい、釈放だ」

「えっ早!?」


「お前を投獄して1週間が経過してわかったことがひとつある」

「な、なんですか」


「お前の扱い、めっちゃめんどい」

「でしょうね!!」


眼球ライフル状態なので手元はもちろん見えない。

移動からなにまですべて「スポッター」と呼ばれるバディがつかなければ何もできない。


目以外はまともな男ひとりに看守をひとりつきっきりにするのは効率が悪い。

ということで、釈放へと至った。


「お世話になりました……」


「もう戻ってくるなよ」

「いや連行したのあんた達だけど……」


「それと、今後の生活もそのままじゃなにかと不都合があるだろうから

 こちらで用意しておいたぞ」


「まさか、このライフル眼球を治せる薬とかですか!?」


「いや、スポッターの人間だ」

「治せないのかよ!」


スポッターは俺の手をにぎると、手にはやけどの後が感触でわかった。

握った男は舌っ足らずな言葉で話し始める。


「よがろしく、おねがいす、ごめす」

「よ、よろしく……」


もっと標準語をしゃべれるような普通のスポッターはいないのか、と

消費者センターに訴えたかったが要介護Sランク級の俺につけるスポッター希望者などいない。

こうしてスポッターとして身の回りの世話をしてくれるだけありがたい。


「こうして何から何までお世話してもらってほんとありがたいです」


「いいんでだす」


「あいかわらずすごいなまり方ですね。どこかの方言とかですか」

「生まれつきでぁす」


スポッターによる介助によりやっとまともな日常を過ごせるようになった。

とはいえ、この眼球でまともな仕事につけるわけもなく

日々スポッターに払う謝礼で貯金が切り崩されていった。


『これ以上はお引き出しできません』


「な、なにぃ!?」


ATMに音声で伝えられてはじめて金欠を知ったときにはもう遅かった。


「どうしよう……このままスポッターがいなくなったら

 俺は毎日遠くのおっさんの顔を見ながら足元のドブに足を突っ込む生活になるのかよ……」


すると、ぽんと後ろから肩が叩かれた。


「兄ちゃん、お金に困っているようだな」


「あなたは……?」


顔は見えない。俺の目にはズームされた肌色だけしか見えない。


「殺し屋だよ。その眼球、スナイパーライフルだろう。

 そんな暗殺向きなシロモノもっているなんて最高じゃないか」


「これが暗殺向き……?」


「暗殺で一番難しいのは武器の持ち込みだ。

 ところがあんたはどうだい。その身ひとつでどこへでもいけるじゃないか」


「し、しかし……人殺しなんて……」


「その眼球でまっとうな仕事が務まるとでも?」


俺は静かにうなづいて男の車に手探りで乗り込んだ。

誘導されるままに高層ビルの屋上についた。


「さあ、下を見てくれ」


「カフェがありますね」


「そうとも。ターゲットは今フリーだからな。

 いつもあの席に座るから、そいつの頭を眼球ライフルでぶち抜くんだ」


「ターゲットってどういうやつなんですか」


「恐ろしい殺し屋さ。いつも人知れず武器を持ち込んではターゲットを撃ち殺す。

 殺しの際には必ず大口をあけて笑うことが特徴らしい」


「ええ……そんな大物にずぶの素人の俺を選んだんですか」

「顔が割れてないほうが有利なんだよ。さあ、やってくれ」


さも普通に景色を楽しんでいるふうに体を見せつつ、

時たま眼球を動かしてカフェの一角に照準を合わせる。


ちょうど男がひとりカフェに入ってきて、指定の椅子に座った。


「捉えました。あいつで間違いないですね」


「おう。あいつだ。普段は介護の仕事をしていると偽っているが

 裏では殺し屋の男に間違いねぇ。見ろ、あのやけどの手を。あれがなによりの証拠だ」


「やけど?」


よく見ようとすると自動で倍率があがる。

カフェに座る男の手にはたしかにケロイド状になった大きなやけどの跡があった。


そして、それは……。


「ま、まさか……!」


どこかで見覚え……いや、触り覚えがあるものだった。

手の感触ごしでしかないが確かに触ったときの形はあのときのものだった。


「す、スポッター……!?」


「おい、てめぇなにやってる。ターゲットが逃げちまうだろ!」


「撃てません! 彼は……大事なスポッターなんです!」


「だったらこの仕事を終えて金が入ったら新しいやつを雇えばいいだろう!?」

「でも……」


「ここで撃たずにただで帰れると思ってるのか!?」


怒号に急かされてふたたび見線をカフェの方に落とした。

しかしすでに席にスポッターの姿はない。


「しまった……!」

「おいなに逃してんだよ!」

「今探してます!」


首を振ってあたりを見回すと、こちらに向かって手を降っているスポッターが見えた。


「あいつ……舌がっ……!」


俺が目を合わせるとスポッターは笑顔になって、口を開けた。



ぱかっと開けられた口からは、舌の代わりにスナイパーライフルがこちらに銃口を突きつけていた。



これが俺の人生の最後の記憶だった。

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