第26話 思春期の15歳

 講義や演習で終わる授業は覚悟して学校に戻って来たので努力できたが、攻撃や防御の魔術の実践授業については、イサギは慣れることができなかった。座学は苦手だと公言していたヨータは、運動場や体育館で行われる実践授業ではひとが変わったかのように生き生きとしていた。

 1年生からヨータ、マユリ、ジュドーは選択科目が同じだったので、行動を一緒にしているようで、攻撃と防御の授業でヨータと組まされたイサギは膝が震えて立っているので精いっぱいだった。


「手加減せぇへんからな」

「そんなぁ……死んでまう……」

「吹っ飛んでネットにぶつかるだけや。死なへん、死なへん。知らんけど」


 無責任なことを言って、攻撃の術式をヨータが編んでいる気配に、イサギも防御の術式を編むが、先に発動したのはヨータの攻撃だった。吹き付ける突風に吹っ飛ばされて、イサギができたのは、後方に張られたネットにぶつかる前に衝撃を消すくらいだった。

 攻守交代が言い渡されて、次はイサギが攻撃、ヨータが防御になる。

 殺傷能力のある魔術も、校庭に埋め込まれた魔術具によって威力が低くなるようになっているし、周囲には安全のために蜘蛛の巣のようにネットが張り巡らされているので、怪我はしない仕組みにはなっている。


「こ、こあいー!」

「うわぁ!?」


 震えながらイサギが編んだ雷の術式を、寸前でヨータが防御の術式で盾を作り出して弾く。弾け飛んだ雷も、張り巡らされたネットが吸収して消してしまう。


「怖いって、お前の方が怖いわ!」

「戦うやなんて、したくないぃー!」


 弱音を吐くイサギは、ヨータに負けてしまったが、魔術の発動と術式の編み方では合格点をとって授業を終わらせた。

 げっそりとしながら中庭でベンチに座ってお弁当を広げていると、ヨータとマユリとジュドーが集まってくる。おにぎりにミニハンバーグとジャガイモのグラタンと温野菜のお弁当を覗き込んで、ヨータが目を輝かせた。


「これ、イサギの婚約者さんが作ったんか?」

「そうやで。俺が食べるのに興味ないからって、気を付けて作ってくれるんや。でも、俺も作れるようにならなあかんなぁ」


 いつもエドヴァルドは当然のように食事を作ってくれているが、貴族として王都や領地では使用人に傅かれていた身分である。作るのが苦になっていないか、心配でもあった。


「ええなぁ。貴族の年上の婚約者さんが作ってくれる愛妻弁当!」

「な、ななななな、なんてこと!? ま、まだ、愛妻やない!」


 愛しているがまだ結婚していない。

 愛妻だったらいいのにという気持ちを読まれたようなヨータの言葉に、イサギは大いに動揺してしまった。眉を潜めたマユリが近付いてきて、検分するように弁当を見る。


「御貴族様にしては庶民的なお弁当ね。イサギ先輩に合わせてるのかしら」

「俺、もう先輩やないし、居心地悪いから、先輩て呼ばんといてくれる?」

「そうね、ごめんなさい。婚約者の方とは、一緒に暮らしてるのよね」

「そうやけど……」


 探るようなマユリの表情が怖くて、ジュドーの後ろに隠れれば、ジュドーのお弁当はレンが食べていたような薄焼きのトウモロコシ粉のパンとカレーだったので、香辛料の匂いにレンを思い出してほっとする。


「このお弁当、レンさんが食べてたのと同じや」

「イサギくんはレン様とも親しいと?」

「親しいっていうか……俺、領主の御屋敷で薬草栽培の仕事をしてたから、薬草を取りに来はるときに話をしたくらいやろか」


 その他にも王都で色々とあったのだが、国王を誑かして国を乗っ取ろうとした魔女の正体が、セイリュウ領の前領主の妻で、イサギとツムギの母親だということは、イサギが魔女退治と事後処理に貢献したおかげで、明かされていなかった。

 ダリア女王が呪いにかけられて、サナがセイリュウ領に保護していたレンを、ローズ女王とダリア女王の即位後、王都まで追いかけて行ったラブロマンスが、セイリュウ領では実しやかに語られている。それに関して、サナもレンもコメントはしていなかった。


「コウエン領で工房で師匠について学んだっちゃけど、あれは地獄やった」


 工房を継ぐ魔術具製作者の魔術師は必要だが、それ以外の魔術師が技術を持って独立してしまうと、その工房の利益を損ねるライバルとなりかねない。少しでも能力の高い魔術師が優遇されて、他の魔術師は仕事を教えてもらえるどころか、雑用ばかりやらされて、魔術具の材料に触れさせてもらえないことすらあった。それでも、魔術具製作者になりたい魔術師は工房に残るしかないし、いざ能力の高い魔術師が使えなくなったときのために工房は魔術師を確保しておきたい。

 魔術具作りを教えてもらえないのに飼い殺しにされているような状態で、5年間我慢して努力したが、納得がいかなくてジュドーは故郷を出てきたのだという。


「家族もおらんようなもんやったけん、俺は身軽に出れたっちゃけどね」

「ジュドーさんのご家族は?」

「両親は王都に出稼ぎに行ったきり戻ってこんで、姉は早くに結婚して家を出て行ったとよ」


 そんなジュドーにとっては、セイリュウ領でのサナとレンの結婚は、物凄いチャンスだと語ってくれた。


「俺はレン様の工房に入りたいっちゃん。レン様は工房のどの魔術師にも技術を出し惜しみせん、それが確信できる。レン様の工房で魔術具製作者が育てば、ライバルやなくて、セイリュウ領の利益になるっちゃけん」

「そうか、レンさんはサナちゃんの夫やからな」


 領地を豊かにすることこそが領主の仕事であり、領民が潤えばその分だけ税金も入ってきて、セイリュウ領の領主の利益ともなる。税収はもちろん領民にも還元するが、サナの美しい着物も、豪華な屋敷も、領民からの税金で成り立っているものには違いなかった。

 レンがセイリュウ領に優れた技術者を育てれば育てるほど、配偶者であり、領主であるサナの利益となる。元々優しい性格でイサギの警戒すら解かせて、サナを魅了するレンが技術を独り占めするはずはないが、自ら技術者を育てる理由は確かにあった。


「サナちゃんとレンさんの結婚には、セイリュウ領に大きな意味があるて、そういうことか」


 戦わなくていいということばかりに目が行っていたが、二人の結婚の前にエドヴァルドが教えてくれたのは、そういう意味だったのだと、イサギはようやく気付く。政治にも、世間にも疎い自分が、恥ずかしくもあった。


「俺はイサギくんがレン様と知り合いやろうって思って、下心があって近付いてるっちゃけん、俺のことも利用していいとよ」

「利用って……俺が、ジュドーさんを、どう利用するんや?」

「実践授業でヨータと組みたくなかったら、俺と組んだらいいっちゃない?」

「あー! ジュドーがイサギを誘惑しとる!」

「何言ってるの、イサギくんにはいるんでしょ、エロイ年上の婚約者が」


 話に入って来たヨータに、マユリが悪意を舌にまぶして言う意味が分からず、イサギは委縮してしまう。長身のジュドーの後ろに隠れようとするイサギの肩に、ヨータが馴れ馴れしく腕を回して、耳元で囁いて問いかけた。


「その、年上の巨乳のエロイ婚約者様と、どこまでシたんや?」

「どこまでって……何が?」

「ナニに決まってるやろ! エロイこと!」

「き、キス、した……」


 勢いに負けて答えてしまったイサギに、興奮した様子でヨータが詳細を聞きたがり、マユリが耳を澄ましている。


「額に、キスしてもらっとる……確か、5回?」

「額かーい!」

「く、口は、まだ早いやん! 俺、結婚してへんし!」


 真っ赤になって弁解するイサギに、ヨータが真剣な顔で問いかける。


「大人のキスって知ってるか?」

「口と口でキスするんやろ?」

「それだけやない。まぁ、イサギには早いか……」

「年、一つしか変わらんやろ。それに、ヨータはしたことあるんか?」

「ないっ!」


 あっさりと答えたヨータが、身体をくねくねとさせながら、気持ち悪くイサギに絡んでくるのから逃れようと、イサギはジュドーに助けを求める。引き剥がしてもらっても、ヨータはまだくねくねと気持ち悪く体を動かしていた。


「あー羨ましいー! 俺も年上のエロイ婚約者が欲しいー! おっぱい大きな年上の婚約者様が、毎日お弁当作ってくれるんやで? ていうか、イサギ、子ども過ぎて、婚約者様の熟れた肉体を持て余させてるんやないか?」

「持て余すって、どういうことや?」

「そう聞き返す時点で、もうダメ! 全然ダメ! キスくらいガバッと強引にシてほしいかもしれへんやん! 俺もしたことないけど! くぅー! うーらーやーまーしーいー!」


 ヨータの頭の中では年上の婚約者は、巨乳でエロイお姉様になっているのだが、そんなすれ違いに、他人に興味が薄いイサギが気付くはずもない。

 きちんと領主の情報を聞いていれば、領主のサナの従弟であるイサギの婚約者が、テンロウ領の領主の長男のエドヴァルドであることが分かるはずなのだが、勉強一筋のマユリも、勉強が苦手なヨータも、真実を知らなかった。

 ただ一人、領主の政治に興味のあるジュドーだけが気付いているのだが、すれ違いを指摘しようとはしない。


「キスくらいガバッと強引に……」


 今週の授業は今日で終わりで、明日からイサギは宿題を持って、王都にツムギの劇団の公演を見に行く。滞在期間は王都のテンロウ公爵の別邸に泊まるので、使用人たちの態度は怖いが、クリスティアンに会えるのは嬉しい。

 王都に行く目的が、ツムギの劇団の公演よりもキスになりそうなイサギは、思春期の真っただ中だった。

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